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天嵐の龍  作者: 誇張蘭
第二章 伝説殺しの英雄
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生態不明

「何から話せばいいかしらね」

「何もかもを話してもらうつもりなので、どこからでも構いませんが」

「そんな長い話でもないし、中身があるわけでもないのよ……」

 僕の勢いに、未朽さんは少し戸惑っていた。

 戸惑うというよりひいているのか?

 僕としては一刻も早く問いただしたい気持ちなのだけれど、しかしこうやって目の前に本人がいるのだから、無事なのは明白だ。焦って聞くことではないかもしれないが、でも気持ちが逸るのも仕方なかろう。

 僕の心配を返してほしい。

「あはは、心配してくれていたとは、そりゃどうも。とはいえ、それはやっぱり徒労だったと言わざるを得ないかな」

 からからと笑うその顔に、ねぎらいの雰囲気はないけれど、しかし徒労だと言われても何事もなかったのであれば、それで何よりだった。

 いや、何事かはあったのか。それを今から聞こうと思っているのだから。

「そうね、えーっと、あれは言葉がウチに来た次の日かな? 実にタイムリーだなと思ったものだよ」

 のほほんと話しているが、そんなすぐの出来事だったのか。

 というか、それならこのことを数日間黙っていたということになる。え、そんなにも信用がないのか?

 連絡の一つくらいくれてもいいものだが。

「いやいや、あまりにあっさりとしていたから、本当にその英雄さんなのかどうか、わからなかったんだよ」

 これは信じていいのだろうか。

 ただ単に、面倒だったということも考えられなくはない。未朽さんに限ってそんなことはないかもしれないけれど。

「とりあえず、ことの顛末を話すと、まず道を歩いていたらその英雄くんが私に殴りかかってきたわけさ」

「未朽さん。まず、が、まずになっていません。もう少し前後を話してください」

 いくら何でも突拍子が無さすぎる。不良だって因縁をつけるのは肩がぶつかってからと相場が決まっているだろうに。あとはなんだろう、睨まれたとか。本人が本当に睨んでいたかどうか(大概の場合はただ眺めていただけだろうが)は別としても。

「肩もぶつかっちゃあいないし、ましてや睨んでもない。というか目もあってない。だって後ろからきたんだから」

 後ろから、何の脈絡もなく、合図もなく、殴りかかってきたんだからさ。

 それはただの危ない奴だろ、と言いかけたけれど、蛇に関連する人間を皆殺しにしようとする連中だ。危なくて当然である。

 それにしても、道を歩いていたら殴りかかられたって、見境が無さすぎるだろ。もう少し場所とか考えないものなのだろうか。誰かに見られたら、なんてことを危惧しないのか、それとも、見られたところで問題がないのか。

 蛇殺しを謳う英雄ではあるが、しかし蛇以外を殺さないとは聞いていない。聞いていないし、言ってもいないだろう。

 むしろ、積極的に殺戮を行う過程で、無関係の人を巻き込まない保証などどこにもないのだ。もしかしたら、一匹の蛇を殺すために、何十もの人を手にかけてきたかもしれないのだから。

 目的のために、手段を選ばない。

 時と場所を、選ばない。

 そう考えるとこの間言っていた、こちらからちょっかいを出さなければ大丈夫、なんで思惑も、まったくアテにならなくなる。

 意味もなく無関係な人たちに害を与えるとは考えにくいが、逆に言えば、意味があればなんの躊躇いもなく敵意を向けてくるということだ。

「なーんか、ぐるぐると考えているわね」

 ハッとして顔を上げると、未朽さんは少し呆れた顔をしていた。

「堂々巡りはお手の物、かね」

「そんなこと……」

 ないです、とは続けることができなかった。お手の物どころではない。手のひらで転がされるくらいには、お世話になっている。

 自分の思考なのだけれど。

「まあまあ、黙って聞きなさいな。確かにいきなり過ぎたのは悪かったと思ってる、ごめんね。でもなんにせよ、私がこうやって五体満足、心身共に健康でいることには間違いがないわけだから、とりあえずは耳を傾けてほしいかな」

 口を挟むのはその後でも遅くないよ、なんて言って、未朽さんは話しだした。


「だから、結構あっさりした内容なのよ。まずはそうね、彼の外見から入りましょうか。あれは派手だったからよく覚えてるわ。何せ金髪のチャラそうなおに―ちゃんだったからね。ん、なに? 見たのその子? ――ははぁ、あの和菓子屋でね。見たどころか、ニアミスしてるじゃない。私より言葉の方が危険地帯にいたのかもね」

 僕の見たその男の人と、実際の英雄くんが同一人物かは、会ってみないとわからないけれど、話を聞く限りは、同じと考えてもよさそうだった。

「というか、さっそく口を挟んでくれちゃったわね。……あははっ、そんな顔しなさんな。わかってるわかってる、今のは私でも挟むよ。だから気にしなくてもいいさ、ここのケーキで手を打とう。――――衣隠みたいだって? 確かに、否定は出来ないかな。そう考えると、言葉の苦労が伝わってくるよ」

 言葉にしなくても伝わったようで何よりだ。それなら今度未朽さんからそう伝えてもらえないだろうか。自分ではとても言えない、ただでも、伝えてもらったところで、結局その後衣隠さんに絡まれる未来を想像すると、このまま泣き寝入りするしかなさそうだった。

「えーっと、どこまで話したかしら。そうそうまだ見た目しか言ってないか。それでそのおに―ちゃんが殴りかかってきたわけさ、私が家に帰る途中に。もちろん避けたけどね。え? そりゃあ避けるでしょうよ、だって痛いじゃないさ」

 簡単に言ってくれるけれど、はいそうですかと納得もできない。普通は避けられないでしょうよ、そんないきなり後ろから来られたら。戦闘中なら、僕だって周囲に気を配りはする。少なくとも直撃はされないだろうと見栄を張っておくが、しかし、日常生活においてそんなことが起きるなんて誰が予測しようか。

「予測なんてそんなことはしてないさ、ただ気を付けていただけ。なにせ言葉から直々に注意喚起を受けていたわけだからね。さすがに白昼堂々公衆の面前では行動を起こさないだろうと思っていたから、私が一人になった時には、何かしてくるかもしれないなと考えていたわけよ」

 そして実際その通りだった。

 見たところ怪我もないし、先ほど未朽さん自身も五体満足だって言っていたんだ、さぞかし軽やかに避けたんだろうなと、そのときのことを想像してみる。

「たはは、まあそこはご想像にお任せといったところかね。下手にこっちから話して、現実と向き合わせちゃうのもなんだし。私の雄姿は言葉の頭の中で輝かせておいてよ」

 それでも、言わなきゃいけないことはあるかもしれないけどね、と少し声のトーンを落として未朽さんは僕を見た。

「私は言葉みたいな『眼』を持っているわけじゃあないからね、確実なことは言えないし、変に情報を与えて混乱させるのもよくはないとも思うわけさ。でも少し気になったから、言っちゃうね。百パーセント信じてもらっちゃあ困るから、そこだけ気を付けて、あくまで参考程度に……。あのおに―ちゃん、英雄かどうかわからなかったって言ったよね。その直接の原因でもあるんだけど――――」

 少し間をおいて、未朽さんはそれを僕に伝えた。

 

 あの子、何の力も持っていなかった。

 ただの、人間みたいだったのさ。



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