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天嵐の龍  作者: 誇張蘭
第一章 兎攫いの狗
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おしまい

 それから、怪我をした二人は衣隠さんの車で病院へ向かった。というか衣隠さん車で来ていたのか。確かに大学からここまでの距離は近くないけれど、てっきり朝までお酒を飲んでいたと思っていたから車では来られないだろうとふんでいたのに。

 そして僕を一人残して、頬に傷をつくった中学生と、顔面青あざだらけの大学生、それに一人無傷の大学生は姦しく山を後にした。後日聞いた話では、二人とも特に問題はなく、鳴鹿の力を使うまでもないようであったそうだ。

 僕はと言うと、一兎の母である躍如さんに連絡をとって一人寂しくなく彼女の家へと向かった。そこで娘さんの無事と、ことの顛末を話してから帰宅。躍如さんは安堵からか目に涙を溜めはしたけれど、それを零すことはしなかった。家に着いたとき時刻は既に夕方近くになっていたが、そこからお風呂に入ってすぐ泥のように眠ってしまい次の日の一時限目に遅刻しかける(遅刻はしていない)ということになってしまった。ちなみに友人Aは遅刻した。

 鳴鹿のやつは平気で次の日も講義を受けていて、何かあったんだろと、あの顔を見た遅刻魔に問い詰められはしたが、そこはとりあえず黙っておいた。黙って一発殴ったら黙ってくれた。簡単なやつで実に助かる。

 衣隠さんにはその日に大学で会った時殴られた。何故かって、それは事件が解決した日の夜、僕にご飯の誘いをしたにも関わらず一切返事がなかったことについて怒っていたからである。

 理不尽だ。

 今日の朝は遅刻ギリギリでスマホを確認する余裕もなく、講義中もうつらうつらしていたので、学内で遭遇するまでその連絡に気づかなかった。まず出合い頭にどつかれ、僕が誘いに気づいていなかったとわかった途端に蹴られた。

 脛はアカンですよ。

 結局今日の夜に行くこととなった。僕の奢りで。後輩に奢れと強要する先輩なんてこの世には存在しないと思っていたのに。と、思うのは果たして何度目であろうか。

 ついでに言うと今日のは僕たちを助けたことに対しての感謝の印であって、誘いに気づかなかったことに対する謝罪の証は後日に回されるそうだ。なんてこった。

 僕の懐同様、寒い日ではあったけれど、それでも心だけは温かくいたいものだと思う。改めて一兎家を訪れて、怪我の具合と、精神の様子を確認。どちらも良好で、頬の切り傷に関しては跡も残らないようだ。さすがは若者、ではなくこれも末裔としてのささやかな肉体的特徴だろうか。それも人並みより少し高いくらいのものであるが。

 そうしてようやく今回の事件は収束へと向かった。一応鳴鹿にもお見舞いの品としてフルーツを届けてあげたが、その時のことについては特筆する必要はないだろう。

 激動の半日。攫われた一兎にしてみれば丸一日か。それがようやっと終わりを迎えて、落ち着くことが出来た。

 天狗がそれからどうなったのかはわからないけれど、殺しはしなかったのできっとどこかで生きているのだろう。

 どこかで生きている以上、やはり当分の間は気を付けなければいけない、特に一兎は同じことを繰り返される可能性もある。十家の中では彼女が最年少なので、最も危険性が高いけれど、他の者が狙われないとも限らない。なので今回のことを各家に伝えておかねば。

 ただ、天狗は知ってしまったからな。

 初めての敗北と。

 鷹宮衣隠という存在を。

 今回の話に限ったことではないけれど、末裔がらみの事件はそのほとんどが衣隠さんのすごさを引き立てるための余興なのではないかと思ってしまう。傷を負った二人には申し訳ないけれど。

 彼女は自身の人生の主役であるとともに、世界の主役という立ち位置なのかもしれなかった。僕は自分の人生を送っていながらも、その主人公には、なれていない。なんてことを彼女と行動を共にする度考えてしまう。

 それを仕方ないと諦めてしまうのか、それとも逆に奮起するのか。その選択肢は常につきまとうが、そんなことすら飲み込んでしまう存在なのだと、終わってから知る。

 こんな感情を抱くのはいつものことだが、いつになっても慣れはしない。

 ぼんやりとした面持ちで鳴鹿の部屋から自宅への道を歩いている僕を、夕日が鮮やかに染める。あの太陽も実は衣隠さんが燃やしているんだと教えられたとしても、きっと信じてしまうだろう。僕の力を使われたとしても疑いはしないかもしれない。

 あくまでも僕は語りで、主役は彼女。ヒロインにしてヒーローなのだった。

 どこまでも、かっこよかった。


 いつの間にか家の前に着いていて、気が付けば足下ばかりを見て歩いていた。

 そこで衣隠さんが天狗に向かって言っていた言葉を思い出す。相変わらずあの人の言葉は心に響く。表面を撫でるだけの僕とは違って。

 彼女の声が頭に響いた気がして、すぐに顔を上げた。このまま負けっぱなしは死んでも嫌だったから。

 そんな自分語りに酔っていた僕は、前を見たことで初めてそこに人がいたことに気がついた。否、人外がいたことに。

「やほほ、お疲れのようじゃの」

「………なんだ、御土みつちのじいさんか。驚かさないでくれよ」

 まだ事件が終わってないのかと思ってしまった。

 目の前にいるのは、つるりと禿げ上がった頭に、ふさふさの白い髭、柔和な顔は孫に優しいおじいちゃんのようである。

「この年になるとそれくらいしか楽しみがなくてな、そんな顔するでない」

 彼こそ、龍の末裔が一人、蜃の名を冠する御土家の長男、御土(やぐら)であった。

 寿命が削られるという力を継がされながらも御年六十六歳になるという、こちらも化物である。

「それで、世捨て人のじいさんがなんでわざわざここに」

 何でと言うならば、何でこのタイミングなのかということも気になるのだけれど。もうあんまり尺はないですよ。

「ふむ。……おぬし、スサノオノミコトという存在を知っておるか?」

 スサノオノミコト。

 日本神話に出てくるアレか。

 ヤマタノオロチを狩り殺した伝説の存在。

 八つの頭と八つの尾を持つ蛇を。水神を。

 つまり――――龍。

 龍殺しの英雄。


 事件は終わりと共に、また新たに始まった。

 勘弁してくれ。





 ちなみに僕が昨日途中で抜け出した授業であるが、その日に限ってだいぶ重要なことを言っていたらしく、中間試験は散々な結果となり泣く泣く単位を諦めることとなったのだが、それについては語るのを控えよう。

 しかし、一緒にサボったはずの鳴鹿が満点に近いという事実だけは認めない。

 絶対に。


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