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天嵐の龍  作者: 誇張蘭
第二章 伝説殺しの英雄
27/61

面快


 和菓子屋で自分用に買ったどら焼きを食べながら未朽さんの家へと歩を進める。少しして大通りから逸れ、また民家が立ち並ぶ道へと入っていった。すると一つの家の周りに人だかりができているのに気が付いた。

 その様子から何かあったのだろうと推測できるが、具体的なことはここからではわからない。パッと見はテレビなどでよく見る火事に群がる野次馬のようであるがしかし、家は焼けていないし、煙すら出ていない。

 はてさて、何事でしょう。

 あまりいい感情ではないのかもしれないが、興味本位で近づいていく。ただ、火災現場や交通事故の様子を我関せずとばかりに写真に収めるような輩とは違うと、そう思いたい。

 近くの住民が集まって、数十人ほどが問題の家を半円状に囲んでいる。その後ろから中心を覗いてみるも、何があったかまでは分からないでいた。仕方なしにすぐそばの、人のよさそうなおじさんに声をかける。

「すみません、何かあったんですか?」

「ん、おお。それが俺にもよくわからんでな」

「そうですか……」

「三十分くらい前、かな。パトカーがここに止まってそれから人が集まり始めたんだよ」

「三十分……。すみません、ありがとうございました」

「はいよー」

 おそらく他の人に聞いても同じような回答しかもらえないだろうと思い、人波の隙間をぬって前へと進む。すみませんすみませんと繰り返して手刀を繰り出しながらなんとか先頭へと躍り出た。手土産は大丈夫かな、潰れてなければいいが。

 和菓子屋さんの紙袋を片手に抱えながら、家の様子を窺う。すぐ手前には警察によって貼られたであろう黄色いテープがある。仕事が早いものだ。

 家は一般的なそれと大して異なる点は見当たらず、事件が起きた様子もない。しかし玄関の近くには、警察官と家の持ち主であろう二人の男女がいた。やはり何かしらはあったんだろう。

 彼らの表情、口の動き、身振り手振り、衣隠さんじゃあないんだから完全には読めないけれど、なんとなくの雰囲気から察しようとする。家の状態から見るに空き巣かと思ったけれど、どうやらそれも違うようだ。

 空き巣にしては、夫婦と思しき二人の焦り方が尋常ではない。となると殺人だろうか。チラリと窓を見てみるも、カーテンが閉められていて中の様子は分からなかった。

 なんとなく嫌な予感がして、ほんの少し『眼』を遣う。

 九鬼家の人間が持つ力のうちの一つ、『為力本眼たりきほんがん』を発動させる。この力は簡単に言えば、人外の残した痕跡が視界に映るというものだ。人外を人外たらしめるその力を使ったときにだけ、その痕跡が目に見えるようになる。

 なのであくまでも普通に生活している分にはこの目には反応しないということになる。

 その『眼』をもってして、家の玄関や窓、二階のベランダなどを見てみるも、特に名残は見つけられなかった。

 どうやら思い過ごしだったようである。もしかしたらと思って見てみたけれど、普通の事件、僕たちには関わりのない世界だったらしい。前回の天狗の件もあって少し過敏になっているのだろうか。

 胸を撫で下ろしたのち、再び人波をかいくぐって円の外へと戻っていった。手にした紙袋の中身を確認して潰れていないことに安心すると、民家に背を向けて歩き出した。



「いらっしゃい。思ったより時間かかったけど、何? 歩いてきたの?」

「ええ、散歩がてら」

 事件があったと思われる家から少し歩いたところに、未朽さんの家はある。チャイムを鳴らしてお邪魔すると、すぐに彼女が出迎えてくれた。

「あ、これ。よかったらみなさんでどうぞ」

「なになに、また気なんか遣っちゃってさぁ。もっと学生らしくドカドカお邪魔してきなさいよ」

 言われるだろうなと思っていたことまさしく言われてしまった。

「ま、勿論これは美味しく頂くけどね。ありがとさん。一緒に食べましょ、あがってあがって」

 しかし気持ちよくもらってくれるのでこちらとしても嬉しいものがある。やはり買ってよかったなと思いつつ、玄関で靴を脱ぐ。

 未朽さんに続いて玄関から一番近いドアを抜けると、そこはリビングだった。リビングダイニングとでもいうのだろうか、空間が広々としていて、一人暮らしの身としては少し居心地の悪いものを感じる。

「よく来たね。ゆっくりしていって」

 すると、子どもを抱いた男の人が声をかけてくれた。

「はい、お邪魔します」

 抱かれている子どもはまだ一、二歳くらいかな。この男の人が未朽さんの旦那さんだろう。旦那さんとは初めましてのはずだ。

「初めまして、九鬼言葉といいます。今後ともよろしくお願いします」

「はははっ。聞いてた通り、礼儀正しい子だね。こちらこそよろしく頼むよ。蛇沢久散(くちる)、です」

 聞いてた通りって、誰が吹き込んだんだよ。チラッと横目で窺うと未朽さんがにかっと笑っていた。それに苦笑いで返す。

「そう言えば、この子は…………」

「ああ、まだ会ったことなかったっけか? もちろん私と旦那の子だよ。間違いなくね」

「いやそこは疑ってませんって。お名前は?」

「――――無朽むく。蛇沢無朽だよ。私の宝。この子の為なら死んでもいい」

「おやおや、それなら俺はどうなるんだい、未朽よ」

「あんたは自力で何とかしな。私はこの子だけで手いっぱいなんだよねー」

 笑いながら旦那さんの手の中で眠る無朽ちゃんの頬をさする。その笑顔は柔らかく、温かみに溢れていた。それを見る久散さんも二人を慈しむような表情だ。

 はたから見ていてそれはそれは幸せそうな場面なのだけれど、しかしこの光景を目の前にして立ちすくむしかない僕の立場は一体何なのだろう。これはテレビの向こう側でやってほしい…………。

「あっ、ごめんね! つい世界に入っちゃったよ。今お茶の準備するから座って座って」

「お、お構いなく」

 こちらの視線に気づいたのか、少し照れくさそうに笑って未朽さんがキッチンへと向かって行った。久散さんも続いて小さく笑いリビングのソファに座る。僕は未朽さんと向かい合って、ソファの後ろにあるテーブルへと落ち着いた。

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」

 差し出された湯呑を受け取って熱いお茶に口をつける。一人暮らしではお茶なんてなかなか飲まないから、新鮮な感じがするな。湯呑もないし、急須もない。今度買ってみようかな、すぐ飽きそうだな。

 続けて出されたのはさっき僕が買ってきた和菓子のうちの一つ。まさか自分が食べるとは思っていなかった、だからこそさっき自分用に買って食べたのだが。

「ん、気にしなくていいよ。食べな食べな。どうせ私らだけじゃあそんなに食べないんだし、若いもんが食えばいいのさ」

「そう、ですか。じゃあありがたく頂きます」

 フォークで端を切って口に運ぶ。

 …………和菓子ってこんなに美味しいのか。どら焼きみたいな普段見ているものと違って、ちゃんとしたというか、見た目から花々しいものってまた味わい深いな。帰りにもう一回寄ろう。

「ん、これ美味しいね。後でお店教えて」

 未朽さんも気に入ってくれたらしくそんなことを言ってくれる。うむ、満足。

「ねぇ、あなたは食べる?」

 そしてソファに座り、テレビを見始めた久散さんへと声をかけた。僕たちのことを気遣ってかテレビの音量は控えめである。いや、気を遣っているのは娘さんの為か。

「いや、俺は後で頂くよ。今は大事な話があるんだろう? そっちに集中していて構わないさ」

「そ、わかったよ」

 そう言って未朽さんはニコニコしながら残りを食べ始めた。そんなに美味しかったか。

 未朽さんの食べているものは僕のとまた違っていて、というか同じものは買っていない。気にはなるけれどイマドキ女子のようにシェアなんて出来ないよ。こちとら男子だし、向こうは……申し訳ないが女子と呼べるような年齢ではない。ごめんなさい。

 決しておばさんとは言わない、どちらかと言えばまだお姉さんに近いだろうし。正確な年齢は、そういえば知らないな。女性に年齢を聞くのはやっぱりタブーのような気がする。

「さて、そろそろ君がここへ来た理由を話してもらおうかな」

 あっという間に目の前の和菓子を食べ終えた未朽さんは、フォークをお皿のわきに置いて少しシリアスな雰囲気を醸し出しながらそう切り出した。やっぱり同じようにお姉さん的な立ち位置の衣隠さんとは異なる空気を持っている。ふむ、さすがです。

「と、その前に」

 一つ僕が感心したところで、自分から始めようとした話を区切る未朽さん。一体どうしたんだろう。

「言葉のさ、それ、食べないなら少しもらってもいい?」

 ………どんだけ気に入ったんだよ。

 さっき、若いもんが食えって言っただろ。


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