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天嵐の龍  作者: 誇張蘭
第二章 伝説殺しの英雄
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消心少女

 パッと見たときの外見で少女と判断してしまったけれど、顔や背丈がそう見せているだけで、もしかしたら僕とそんなに変わらない年齢かもしれない。もしくは纏っている雰囲気が、どこか控えめで、言ってしまえば日陰を好みそうであったから、ということも幼く見える理由になるだろう。

 少なくとも僕は会ったことがない。

 そして差し迫った敵意も感じない。

 そうして一瞬気の緩んだ僕の目の前、立ったままの未朽さんは果たして――グッと息を呑んでいた。

 斜め後ろからの姿しか見えないので、確証は持てないものの、知り合い、なのか?

 未朽さん、と声を掛けるすんでのところで、先に別の声が飛ぶ。

「あんたは……」

 驚きと戸惑い、わずかな怒りを忍ばせた未朽さんの声に、僕はハッと思い至ることがあった。

 先の喫茶店での会話。未朽さん自身が語った、英雄との邂逅。

 道端での突発的な戦闘。

 それ自体は何事もなく、ただあしらうように終わったはず。そしてそのあとのこと。地べたに伏した青年を庇うように、一人の女の子が現れたと言っていた。

 もしかして。

 このタイミングに、この場所へ現れるというのであれば、そう考えるのが妥当とも言える。

 妥当と思い込むことができる。

 偶然でも、ましてや運命でもなく、ただ当たり前のように、少女はそこに立っていた。

 動けずにただ固まる僕ら二人を一瞥し、少女はその薄い唇をゆっくりと開く。

「ついてきてください」

 想像していたよりもずっとか細い声。ともすれば自分の心臓の音で掻き消えてしまうかもしれないほどの、微声。しかしそれは、意志の弱さを表すものではなかった。

 声こそ弱々しいものの、その内に秘められた想いには、どこか確固たるものを感じる。

 彼女が背負う何かをそこに見た気がした。

 それが何なのかまでは、当然わからないが。

 僕が感じ取ったそのことに気づいているのかいないのか、未朽さんは数秒の硬直ののち、顔色一つ変えない少女に詰め寄る。

「あなた、あの時の子よね」

 決して声を荒げてはいないものの、その怒気は十分に伝わる。直接言われていない僕でさえも、背中が強張るのを実感するほどだ。

 今にも殴りかからんとする勢い。鼻先同士がくっつくほどの距離まで接近した未朽さんの拳は、固く固く、握られていた。

 それこそ血が滲むほどに。

 閉ざされた指の隙間から滴り落ちる赤い液体が、僕の視界を走る。

 本当であれば一も二もなく手を出したい心境なのだろう。少なくとも、この少女が敵側の人間であることはわかっている。未朽さんは現場を目撃している。

 だからこそ、だからこそ我慢をしているのだ。

 この少女こそが、かの英雄へとたどり着く道しるべなのだから。

 現実問題、彼が今どこにいるのか、僕たちにはわからない。

 異能の力が行使されていない以上、僕の『眼』も役立たずだった。

 そうなると現状の手掛かりはひどく心もとないものとなる。地道に、虱潰しに、目撃証言をたどる羽目になるだろう。もちろん見た目も知っているし、もしも凶器を使ったのであればそれだって目立つはずだ。久散さんの状態を見る限り、刃渡りの短いナイフや何かでできた傷とは思えない。

 能力を使ったのであれば、僕には見えるはず。

 そうでないなら、特徴的な、刀か何かを手にしている可能性が高い。外見こそ、ゴルフバックやギターケースに偽装しているかもしれないが。

 ただ、目立つ金髪に、長い得物。すれ違えば印象には残ると思う。

 未朽さんは最初、それを辿るのかと思っていた。

 もしくは、あからさまな挑発ゆえに、追ってこれるようあえてわかりやすい証拠を残していったのかもしれない。

 そんな可能性を考えていたのかも。

 それともさらに別の何かがあったのか。

 今となってはどれが正しかったのか、それともどれも正しくなかったのか、わからない。

 何故なら、こんなにもわかりやすい手掛かりが目の前にあるのだから。

 目の前に、いるのだから。

 もはや手掛かりというより答えに近い。

 数学の解答用紙に公式が載っているようなものだ。利用しない手はない。

 しかも少女は、ついてきて、と言っていた。何の気も衒わずに考えれば、それはあの英雄のもとへと案内するという意味だろうか。

 単純に考えればそうだろう。

 では裏を返せば?

 わざわざ危険を冒してまでここに来る意味とは何なのだろうか。さっきまでの僕らは――未朽さんはどうかは判断しかねるが――この少女の存在すら頭の中から外れていた。

 それほどまでに凄惨な現場だったということだが、だからこそこの場に姿を現す意味がわからない。

 なんなら、顔を見せた瞬間に攻撃されてもおかしくないはずなのに。

 そう考えると、罠という線がより一層濃くなる。むしろそう想定するのが主線であり、ただの案内人であるはずがない。

 だが。

 だがしかし。

 少女のこの表情はなんだ?

 これから相手を罠にはめようとするような緊張や、焦燥。裏に潜む狡猾さや邪知が、微塵も感じられない。

 もちろん僕は人間心理に長けているわけでもなく、相手の一挙一動から考えを読み取れるほどの能力など持ち合わせていない。それにただ単純に、この少女が心を隠すことに秀でているのかもしれない。

 しかしたとえそうだとしても、あまりにも達観した立ち姿。

 まるで、これから起こることが既にわかっているような。そのうえでそれら全てを受容しているような、そんな佇まいだった。

 そう思うけれど、口に出すことはしない。

 今この場で、僕に発言する隙間などなかった。

「ええ、そうです」

 少しの無言の後、未朽さんからの問いかけに少女はそう返した。

 あくまでも、真意は覗かせないつもりなのだろうか。

 その端的な返しに、未朽さんはより怒りを滲ませた。しかしまだ理性が勝っているようで、短い深呼吸をすると、それでも睨むように、脅すように言い切る。

「このタイミングでさっきの言葉。彼のところに連れて行ってくれるんでしょう。早くしなさいな」+

 ここでいつまでも交わらない気持ちをぶつけ合っていても、ただ時間が無為に過ぎていくだけだ。

 方や抑えきれない憤りをそれでも押し殺し、方や自分の想いをおくびにも出さない。それをただ見ることしかできない僕も、本当にどうしようもない。

「行きましょう」

 扉を開けたときから一切表情を崩さずに、少女は振り向き歩き出そうとする。未朽さんも止めることなく、足を踏み出した。

 もう間もなく救急車が来る。実際問題、久散さんだって予断を許さない状況なのだ。それでも、未朽さんが行かなければならないのは、ここで終わらせるため。

 引き延ばせばそれだけ被害が大きくなると考えてまず間違いないだろう。

 この少女の誘いが罠だろうと何だろうと、付いていく以外の選択肢はなかった。

 二人が玄関をくぐり終えるその寸前、凝り固まっていた肺が思い出したかのように酸素を送り、僕の喉から声が出る。

「君の、名前は……」

 突然の問いかけにも、驚きの反応は見せない。

 再びゆっくりと振り向き、未朽さんと僕、二人を視界に入れながら少女は名乗った。

 僕らの名乗りとは比べ物にならないほどに、意志も見せず、気持ちも載せず、ただ応える。

「いなほ――櫛田くしだ 否穂いなほ

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