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天嵐の龍  作者: 誇張蘭
第二章 伝説殺しの英雄
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因果情報


「なに、そういうことなら大丈夫じゃない。心配して損した気分」

 これが鳴鹿の反応だった。

 こっちがいろいろと悩んでいたのがバカのように、サラッと言ってのける。ある意味衣隠さんよりもはっきりとしていた。てっきり、未朽さんの家に行くかとも思っていたのに。

 その前に怒られでもするかと思っていたのに。

「まるでバカね、申し訳ないけど。それに衣隠さんが太鼓判を押しているなら、なおさら問題はないでしょう。私たちが心配するだけ無駄ってものよ」

 だから、と鳴鹿は身を乗り出すようにして僕に語りかける。

「くれぐれも余計なことはしないようにね。九鬼くん、何かといえば無茶しようとするし」

 まさかこいつにそれを言われる日がこようとは。人生何があるかわかったものではない。

 ただし言っていることはわかった。

「それにしても、この間の天狗のことといい、いろいろと巻き込まれるわね。それも仕方ないと言えばそれまでなのだけど。でもやっぱり、もう少し時間はあけて欲しいとは思うわ」

 鳴鹿は溜息混じりにそう言う。頬杖をついてけだるそうにしている姿は、普段からはあまり想像できないものだった。こいつも抜くときは抜くんだな、と思う。

 それが僕の前で、というのは思うところがないではないが。

「確かに、畳みかけられているような感じがするな」

 誰に、と問われても答えようはないけれど。

「誰によ?」

 問われてしまった。

「……無粋なことを聞くな」

「…………」

 苦し紛れの返しは、お気に召さなかったようである。しいて言うなら、運命とかだろうか。

 運命とか、神とか。

 たとえば悪魔とか。

 たとえば、英雄とか。

「そうね、悪魔なんか、それっぽいかも」

「なんだよ、ヤなとこ選ぶじゃないか」

 例えとも呼べないような、なんとなくで出したそれぞれの中でも、一番あってほしくないものが選ばれた。そして、それはそれで在り得そうなものでもあるところがさらに嫌だ。

 少なくとも、運命よりはありそうだ。

「悪魔に狙われるようなこと、したかなぁ」

「心当たりが無いとは思わないけどね。みんながみんな、何かを犯している。私たちみたいなのは特にね。特異な存在って、それだけで周りに影響を及ぼしているものだし」

 それに、と言いかけて、そこで言葉を止めた。

 何を言おうとしていたのかは、なんとなく察しがつく。つかない方がよかったかもしれないが。

「衣隠さんなんかは大変でしょうね」

「……どうかな、あの人はそれも含めて楽しんでるって感じだけど。悪魔にだって、嬉々として喧嘩を売りそうだ」

 実際、大変な思いをしているのは衣隠さんに振り回される周りだと思う。

 主に僕とか。

 その衣隠さんが今回は静観を決め込むというのが、吉と出るか凶と出るかは僕にはわからない。あの人が出れば物事は解決に導かれるかもしれないが。しかし、火事が起きてるからってあたり一面を、燃えている家ごと更地にして解決、としそうな感じだし。

 暴力的な解決方法だ。

 時にはそれも必要だろうが。

「ま、つまり今回の件について、僕たちが関わることはない、と」

 だいぶ脱線してしまった感はあるが、ここでこれ以上駄弁っても仕方ないと思い、そう総括をする。早く帰りたいし。

「そうね。足手まといになりかねないから」

 蛇に足も手もないけれど。

 そう言ってまとめる鳴鹿であった。

 それこそ蛇足だと、僕は言わなかったけれど。


 とまあそんなわけで、今回の話はここで終わり。とはならないが。

 しかし衣隠さんや鳴鹿と学校で話をした数日後。ばったり未朽さんと出会った。ふらりと街中を歩いているときのことである。

「あら、言葉じゃないの。偶然ね」

「こんにちは、ご無沙汰です」

 聞けばこの前教えた和菓子屋さんへ行くところだそうだ。ほんとに気に入ってたんだな。今日は久散さんと娘の無朽ちゃんは一緒ではないようだ、お留守番でもしているのだろうか。僕は僕で、そのお店に用があったわけではないけれど。

「そういえばあれから何日か経ちましたけど、何か変わったことはありましたか?」

 ふと思い出したように言ってみたけれど、さすがに話をしてから一週間くらいで事件が起きたとは思っていない。これはまあ社交辞令くらいの挨拶のつもりだ。

「ん。ああ、あったわよ。襲われた」

「は? え?」

「ぶん殴って追い返した」

「ちょっ、待ってください」

 理解が追いつかない。

 いや、僕から振った話なので申し訳なくはあるんだが、こんな道の真ん中で話すようなことでもないと思う。いやほんと、聞いたのは僕なのだけれど。

「いいわよー、待ってあげる。私は待てる女だからね」

 どこかに待てない女の人がいるみたいな言い方をしている。それは僕も知っている人なのかな。いやいや、それどころではなくて。どこぞにいるかもしれない、待てない女のことは置いておくとして、それよりも重要な案件が今ここで発生していた。

 今ここで発生というよりも、もう収束してしまったことらしいが。襲われて追い返したって、もう話終わっちゃったじゃん。

「詳しく、お願いします」

「はは、その質問自体が曖昧だよね。詳しくって、もっと問いを詳しくしてほしいもんだよ」

 茶化されているのか、それとも本心も混じっているのか、しかし詳しくとしか言えない。

 一から十まで詳しくお願いしたい。

「ま、それこそ立ち話もなんだし、どっかお店入ろっか」

 そう促されて、僕と未朽さんは近くの喫茶店のドアをくぐる。普段は来ないようなお店なので少しどぎまぎしてしまうが、未朽さんはこなれた様子だった。

 小慣れているし、来慣れているのかもしれない。

 ただ本当は、『こなれた』は漢字で『熟れた』と書くらしい。ずっと『小慣れた』だとばかり思っていたけれど、そう言われれば、『小慣れた』だとあまりいい印象はないかもしれない。

 なんかちょっと慣れてきて、失敗でもしそうな感じがある。

 その点『熟れた』だと、文字通り熟練といった雰囲気だ。

「よく夫と来てたからね、娘が生まれてからはそれほどでもなくなったけど」

 まだ小さいしね、とブラックのコーヒーに口をつけながら言う。僕も倣って飲んでみたが、次の瞬間にはミルクと砂糖に手を伸ばしていた。

 未朽さんはそれを見てニヤニヤしている。子供だなと思っているのだろう。否定はもちろんできないが。

まだ成人でもないし。

「成人ね。世間一般的な考えでは、成人を迎えたら大人だなんて言われるけれど、文字で見れば、人に成るって書くのよね。それがどんな人なのかは、本人次第だけど」

「未朽さんは、どういうときに大人になったって思いましたか」

「別に、今でも自分のことを大人になったなんて思ってはいないさ。何をもって大人とするかだって、人それぞれだしね。まして人から見られるのと、自分で感じるのとでは、絶大な差がある」

 ただ、と続ける。

「大人になったと思わされることはあるかな」

 もう一度カップを傾けて、唇を湿らせる。

 窓の外で忙しなく行き交う人たちを一瞥して、未朽さんは言った。

「子供に戻りたいって思ったら、それはもう自分が大人なんだって、思わされるよね」

 今その目は、僕を見て離さなかった。

 蛇に睨まれたように、身体が固まる。

 僕もいつかそんなことを思うときが来るのだろうか。果たして、それを思うまで、僕は生きていることができるのだろうか。

 いつか未朽さんが言っていた。今を大切にと。その時も考えていたな、いつまで生きられるのかと。

 果たして、僕の物語はどこへ向かうのかと。

「さて、こんな話をしにきたわけじゃあないでしょ。聞きたくないなら話さないけど?」

 若干暗くなった感もある空気を断つように、未朽さんは明るい声を出す。

 それを聞いて、僕も考えるのを止めた。いつかのことに思いを馳せるのは、今すべきことではない。

「いえ、ぜひともお願いします」

 今は聞きたいことがあるのだ。

 一切合切、細大漏らさず教えてほしい。


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