心内
「私は――私だったら、ね。きっとそれでも殺さない。少なくとも、今の考察が正しいのだとして、だとしたらなおのこと殺さない」
どうして、と聞く前に、未朽さんは続ける。「そんなふうに未来ある若者を戦場に出すような、死なせるために差し出すような連中の、思惑になんて乗ってやらないさ」
あくまでも、若者本人ではなく、その背景を意識した答えだった。それが正しいのかどうかの判断も、僕には出来ない。
自分の行動の正否もわからないくせに、他人のことをあれこれ決められるわけもない。
「それに、決して一人ぼっちってわけでもなさそうだったし」
「え、仲間がいたんですか?」
さっきまでの話しぶりだと、そいつ一人で殴り込みに来たような印象だったが。同じ英雄の一族なのだろうか。それとも、別に繋がりを持っているのか。
「そうじゃあなくて、キッチリぶちのめしてその場を去ろうとしたら、不意に飛び出してきてね、女の子が」
「女の子?」
「女の子」
つい聞き返してしまったけれど、未朽さんの返しは端的だ。
「と言っても、その若者くんと同じくらいの年だったけれどさ。道端に倒れ伏した彼のところに走り寄って行って、介抱してたみたいなのよ」
ありゃあ恋人かしら。
少し頬を緩ませながら、その場面を思い出すように視線を上げる。だいぶ顔がほころんでいるが、その彼をぶちのめしたのはあなたなんですよ、と言いたくなった。
言わないが。
しかし女の子ときたか。そりゃ何人といる一族なのだから、女性がいても不思議ではないけれど。となると……。
「じゃあその女の子が偵察、ってことには――」
「ならないでしょう。偵察なのであれば、むざむざ敵前に姿を晒すはずないものね」
そこで未朽さんは言葉を止めた。僕が不思議そうにその様子を見ていると、幾ばくかの感情を籠めてその先を告げる。
「遠目にしか顔が見られなかったから、私の勘違いかもしれないけど。その子が私に向けてたのは怒りとか恨みじゃあなかったの……とても、悲しい目をしてた」
彼女の真意など、直接見ていない僕には計り知れない。いや、実際に目にしたところでわからないだろう。僕はそこまで女心を見極めることに長けてはいないのだ。そもそも女心がどうとかいう問題ではないかもしれないが。
ただ、なんとなくもやもやしたものが心に残ったまま、僕は未朽さんと別れた。不安が完全に拭い去れたというわけでもなし、かといって夜も眠れないほどではない。
むしろ朝も寝ていたい。
とはいえ街中での急なエンカウントだったので、あまり時間をとるわけにもいかないし、そもそもいくら話したところで僕に何かできるわけでもない。
きっと彼はもう一度私のところにやってくる。未朽さんはそう断言していたけれど、そのときどうするのかまでは教えてくれなかった。どのみち未朽さん相手に勝てる要素があるとも思えないので、安心はしていてもいいかもしれない。
だが本当に彼が来るのかは、僕には疑問だ。あの若者はもう失敗しているのだから、二度目を与えられるかどうか。否、三度目か? まず未朽さんを討つことに失敗し、そして殺されることに失敗している。後者に関しては、完全にこちらの想像の域の話だが。
しかし、もし彼が本当にただの人間だったとするならば、そもそも一族にしてみれば、彼自身が失敗作だろう。失敗作の失敗談を聞かされた英雄の一族が、どんな判断を下すのか。
その答えは、遠からずわかることとなった。
話の流れで、つい失敗作などとのたまってしまったけれど、それは果たして正しいのだろうか。
異能を与えられず、ただの人間として生きる。
少なくとも僕にしてみれば、それは成功以外の何物でもないと、そう感じてしまっても仕方のないことだろう。




