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天嵐の龍  作者: 誇張蘭
第二章 伝説殺しの英雄
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我ヶ足


 未朽さんに連絡をした後、僕は再び歩き出した。一軒家が立ち並ぶ住宅街をてくてくと歩きながら考え事をする。

 逆か、考え事をしながらてくてくと歩く。

 てくてく、という表現はそういえば歩く以外の言葉には使われないよな。

 てくてく。

 てけてけ。

 てけてけはそういう妖怪か。妖怪てけてけ。字面を見ればなんとも間抜けな印象だよね。果たしてどんな話だったかなと考えを巡らす。

 確か、何かの事故に合って上半身と下半身に分断された人が、自らの下半身を求めてさまよう。みたいな感じだったと思う。スマフォで調べようかとも思ったけれど、歩きスマフォ(くどい)はよろしくないかと思い直して、てけてけと歩き続けた。

 しかし自分の身体を探して這いずり回るなんて、それは確かに怖いよな。夜な夜な一人で歩いているところ、そんな化物に突然追いかけられでもしたらもうどうしようもないと思う。

 でもこんな真昼間に追いかけられたのならば、少しはそれもまぎれるのかなと想像してみた。真昼間の幽霊。今この瞬間に、背後からの妙な物音に気付き、そっと振り返る。するとそこには長い髪の毛を地面に垂らした、女性と思しき人が倒れていた。何事かと思って慌てて駆けだすけれど、僕が彼女の元へたどり着く前にバッと顔を勢いよく上げた。その素顔を見た瞬間に息が止まる。

 前にかかるぼさぼさの髪の毛で完全には見えないが、半開きの口、ガサガサの肌、目はまるで眼球を抜き取られたかのように真っ暗で、底がどうなっているのかわからない。瞬間的に、直感的に恐怖を覚えて、すぐに元の方向へ向き直り全力で駆けだした。あらん限りの力を振り絞ってコンクリートの地面を蹴る。

 僕が二歩三歩とスピードを上げていく途中で、風を切る音だけを捉えていた耳に妙なノイズが入った。何か悲鳴のような、それでいて笑っているような。心の底から忌避したくなるようなそんな声が響いてくる。嫌だ嫌だと思いつつもそうせずにはいられなかった、振り向かずには、いられなかった。

 全速力のさなかで首だけを後ろに向ける。そして当然後悔した、見なければよかったのに、と。

 振り向いた先にいたのは、先ほどとは比べものにならない、どころか同一人物とも思えないような形相をした女性が、自身の手だけを使って追いかけてきている姿だった。ここからの視点で見れば、先ほど気づいたことに間違いはないと思い至る。

 女性の下半身はどこにも無かったのだ。

 いったいどういう原理で成り立っているのか見当もつかないが、しかしそれでも彼女の腰から下は見当たらない。そうなってくると、今聞こえているこの声にもどこか意味があるように思えてきた。顔を前方に戻して、マックスのスピードで走っているので正確には聞き取れないけれど、やっぱり彼女は求めていた。己の足を。だからこそこう聞こえるのだ。

「あしぃ…………あしぃぃ!」

 泣き笑いの叫びに時折混じるこの言葉は、僕の恐怖心を更に駆り立てる。足の回転を速くさせる。

 彼女の叫び声が大きくなったのか、それとも二人の距離が近くなったのか、それすらわからない。だから確認したくなった。今どれくらい離れているのかを。そして二度目の振り返りをする。

 確認の結果から言えば、二間の距離はそこまで近づいていなかった。これでも龍の末裔として、普通の人間よりも身体能力は高いのである。でもだから、彼女を引き離せないというのが怖いのだが。しかし僕はまたしても後悔することになる。もっと自分を信じてただひたすらに走るか、それとも頑張って大通りまで出ればよかったのだが、迫りくる恐怖からかどのくらいま近くにいるのかを認識せずにはいられなかったのだ。

 一度目に振り返った時にはさほど影響がなかったのだけれど、今回はそうはいかなかった。全力疾走している中で、首だけを後ろにひねるという無理な姿勢をし、思っていたよりも引き離せていないという事実に驚く。

 その結果何が起きたのかと言うと、当然転んだ。無様に。スピードに乗った身体はその場で止まることなく、二転三転してからようやく落ち着いた。うずくまるように地面に伏す僕を見て、勢いを増す彼女。慌てて立ち上がろうとするけれど時既に遅く、あっという間に距離を詰められて僅か数メートルにまで迫られてしまった。

 そこで突然、その数メートルを一瞬で無にするような形で彼女が飛びかかってきた。両の手を地面に突き立てて勢いよくジャンプをする。大口を開けて向かってくる彼女を、かすめるようにして横に逃げた。しかしここは大して広くもない路地、横に逃げたことで僕は民家の塀を背にすることとなってしまったのだ。

 冷たい汗が頬を伝う。

 ぐるりをこちらを向いた彼女は、じっと僕と目を合わせるようにしている。生唾を呑みこみ、この後の展開を必死に考える、どうする、どうすればいい。しかし思考がまとまる前にまたしても飛びかかってきた。両手を伸ばした状態で飛び、その手を僕の顔のすぐ横へ押し込む。左右を細い腕で挟まれる形になった僕は、いよいよ逃げ場がなくなった。チラリとその手を見れば、どうやら掌は完全に塀へと埋まっているようだ。

 おかげで彼女と僕の顔は、同じ高さへと揃えられた。

 ドクンドクンと心臓の鼓動がハッキリと聞こえる。やばい。やばい。

 僕が何かを言う前に、彼女がその口を開いた。目と同様に真っ暗な穴から発せられる声に、僕はハッとなる。

「いい加減、現実に戻ったら?」

 ………………。

 ………。

 というわけで、妄想は終了。

 長々と何をやっていたんだか。

 考え事をしながら歩くというのは、それはそれで歩きスマホよりもタチの悪いことかもしれない。意識も目線も前見て歩けよってことだ。

 気付けば大通りへと出ていた。平日よりも当然車の数は多く、人のそれも同じだ。少し見渡せば色々な人がいる。

 小学生、中学生、真面目そうな女学生、金髪のチャラそうな青年、子連れの母親、にこやかな老夫婦。それぞれを見て、また少し物思いに耽る。

 今は亡き、全滅したと聞かされた大蛇の一族にもこういった人たちはいたんだろうな。あくまでも普通の人間の様な姿をして、一般的とは言わないまでも文化的な生活をしていた人たちが、きっといた。それを完膚なきまでに打ち砕いた英雄の一族。

 果たして、

「何事もなく終わるのかな」

 今、未朽さんを狙っているのは僕と同じくらいの若者らしい。じゃあもしそいつを退けたら次はどうなる?

 次は、次の刺客が来るんじゃないだろうか。倒したら次が来て、その後も続いて、天狗の時の様な一過性のものとは違う。これは一族同士の争いに発展しかねないのだから。

「あのじいさんがそこまで考えなかったとは思いにくいよな。何か考えがあるのか?」

 まさか未朽さんが何もせずにそのままやられるとでも思っているのだろうか。さすがにそれはない、と思いたい。はた迷惑なことに巻き込まれたものだ。こんな生まれである以上は避けられないかもしれないが。

 整備された歩道を、街路樹を横目に歩く。するとすぐ先に和菓子屋を発見した。こんなところにあっただろうか。

「普段はバイクで通ってるし、気にしないと気付かないものだな」

 せっかくだからここで未朽さんへの手土産を買って行こう。そう思ってお店の引き戸を開けて店内に入る。

「おばちゃあん、これも試食出来ねぇの?」

 しかし入って最初に耳にしたのは店員さんのいらっしゃいませではなく、男の人の軽そうな声であった。軽いというか、チャラい。

「あっ」

「あん?」

「い、え。なんでも」

 そのチャラい男はさっき大通りに出た時見た青年だった、印象的な金髪だったのでよく覚えている。それで思わず声を上げてしまったのだ。こういう人は苦手である。

 故に英のやつも若干……。

 まぁそんなことは置いておいて、さっさと買って出てしまおう。蛇沢家は未朽さんとその旦那さん、それに娘さんの三人家族だったはず。それならそんなにたくさん買っていかなくても、小物をいくつか選んでいけばいいか。

 今なお店員さんと試食の交渉をしているチャラ男を尻目に、綺麗な細工の施された和菓子を数個選んで購入。とっとと店を後にした。

 さて、未朽さんの家まではあとどれくらいだったかな。


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