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天嵐の龍  作者: 誇張蘭
第二章 伝説殺しの英雄
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居残組

 二人を呆然と見送った後のこと。

 結論から言うと、衣隠さんへの電話は繋がらなかった。何なら未朽さんからの電話を受けた時点で、一度こちらから連絡を入れていたのだが。

 その時にも電話には出ず、そして今も出ない。あの人だっていつでも暇なわけはないし、いつだってヒーローだとは限らないということか。当然だ。

 その場にいなければ助けられないし、知らなければ動けない。

 これは決して衣隠さんだけのことをどうこう言っているわけではなくて、誰にでも当てはまることなのだ。

 二回のラブコールをすげなく躱された僕は、次点で鳴鹿に電話をかける。しかしこちらも留守電へとつながってしまった。

 小さい舌打ちを鳴らしながら、久散さんの容体を確認する。それと同時に、頭の半分で嫌な考えが広がっていくのを感じ、もやがかかったように視界が曇る。

 先日大学内で鳴鹿と話をした時には、お互い今回のこの案件について、そこまでの危険性を感じ取っていなかったはずだ。

 ことが起きてしまったからこそこう言えるのだが、やはり危機管理能力が足りないと言ってしまっても過言ではない。

 有り体に言えば、甘い。

 いや、もっと言えば、この情報を持ってきた御土のじいさん、それに当事者である未朽さんでさえ、ここまでのことになるとは想像していなかったかもしれない。

 想像していたら、こうはなっていなかっただろうと思う。

 それはもう言っても仕方のないことだし、ことここに至っても楽観的だと諭されるかもしれないが。

 若者だと言って危険性を低く見積もり、一度追い払ったことで勝ちを得たと思い込み、未朽さんであれば大丈夫だろうとタカをくくった。そのしっぺ返しがこの結果だ。

 この場で伏せっている久散さんではなく、まだしも僕たちが怪我を負った方がマシだったと、そう思ってしまう。

 親族とはいえ、直接の末裔者でないものに被害が及んだ。何なら、それこそ僕らの知らないところで他にも犠牲者が出ているかもしれない。

 一度考え込んでしまえば、負の感情が、ネガティブな思想が頭を埋め尽くすのにそう時間はかからなかった。

 これが自分の悪い癖だと、そう脳の端っこに浮かび上がるが、すぐさま心の暗雲に呑まれた。ああすれば、こうすれば、ああしておけば、こうしておけば。

 そんな益体もないたらればが浮かんでは消え、また浮かぶ。

 そんな僕のどうしようもない苦慮を破壊してくれたのは、一本の電話だった。手の中の振動を受け、ハッと意識を取り戻した僕の目に映った画面には、鳴鹿の文字が浮かんでいる。

 先の連絡を確認し、折り返してくれたのだろう。さすがに仕事が早い。鳴り続けるコール音を耳に入れながらも、軽く深呼吸する。不安に駆られた頭を一度リセットするためだ。

「はい」

「もしもし九鬼くん? どうしたの」

「鳴鹿、今平気か?」

「ええ、特に急ぎの用事もないけど」

「落ち着いて聞いてくれよ――」

 そう言った僕自身が、まだ現実を受け入れ切れていないのか、どこかまくしたてるような勢いで話し続けてしまった。

 彼女は何回か口を挟みたそうな声を上げていたが、とりあえず要点だけをまとめて伝える。

「……現状はわかったわ、とりあえず私もそっちに――」

「悪い、ちょうど救急車が来たみたいだ。僕はこのまま病院について行くから、行き先がわかり次第また連絡する」

 久散さんの状態は素人目に見ても酷い。中途半端な病院では対処できないだろうし、それなりの規模のところへ行くはずだ。

 そういえば、とふと疑問に思う。

 未朽さんは僕よりも先に救急車を呼んだと言っていた。にしては到着が遅い気もしたが、しかし本来どのくらいの時間がかかるかなどわかりはしないのだ。

 ささいな違和感だったが、それもインターホンの音ですぐにかき消される。

 やや遅れて警察も到着し、家の中の捜査を始めた。僕は無朽ちゃんを連れて救急車に同乗し、病院へと出発する。若干苦しい言い訳になってしまったが、通報したのは近所の方ということにしておいた。救急車到着時に現場にいたのは、僕と久散さん、それに無朽ちゃんだけなので、通報者が女性(未朽さん)の声だったという点について、どうにかごまかさねばならなかったのだ。

 通報者である奥さんは、犯人を殺しに行きましたなどと誰が言えようか。

 僕は、もともと用事があって久散さんに会いに来た友人ということにしてある。

 全部が全部虚偽ではないにせよ、なるべく嘘に嘘を重ねることは避けたかった。

 ただ重症人を前にしてあれこれ聞くのもはばかれるらしくそれ以上は追及されずに、けたたましいサイレンを鳴らしながら救急車は病院へと向かう。

 辺りに響き渡る音が心の臓を打ち、心なし僕の鼓動も早くなるのを感じた。

 普段の未朽さんとは一線を画すあの表情。

 もう外界は日が落ち始めていて、うっすらとオレンジの光が差し込む。季節はもう秋だ。夜が訪れるのもそう遠くない。

 心に暗い影を落としてしまったような未朽さんは、今どんな状況にあるのだろうか。何の問題もなく、奇を衒うことのない物語のように、倒して――殺して戻ってきてくれるだろうか。

 それとも――。

 その先は考えなかった。

 考えられなかったと言い換えてもいいかもしてない。

 なぜなら彼女が負ける姿など、微塵も想像できないのだから。

 ――これがまた甘いのだと、そう言われるだろうか。


 病院。

 手術室の前のソファに、無朽ちゃんを抱いて座る。

 あれからすぐさま久散さんは運ばれていき、僕と無朽ちゃんは二人で結果を待つこととなった。しかし一向に目を覚まさない娘さんに若干の不安を覚え、一度診てもらったものの、どこにも異常はないとのことだ。

 それはそれで不可解である。

 現状わからないことだらけだし、想像に想像を掛けた妄想に等しい考えかもしれない。ただ仮定の話として、もしも今回の事件が英雄からの挑発なのだとしたら、被害者が久散さんだけというのは、単純に考えておかしい。

 何なら、娘を標的にした方が精神的にダメージを与えることだって十分にあり得るのに。というよりも、二人とも斬り伏せてしまうのが一番効果が見込める。

 もちろん、何事もないのであればそれが一番だし、やられていた方が良かったなどとはこれっぽっちも思っていない。

 ただ納得ができないのだ。

 子供一人、時間がなかったなどとは考えられない。この子に敵を退ける力もない。

 誰か助けが入った?

 それなら未朽さんより先に通報していてもいいはずだろう。

 この子だけ、残した理由。

 例えば――何もされていないわけではないとしたら。

 外傷ではなく、内臓にもダメージはない、通常の医師には判断できない異能の力が働いていたら?

 無意識の内に、僕は『眼』を発動させる。

 しかし、

「何も、見えない」

 結果は芳しくない。

 あまり酷使するわけにもいかず、ややあって能力を収める。

 やはり何もなかった、が正解なのか?

 不安と疑念に苛まれる僕を現実に引き戻したのは、またしても彼女だった。

「遅れてごめんなさい」

 ハッと顔を上げるとそこには、少し乱れた髪を整える鳴鹿の姿。

 沈鬱な表情は、彼女の今の心境をよく表していた。

 それはきっと僕も同じだろうが。

 末裔と言えどまだ子供。

 戦士だろうとただ未熟。

 一人戦いに赴いた未朽さんのことを思い浮かべ、僕はチカチカと点滅する電灯を見上げた。


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