燦々日和
中身。
じいさんが言いたかったのは、つまり動機のことだったのだ。
初代スサノオが戦った時の動機と、現代の末裔たちが戦っている動機は、まったくもって異なるもの。正負が反対。
「しかしそれでも、絶対値が同じというわけでもないのじゃ。その感情の規模は、今の方が圧倒的に大きい、比べものにならぬ程な」
戦いに負けるわけにいかないなら、憎しみを大きくするしかない。そして一度膨れ上がった憎しみを再び消すのは難しいことである。代々受け継がれてきたそれは、時をかけるごとに増していき、そして濃くなっていったのだろうか。
「つまりそれが、僕たちに及んでいる影響の原因てことなのか?」
「そういうことになるのう。……結果として増幅した憎悪は、目的を果たしたところで消えるどころか、その勢いを強めていった。今や彼らが憎んでいるのは大蛇の一族ではない、――――大蛇の一族だけではない」
その一族は壊滅してしまったがな。
憎しみの根源となる者たちがいなくなってもなお、とどまるところを知らない憎しみなど、一体何のためにあるのだろうか。
「そうしてただひたすらに憎しみだけを糧に生きてきた彼らは、ついに大蛇の一族以外をも憎むようになったようじゃ。蛇に関する、ありとあらゆるものを憎しみ、恨み、呪う」
そして殺す。
彼が言い放ったその言葉には、決して笑うことのできない重みがあった。もう既に、そうすることでしか生きられないようになってしまったのだろう。もはや本来の相手はいないのに、それ以外に生きる術を持たない、縋るものを持たない。
生きる意味がない。
「そして我々の蛇沢嬢も当然狙われておる」
「そこで繋がるのか。だったら一概に安心とは言えないんじゃないか? その感じだとかなりやばい奴らみたいだし」
「まあの。それでも、狙われておる者と、狙っておる者、これらを見ると概ね大丈夫じゃろうと思ってな」
「狙ってるやつ……」
「今回の相手はさっきも言った通り、だいぶ若者のようなのじゃ、これもどこまで信じていい情報なのかはわからんが」
このじいさんは伊達に放浪しているわけじゃあないようで、僕たちの知らないところから情報を集めてきていた。人生の先輩どころではない歳の差なのできっといろんなところにネットワークを持っているのだろう。
独自のネットワークを。
ならば大概のことは信用しても問題ないと思っている。経験則から見れば、この人の情報で間違っていたことはほぼほぼないのだ。
まあ母数が少ないというのもあるだろうけれど。なにせ現れない時はまったく現れない人だし。
「それにその一族はな、歳をとればとるほど憎しみも深くなるようじゃ。いわゆる洗脳期間が長くなるのかの、生きているだけで憎悪に洗脳されておるようなものじゃし」
つまり、若いうちならば、そこまで脅威にはならないということらしい。
それでも一応の警戒として、僕に注意を促したということだ。それならば直接本人に言えばいいものを。
「いやはや、わしはどうにも蛇沢嬢に嫌われておるようでな、会いに行くのは勘弁してくれんか」
「理由が個人的すぎるだろ。嫌われてるって、なんでまた」
「それもついでに聞いてきておくれ」
最後にそう言った御土のじいさんは、にっこりと微笑んで背を向けた。僕の返事も聞かずに行くとは、どこまでも自由人で、自分勝手である。
そのまま、自分の役目は終えたとばかりに歩き出してしまった。僕は制止することもせずに、自分のアパートへ入っていく。
仕方がない、今度の日曜日、蛇沢家へ行ってみよう。
最初は狙われているのがあの人だと聞いて安心し、英雄の一族について聞いて不安になり、最後にもう一度安心させられた。
結局は大丈夫だろうという気持ちにさせられはしたが、それでも僕は、一抹の不安を拭いきれないでいた。
このままでは終わらない気がする。
「とまぁ、そんなことがありまして」
「…………zzZ」
「寝てんすか」
なんて人だ。
まじか。
「ん、終わった? ふぁぁ、それでみくんちには行ったんだよね」
しかも内容を聞いてやがる。
なんてお人だ。
「そこも話さなきゃいけないんですか?」
「当然でしょ、というかそんなことがあったのに、一週間も私に黙っていたなんて許さないわよ」
「……ゴメンナサイ」
「心がこもってない。話の冒頭からやり直せ」
冒頭からって、それはさすがに面倒なのでシカトしておこう。
「ほらほら、早く戻りたいんでしょ? なら続き続き」
「わーっかりましたよ。何でしたっけ、未朽さんのとこへ行った話ですね」
こうなったらもうどうしようもない。とことん話してやろうではないか。
御土のじいさんと突然の邂逅を果たした後、僕はその次の日曜日に、単身蛇沢家へと向かった。
龍の末裔が一人、蛇の名を冠する蛇沢家の長女、蛇沢未朽の住まう家へ。
十月十八日、日曜日。
基本的に休みの日はゆったりとしていたい僕である。スマホのアラームを使うことなく自然に目を覚まし、ベッドの中でひとしきりごろごろしてから、もぞもぞと這い出る。特に用事もないのに早く起きて朝ごはんをきっちりとるような、そんな構造をしてはいないのだ。僕の身体は。
だからこの日も当然お昼の少し前に起きた。
まだ回転のしない頭で今日は何をしようかなと考える。ふと何か思い出しそうで、しかしなんだかもやのかかったような感じがして、ぎりぎりで思い出せない。上半身を起こし、ボーッとする。そのまま瞼を何回か上下させ、少し首を回す。
コキコキッと小気味いい音が自分の首から聞こえる。これは健康上あまりよくないことだったか。
そしてだんだんと覚醒し始めた脳をもって本日の予定を思い出そうとする。上半身は起こしたままで目を瞑り、身体を左右に揺らしてみる。
ゆーらゆーらと。
ゆーらゆーら、ゆらゆらり。
いかん、寝そうだ。
再びまどろんできた、この時間に二度寝なんてしたら貴重な日曜日を潰してしまう。
そう考えて今度は目を開けたまま揺れる。さっきまでとは違って前後に揺らしてみた。
「あっ」
そうしてなんとか思い出したのだ、今日自分が何をしようと思っていたのかを。
「起きねば」
一言声に出してから下半身にかかっている毛布をどける。壁掛け時計の針は十一時半ごろをさしていて、もう太陽も空の真上にあがりそうであった。
いい天気。
今日は未朽さんのところに行くんだった。
僕の家から彼女のところまではバイクで十分程度だろうか、もう少しかかるかな。今から準備をして向かうと、お昼時にかち合ってしまうだろうから、家を出るのは正午を回ってからでいいだろう。
そうだ、せっかくだから徒歩で行こうとするかな。バイクばかりでは身体が鈍ってしまう、わけではないが、なんとなく気分で。
お散歩日和だし。
そんなわけで、適当にお昼ご飯をとった僕はコーヒー片手に日曜日の正午を過ごす。ここだけ切り取れば、実に平和なのだが。しかし実際は、このあと現実的な問題に立ち向かわなくてはならない。
いや、問題はまだ発生していないのだけれど。それを未然に防ぐというか、発生しても上手に立ち回れるように注意しておくわけだ。
注意を促しに行くわけだ。
コーヒーを飲み終え、ほっと一息つく。そしてマグカップをキッチンのシンクに置いて、出発の準備を始めた。
スマホの画面を確認して、玄関のカギをかける。さて、お出掛けだ。アパートの入り口にある自分の部屋番号のポストを確認して、郵便物がないかを見る。そして外へと踏み出した。
少し寒い空気を肌で感じとり、新鮮な空気を肺に入れる。アパートの駐車場を右に出て、蛇沢家へと歩き出した。
そこでふとあることに気が付く。
「何か手土産でもあった方がいいかな」
向こうは既に社会人で、こちらは未だ学生。年下と言えど突然訪問するわけなのだから何かしら買っていこう。いやその前に電話の一本でも入れるべきか。
今更ながらにそこへ思い至り、ポケットからスマートフォンを取り出す。
これも本来ならば前日までに済ませておかなければならなかったのだが、そこはまぁ、見逃してもらおうかな。
スマホを耳に当てて相手が出るのを待つ。
「もしもし」
「あ、こんにちは、言葉です」
「そりゃあ画面に名前出たからわかってるさ。はい、こんにちは」
「そうですよね。えっと、突然で申し訳ないんですけれど、今日これからお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「ん、ウチに?」
「ええ、はい」
「旦那と子供いるんだけど、それでもいい?」
「勿論です。大丈夫です」
「なら遠慮せずにおいで。にしても相変わらず硬いわね、もう少し砕けた感じでもいいのに」
「いや、それは、すみません」
「あはは、だからそれが硬いんだってばさ。「お伺いしてもよろしいでしょうか」なんてなかなか聞かないよ」
「そうです、かね」
「まぁ、言葉遣いとしては正しいんでないの? それじゃ待ってるからね」
「はい、では失礼します」
通話終了。ものの数分である。
電話は少し緊張する。やっぱり会話をするときは顔を見ながらの方がしやすいな。会話って言うくらいなんだし、会って話す、これが基本なんだろう。
まぁ今ではテレビ電話なんてものもあるのだけれど、あれはだって、画面に向かって話しているではないか。
そのあたりに違和感を覚えている自分がいるのも確かなのだろう。と思いつつ、スマホをポケットに入れる。
そう言えば、スマホはスマートフォンの略なのだから、スマフォなのではないか。という意見を耳にしたことがあるが、面倒なことを考える人がいるなぁ。
まったく…………僕も同じ意見だ。




