対峙終了
激しく火花を散らしながら風と炎がぶつかり合う。僕はその光景を見ていながらも、近づくことが出来ないでいた。衣隠さんは相変わらず笑っていて、天狗はそれと対照的に怒りの表情である。相手は既に飛ぶことはせずに、お互い地に足付けての戦闘だ。
こういうふうに言うと、まるで戦いが拮抗しているように感じられるが、実際はそんなことはなかった。当然ながら。
いくら衣隠さんが焚き付けても、天狗が怒りに身を任せようとも、その歴然とした実力差が覆るはずもない。衣隠さんは一方的に盛り上がってついに声を出して笑い始めてしまった。その一方で、天狗は苦悶の表情に変化していく。
最初は受けるだけ、相殺させるだけの衣隠さんだったが、いつの間にか立場は逆転していて、天狗の方が防戦一方になっている。
もちろん彼女は力を制限しているけれど、この戦いの結果は火を見るよりも明らかであった。両手で必死に風を起こしている相手に対して、片手だけでそれら全てを簡単にさばいているのだから、そう思うのも仕方のないことだが。
その手で火を放ちながらじりじりと距離を詰めていく。相手は少しさがる。
このまま順当にいけば、当たり前に衣隠さんが勝つだろう、しかし忘れてはならないのは、相手は空を飛べるということ。飛んで逃げられたら、ある程度追跡は出来るにしてもその限度はある。県外まで行かれたら追いかけている間にその痕跡は消えるだろうし。
やはりここで決着をつけておきたい。
ひときわ大きな音があたりに響いて、それと同時に二人はにらみ合うこととなった。お互いがお互いに攻撃せず、ただ向かい合う。
チャンスはここだ。
そう思うが早いか、すぐに言葉を発した。
「衣隠さん、もしあいつが飛んで逃げたなら、衣隠さんも飛んで追いかけてください」
その声は大きく、天狗にも聞こえただろう。
衣隠さんはこっちを見て、珍しく少し驚いた顔をしたが、目が合うと、何も言わずに笑って頷いた。天狗はそのやり取りを聞いて、見て、また少し後ろに下がる。既に背中は木に付きそうなくらいだ。
その姿を確認しつつ、今度は天狗に向かって言う。
「逃げようと思ってんならやめておきな。言っただろ、ここにいるのは鷹宮衣隠だ。伊達に鷹の名を冠しているわけじゃあないんだよ。空だって飛べる。彼女はやろうと思えば何でもできる」
「……ふん」
場が落ち着いたことで冷静さを取り戻したのか、表情からほんの少し迷いが消えていた。しかしそれでも心の中は穏やかではないだろう。続けて出した声からも、最初の頃のような威圧感が感じられない。
「個々の能力全ては把握できていないが、それでも一家に二つの力が課せられていることくらいは知っている。そして鷹宮家、その二つの力はもう見せてもらった。これ以上何かあるとは思えんなっ」
その言葉の途中で衣隠さんが唐突に走り出した。最後まで聞いてやれよ。無理やり頑張ってんだから。
そんな僕の心中など意に介さず(当然だが)再びかざした左手の、今度は薬指に緑色の模様が浮かびあがった。それはまるで、つたでも巻き付いているかのようだ。
「『五行思爪』東の爪・聳孤―――これあんまり得意じゃないんだけどなぁ」
お決まりの蛇足を流してから、僕も彼女を追って走り出す。
天狗は衣隠さんの指が変化したのを見るやいなや、空へと舞い上がろうとした。しかしそれはもう遅い。
突然天狗はその上体を崩して、前につんのめるように、何かに躓いたかのように、誰かに押されたかのように、向かい合っていた僕たちの方へと倒れ込んできた。
ちらりとその後方を窺うと、天狗が背にしていた木から、不自然な枝が一本突き出している。その先端はまさに人の掌の形をしていて、彼はそれに押されたのだ。
相手にしてみれば何が起こったかはわからないだろう、しかしこちらは想定内の予想通り。再び振りかぶった鉄の棒を天狗の頭めがけて振る。しかし。
「はーい、ツーストラーイク」
横に薙いだ僕のスイングをギリギリでかわして、そのまま頭上を越えるように飛び上がられてしまった。僕の髪の毛が風圧で揺れる。
しまった、とは思わない。
これもまだ計算内。
僕は振り返り、天狗も振り向いた。
相手は笑っていた。このまま逃げられると確信したのだろう。けれど、彼の視界には映っていないものがあるはずだ。
それは僕からはハッキリと見えているもの。
鷹の姿。
前に向きなおり上昇し始めたところで、彼と彼女は相対した。今までとは逆に、彼女が見下ろすような形で。
「きさま……は」
「もう忘れちゃったの? みんな大好き衣隠おねえさんだよん」
綺麗な金髪をなびかせながら今まで以上の笑顔を見せた衣隠さん。天狗の顔はこちらから見ることは出来ないけれど、きっと驚愕に満ちているだろう。
まさか彼女が本当に飛ぶなんて思っていなかったはずだから。
僕が思わせなかったから。
衣隠さんは今度は左ではなく、右の手を硬く握って、天狗の顔面を殴打した。容赦のないそれに、またしてもバランスを崩して落下する。それを待ち構える僕に対して、上から目線で彼女はこういった。
「ことくーん、次でアウトだからね。ミスったらバッター交代だよん」
わかってます。このチャンスをフイにするような男じゃありませんよ。僕は。
狙いをすまして、ここぞとばかりに振り上げる。今度も天狗は顔を持ち上げたが関係ないね。僕が狙うのは、そのどてっ腹‼
無理にその顔を上げたせいで、むき出しになったお腹に打ち込む。
生々しい感触が手に伝わるけれど、ここでは終われない。相手がくの字に曲がったところで、とどめだ。
無防備な首裏に、格闘漫画よろしく手刀を、ではなく鉄棒をお見舞いした。
鈍い音が響く。
続けて地面に墜落する音。
そしてそれから、天狗が動くことはなかった。
こんな言い方では死んでしまったようであるが、実際は気絶しただけです。
手に残る嫌な感覚をかみしめながら、静かになった天狗を見下ろす。その僕の隣に衣隠さんが着地した。
「お疲れ様です」
少し間があって、険しい顔でこう返された。
「こと君、二回振るのはルール違反じゃないの」
本当に野球をやってたわけじゃないんですけれど。
でも、僕がここで仕留められなかったら、交代させられていただろうとは思う。
彼女はチャンスをくれたのだ。
よく考えるまでもなく、衣隠さん一人でこの場を治めることは出来たのだから。そこであえて僕のために、鳴鹿を危険な目に合わせてしまった情けない僕に、挽回のチャンスをくれた。
敵わないよ。
「あれ、衣隠さん眼鏡どうしたんですか?」
見てみれば、彼女の顔にはいつもの赤い眼鏡がかかっていなかった。戦いの最中に無くしてしまったのだろうか。あれは伊達だといつか言っていたので支障はなかっただろうけれど、なんとなくトレードマークみたいなものだったので無いと違和感を覚える。
「ほんとね、全然気づかなかった」
「そんなことってあるんですか……」
「まぁいいのいいの、どうせ家にはストックが山ほどあるんだから」
あんまり聞きたくない事実であった。もう少し思い入れのあるものだと思っていたのに。
それはこちらの思い込みか。
「それで、コイツはどうしますか。捕まえてどこかに監禁しましょうか」
「えーー、めんどくさいからこのまま放っておこうよ。いいじゃん、一回勝てたんだし、また何かあっても大丈夫だよ」
どこまでも楽観的な人だ。一回勝てたから大丈夫なんて、あの人以外には言えない言葉だと思っていた。
まぁ衣隠さんなら、別の意味で大丈夫か。ただ問題は一兎の方であって、再び拉致監禁されないとも限らないのだ。そのあたりをきちんとしておかないと。
「心配性だなぁ、『倒した敵は味方になるの法則』を知らないの?」
どこのバトル漫画だ。
「それに、こいつが今回の敗北をどう乗り越えるのか、少し楽しみでもあるしね」
そう言った衣隠さんの顔は、一瞬だけ優しさに満ちていたような気がする。
あくまでも、気がするだけ。
その後からはいつもの通りに人を馬鹿にする笑顔に戻っていた。
「じゃあさじゃあさ、こうしよっか!」
イキイキとニヤニヤして、僕にその笑顔を向ける。
「そろそろ二人のところに戻りましょうよ」
「んー、そうね。病院に連れて行きたいし、お母さまを安心させてあげたいし」
一通り作業を終えてから、崩れ落ちた小屋を後にする。果たして一兎は僕たちの戦闘を見ていただろうか、それとも鳴鹿の方を看ているのかな。
「そういえば、ことくんのアレ、名前なんてったっけ」
「アレ、とは」
「ほらさっきも遣ってたでしょ、九鬼の力」
ああ、アレか。咄嗟に衣隠さんが僕の意図をくんでくれて助かった時のやつだ。
「えっと、鬼ト戯言、です」
「そーそー、何とも面倒なやつだよね」
本人の前でそれを言うかとも思ったけれど、実際はその通りだ。
九鬼家に代々伝えられる力はこの追跡の眼、通称『為力本眼』ともう一つ、鬼ト戯言である。一つ目は前に説明したように力の痕跡が見えるもの、そして二つ目は言ってみれば、僕の言葉を疑わせる力、である。言われた側はそれがどんなことであろうとも、不審がって、怪しむ。
僕が右と言えば左だと思い、上と言えば下だと感じて、飛べると言えば飛べないと考える。まぁそんな単純な話ではないのだが、概ねそんなとこだ。もちろん実際問題、完全に逆のことを思わせるなんて出来ないけれど大体はそうなる。電話や録音では効果が弱まるが、直接目を見て言えばこの力は存分に発揮されるだろう。
そのためにわざわざ天狗に向かって言い放ったのだ。僕の目が赤くなっているのを見て、衣隠さんも合わせてくれたのだろう。
頼りになります。
ちなみに衣隠さんは飛んだのではなく、ジャンプをしただけであった。やっぱりこの人だけバトル漫画のキャラなんじゃないだろうか。
「にしても、変な名前だよね。なに、ミラーって」
それは僕が考えたわけじゃなくて、家に伝わっているものだからどうしようもないですよ。ほんと何なんだろう。
そんな雑談をしながら木々の間を通り過ぎる。もう間もなく二人のいるところに着くだろう。元からそんなに離れているわけではなかったし。
そんな時、その声は思っていたよりもすぐ近くで聞こえた。
その悲鳴は。
「きゃあっ‼」
まぎれもない、一兎の悲鳴は。




