はじまる
はてさて、これから繰り広げられるは、龍の末裔たる十一の人外によるきったはったの大騒動。寄ってらっしゃい見てらっしゃい、見目麗しいお子様から、はてはお年を召した流浪人まで、老若男女が入り乱れる現世の戦、勝敗決するは力か知恵か。理性か情緒か。
ここらでお一つソモサンはいかがでしょう。そこにおられる賢しい貴方は、伝説と英雄、どちらが強いと思いますか?
「おい、クッキー」
妙なあだ名で呼ぶなというか喋るな。なんだ、この物語はお前のよくわからないセリフから始めなければならない呪いにでもかかっているのか。なんで呪いと祝いは漢字がそこそこ似ているんだ、表裏一体とでも言いたいのかうるせぇよ。
「なあなあ、レポートの答え見せてくれよ」
そして登場して二言目からクズ大学生の鑑みたいなことを言うな。なんでこんな奴が存在しているんだ、頼むからそのニヤケ面を殴らせてくれ、そうしたら考えてやらんでもない。
本日は十月の二二日、木曜日。あの天狗の一件か「おーい」らもう一週間近く経つこと「もう授業」になる。この一週「始まっちまうんだが」間が平和だったかと言えば、概ね問題はなかったの「……」だが、しかし何もなかったわけではない。
「いじわるすんなって」
「意地悪なんじゃない、無慈悲なんだ」
「無慈悲って、それ見せてくれないってことかよ」
よくわかってるじゃないか、その調子でレポートもやってみろ。
「やれるんならとっくにやってるさぁ、それが出来ないからこうやって頼んでるんだろ。いいだろ言葉サマ」
ほんとにダメ人間だな。
「仕方ない、ほらサッサと写しちまえ。次の授業の教授サンは毎回少し遅れてくるし、まぁ間に合うだろ」
「おお! さすがだぜ、なんだかんだ言いながらも最終的に見せてくれるツンデレなところとか!」
「気にすんな、僕のそれも昨日見せてもらったやつだし」
なにかすごい目で見られた。これが属に言うジト目というやつか、男にやられたところで嬉しくとも何ともないけれど。
しかし勘違いしないでいただきたいのは、僕は決して課題を他人に見せてもらうこと自体を悪く言っていたわけではないのだ。何もかもを自力でやるというのには無理がありすぎる。
では僕はコイツの、名も無き友人A、ではなく名の有る(有名という意味ではない)有陣英の何に対して否定的な言葉を投げかけていたのかと言うと、そのタイミングと姿勢である。
今は三時限目の五分ほど前。他の大学がどうかは知らないけれど、うちのところは一、二時限目が午前中で、三、四が午後になっている。一つの講義時間は九十分だ。今、三時限目の少し前ということは、そのさらに前には昼休みがあったのだ、当然のように。
ならば、最悪その昼休みに見せてくれと言えばいいものの、それを何故こんなギリギリになって……。
しかもその頼み方がまた、「え、見せてくれて当然でしょ」みたいな雰囲気を隠すことなく寧ろ前面に押し出してきていた。
腹立つわぁ。
僕だって昨日見せてもらった時は、ちゃんとお礼をしつつ丁寧に頼んだものである。決してそれが当たり前だとは思っていない。たまには自分でもやっている。
とまぁ、言ってみてもするが、やっていることはこの目の前にいるおクズさんと大して変わらないんだけれどね。
僕は、大学生になってから最も大切なことは、頭のいい友人を作ること、だと思っている。それは今回のように課題を見せてもらうのだけが目的ではなく、テスト勉強の時にも重宝するからだ。
実に助かっている。いやほんと。
まだ大学に入学してから半年と少ししか経っていないので、友人の数は多くないけれど、それでも、その中でも優秀な人がいてくれてよかった。
ただ、優秀さでは文句のつけどころがないが、友人と呼んでいいのかよくわからない関係の人物もいる。一体どんな間柄だと説明すればいいんだか。
そんなことを考えているうちに教授が講義室に入ってきてしまった。まじか、英のやつまだ写し終わってないのに。というかいつもより来るのが早い……。これだと僕の課題も提出できないという、とんだとばっちりを受けてしまう。
さてどうしよう。
と、悩む間もなく、隣に座って必死にシャーペンを動かしている男子大学生から自分の分のレポート用紙を奪い取った。
「ちょっ、何すんだよ」
「残念、時間切れだ」
そう言って顎を動かす。その動きにつられて英が顔を講義室の前方へと向けた。それだけで僕が何を言いたいか分かったようだ。
「まじかぁ、しゃーない、このまま出すしかないみたいだなっと」
ペンを机の上に置いて、バッと席を立つ。見ればまだ半分ほどしか埋まっていないけれど、それでも提出しに行くようだ。
「ん、それなら僕の分も頼む」
「おいおい、横着しないで自分の分は自分でやりなさい」
「お前それ、自分のやってることと照らし合わせてもう一回言ってみな」
「横着しないで自分の分は自分でやりなさい。お母さんはあなたをそんなふうに育てたつもりはありません」
もう一度言った挙句さらに付け足しやがった。そろそろ目潰しくらいは許されると思うんだ。そう思って手をピースの形にして水平に構えると、相手も無言で動いた。机の上に置きっぱなしにされている僕のレポート用紙にスッと手を伸ばす。
そのまま教卓へと提出しに行ってくれた。
僕はふっと一息ついてから手を元に戻して、席に座りなおす。この様子を見られると何かしらの誤解を招きそうではあるけれど、僕は暴力を用いて彼を動かしたわけではないのだ。
半分とはいえ、その答えを見せてあげたのだから、提出くらいはしてもらってもまあいいだろうという考えである。きっと彼も僕に対しての恩返しを出来て内心喜んでいるはず。
「……みぃーたぁーぞっ‼」
「うがっ」
僕が自分の行動を正当化しようと心の中であれこれ考えているところに、背後からの衝撃が襲ってきた。僕の肩越しに犯人の左右の手が伸びてきてガッチリとロックされてしまう。
「友達に酷いことするもんじゃあないぞ」
「その声は、衣隠さんですか」
その声もなにも、この大学内でこんなふうに躊躇いなく絡んでくるのはこの人くらいだ。
しかし、面倒な人に捕まってしまったようだな。衣隠さん相手に目潰ししようとしたところで、その指をへし折られる未来しか見えない。いや、へし折られるで済むか……?
根元からもぎ取られる可能性もある。
肉も骨も断ち切られるかもな。
「まったくもう、おねえさんはことくんを、そんな友達を手酷く扱うような子に育てたつもりはありません」
先輩までどうしたんだ、流行っているのかこれは。僕の知らないうちに大学内で謎のブームが起きているとでも言うのだろうか。
いたるところに育ての親が潜んでいる、それとも、育てたつもりはないなんて言っているのだから、育てた覚えのない子があたり一面にいるのか……。
なんて当たり前のことを。
「衣隠さんに子供がいるのなら、きっとその子は大成しますね。今から楽しみにしておきます」
「えっ? いるわよ、私。子供」
「はっ?」
思わぬ返答に、衣隠さんのホールドを無理やり解いて振り向いた。
…………ニヤニヤしてやがる。
仮にも言葉を能力として扱う九鬼家の人間を騙すだなんて――情けないな、僕。
「ふふん、まだまだ精進が足りぬな若者よ」
「ハイハイソウデスネ」
「なによう、せっかくこの麗しき先輩が足を運んであげたんだからもっと喜びなさい。その疲れたであろう足を喜んでお舐めしますとか言ってみなさい」
「衣隠さんの美しいおみ足を舐めさせてください」
「うわ、ちょっとそのセリフは引くわね。これから一週間は近寄らないでください」
なんだろう、今日はとてつもなく怒りがこみあげてくる、ような気がする。それにしてもこの人に敬語を使われるとなんだか妙な気分だな。嵐の前触れのようだ。
まあ、既に嵐の暴風域には入っているのだろうけれど。
「そんなことより、それこそ本当にわざわざどうしたんですか。もうこっちも授業が始まるので、要件なら後に」
「すると思う?」
「思いませんね、わかりました外に出ましょう」
この人を相手に駄々をこねるような真似をしても全くの無意味だ。それをわかっているなら決断と行動は迅速に行わないと。
すぐさま席を立って講義室の後ろのドアを開ける。ちょうどその時に英が戻って来て、声をかけてきそうだったけれど、うん、シカトしておこう。
背中でついてくるなと無言の圧力をかけてその場をあとにした、後ろでガチャっと扉の閉まる音が聞こえる。そこで溜息を一つして少しだけ憤りを乗せた言葉を放つ。
「一体何の用ですか、これでも僕はそれなりに成績のいい方ではあるんです。あんまり授業をサボるとかしたくないんですよね」
「あはは、何を今さら言っちゃってるのかな、この前の如月ちゃんの時だって、あれ授業抜け出してきたんでしょ?」
「あの時は緊急事態なんだから仕方ないでしょう、事件が起きていることを知っていながら、我関せずと授業を受けるだなんて、それは優秀なんじゃあなくて、醜悪です」
「まあまあ、こうやって私に捕まった以上もう逃げられはしないんだから、すっぱりきっちり諦めなさいな」
そういうことを自分で言うか。しかし自覚があって、なおこんな行動をするのだからどうしようもない。もしかしたら、あえて講義が始まるギリギリを狙った可能性だってある。
しかもその可能性の方が大きい。
「じゃあまあ、可愛い後輩ちゃんの為に、いつもの雑談はおいておいてとっとと本題に入りますか」
後輩を可愛いと思うのならば、こんなことはしないでいただきたい。あとずっとニヤニヤしているのもやめてほしいです。
「そういえば、おいておいてってなんか面白いよね。追い手が老いて置いておいたお話を持ち出す、みたいな?」
「前言撤回する速度が異常ですね。その言葉の面白さには同意してもいいのですが、いかんせん状況が状況なのでそろそろこちらも手を出しますよ」
「お手」
「わん」
ばちん!
掌を上にして差し出された綺麗な衣隠さんの手を、鳴き声と共に叩いてやった。
飼い犬に手を噛まれてしまえ。
誰が飼い犬だ、誰が。
「ほほう、お主もなかなかやるようになったではないか、ではその度胸に免じてサクッとメインに移ろうか」
次に余計なことをしたら脛でも蹴ってやろうかなんて考えて、すぐさまその案を否定する。これ以上やったら仕返しが怖い。
さっきのでも怖い。
そんな僕の胸中を知ってか知らずか、後輩に容赦のない恐怖を与える先輩は、どうやら本題に入ってくれたようだ。
「ことくんてさ、この前あのじっさんになんか聞いたんでしょ、その後みくんちにも行ったみたいだし。何企んでんだよう、おねえさんにもおしえろよう」
そしてこんなことを、いつものニヤケ顔で言ってきたのだった。
しかし同じようなニヤケ顔でも、衣隠さんと英から受ける印象がこんなにも違うのは何故なんだろうな。




