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天嵐の龍  作者: 誇張蘭
第一章 兎攫いの狗
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失墜落

鷹ハ爪隠(アイムリミット)

「…………なんだ?」

「だから、お前さんが気になっていたことを教えてやったのよ。十パーセントってやつ」

「衣隠さん、それは説明になってませんよ。ただ名前を言っただけです」

「え、あ、そう。……じゃあこと君に任せるねん。やっぱり私にはこういうの向かないからさー」

手をひらひらさせながら丸投げしてきた。あくまでも僕に解説キャラをさせるつもりか。

 でも確かに衣隠さんには向いていない。

 溜息を一つしてから、僕は言う。

「―――鷹ハ爪隠(アイムリミット)。衣隠さんの力さ。簡単に言えば、強制的に自分の力を制限する力、ってとこかな」

「制限、する力」

「つまるところ、十パーセントってのは、私の本来の力のうちの十分の一かな。あれ、計算合ってるよね」

 大学生がそこで迷わないでくださいよ。

 しかし厳密に言えば、実力を制限すると言うよりも限界値を下げるようなイメージだ。どんなに頑張っても、全力を出したとしても、そこまでにしかならない。既にそこが限界となっているのだから。

 そしてこの制限される力と言うのは、五行思爪のような特異なものに留まらず、身体能力にまで影響する。体力腕力脚力走力心肺機能に至るまで、全ての肉体的な力が下げられるのだ。

 これも五行思爪同様、鷹宮家に代々受け継がれるものであり、そして最も重要な力。

「あ、衣隠さん。小屋の中にいたときってもっと低かったですよね」

「うーん、どうだったかしら。いいとこ四、五かなぁ」

「――聞こえた?」

 全開の二十分の一にも満たない力で、あれほどまでに場を支配されていたという事実を、天狗はどう捉えたのか。

 僕だったら泣いてるね。

 そこから少しの間、誰も言葉を発しなかった。そしてその空気の中、ゆっくりと地面へと足をつけて、絞り出したような声で天狗が質問をする。

「何故……そんな力を使う。やろうと思えばすぐにでも終わらせることはできただろう」

「え、だってそんなの面白くないじゃん」

 即答ですか。

 それはまぁ彼女の本心ではあるのだろうけれど、現実はもっと厳しいものだ。

 この鷹ハ爪隠は常時発動されている、寝ていようが起きていようが関係なしに。本人の意思で上限を変動させることは出来るけれど、能力自体を使わないということは出来ない。

 そして自身が意識しないうちは、上限を最低ライン、三パーセント以下になっているらしい。それが鷹宮家に定められた誓約であり、変えることのできない制約であった。

 その理由は、ひとえに、鷹宮家の人間がとてつもなく強いからである。

 どう強いとか、何が強いとかではない。

 ただ――――強い。

 どうしようもなく。

 強いという言葉すらも弱く思えるほどに強い。

 だからこそ、無理やりにでも力を抑え込まなければあっという間に町が、世界が壊れてしまうのだ。鷹はその爪を隠さなければ掴んだもの全てを破壊してしまう。

 そして、全力を出すには、百パーセントの力を発揮するには、それなりの代償が必要となることも言っておかなければ。この代償ということに関しては、衣隠さんに限らず龍の末裔全員に対して求められることであるのだが。

 力を使うことに対する対価は、当然支払わなければならないということ。身体で。

 すなわち、寿命。

 能力による個人差はあれど、力を使えば寿命は削れる。

 それは、龍の身体の一部による力(僕の『眼』や衣隠さんの『爪、五行思爪』)も、九似の各動物による力(一兎の『脱兎ノ如』や衣隠さんの『鷹ハ爪隠』)も、どちらにも当てはまることである。

 もしも衣隠さんが百パーセントの力を出したとしたら、どのくらい命を遣うのかはわからないけれど、確実に言えることは、おばあちゃんになるまで生きられることはないということ。ただその上限によって削れる度合いは変わるらしく、一桁におさめているならばそこまで影響はない、と彼女は言っているが。

 ただ、僕たちは他の人より長くは生きられない。これはもう決まっている。

 それも仕方のないことと言えばそれまでなのだけれど。かつて龍だったとはいえ今は人の形をしている。人間であるかどうかは知らないが、構造としては人間だろう。

 そんなものの中に常識外の力が入っているのだから、無理が生じても当然である。そうして命の火はどんどん小さくなっていく。そのため、僕たちは大抵若くしてその力を受け継いでいる。何故なら、僕たちの親も同様に、その命を削って生きていたのだから。

 これらの力というのは基本的に親から子へと継がれる。親が死ねば子へ、子がいないものは兄弟へ、そうやって途絶えることなく現代まで保たれているのだ。かつて伝説の龍が守ったこの町のために。今守るべき子のために。

 と、こんな話は今はいいか。少し余計なことを話してしまった。

 今は衣隠さんのこと。

 じゃなかった、天狗のことか。

 僕が必要のないことまでつらつらと語っている間、天狗は何も喋らなかった。顔を伏せて、目を合わせることもない。

 しかしよく見るとそのたくましい身体を震わせていた。肩を小刻みに揺らして、こちらの声が届いていたかも怪しい感じである。一体どうしたんだ。大丈夫ですか。

「…え……ないっ」

「はい?」

 何か言ったようだが、こちらには聞こえない。衣隠さんが耳に手を当てて聞き返そうとしている。でもそれなんか腹立つのでやめた方がいいと思いますよ。口元ニヤニヤしてるし。

 自分のことを語られたのがそんなに嬉しかったのか。不用意に強い強い言いすぎたな、これは調子に乗っちゃうぞ……。

「そん……と――あり……い」

「聞こえねーっつってんでしょーが。もっと腹から声だせや」

「――――っありえない‼ 在り得ない有り得ないありえないアイエナイアリエナイ‼ そんな、こんなことあってはならない。俺が負けるわけ、ない考えられない思いつかない感じられない想像もつかない――――あり、え、ない」

 その爆発は突然だった。

 身体を前後に激しく揺らして、髪の毛をかきむしり、誰に向けて言っているかもわからない言葉を喚き散らしている。

「……はぁ、脆いなぁ」

目の前で起きている奇行なぞ意に介さず、どころか意識すらしていないような態度で、衣隠さんが言う。さっきの笑顔はどこかに消えていて、呆れ顔が浮かんでいる。

 正直僕は唖然としていた。絶句とはこのことか。まさか身をもって体験する日が来るとは思ってもいなかった。

 初めて会った時から、登場時から彼は自信に満ち満ちていて、それを裏付けする実力も備えていた。赤い目にはその自信が映っていて、真正面から向かい合わずとも、それを見るだけで、それに見られるだけで竦んでしまうほどだった。

 しかしそれも彼女に言わせれば。

「薄い」

 の一言で片づけられるものだった。

 その強さは薄い、と。

 そして続けて語りだす。

「お前は確かに、それなりにすごい奴なんだろう。私は別として、この子たちをここまで完封したのは実はかなりのことだぜ。小さいころから結構もてはやされてきたんじゃないのか? 振る舞いとか言動とかでなんとなくわかっちゃうよ、私クラスになるとね。――でも、お前はそれだけだ。何でも出来てしまったお前は、挫折を、敗北を知らない。突然現れたどうしようもない相手に対する乗り越え方を――――知らない」

 だから、薄い。

 自分の思い通りに事が運ばないと、途端に崩れ落ちてしまう。破綻してしまう。

 破れて、綻ぶ。

 天狗の動きがピタッと止まった。声を出すこともやめてしまった。

「生きる上で、挫折とか、敗北とか、落胆とか、ライバルとか、間違いとか、失敗とか、失態とか、過ちとか、躓きとか、そういったことって、全部全部必要なんだぜ。そして、その壁にぶち当たった時、当たって砕けたとき、落ち込んで腐って死にたくなった時、その時どうするかでそいつは決まるんだ」

「……るさい」

「自分一人で立ち向かうもよし、誰かに助けを求めるもよし、泣いて泣いて逃げて逃げてそれでも心が折れなきゃいいんだ」

「黙れ」

「辛かろうが苦しかろうが、前見たヤツが勝ちだ」

「黙れよ、うるせぇよ」

「今のお前みたいに下向いて、目ぇつぶって、耳塞いで、そんな奴は一生落ちてろ、その先は―――底なしだぜ」

「だまれぇぇぇ‼」

 その叫びと共に、天狗は顔を上げた。

 前を見た。

 衣隠さんはそれ以上なにも言わずに、ただ笑った。

 再び風の刃が僕たちを襲う。



 そろそろ僕もいいとこ見せなきゃな。このまま衣隠さんに好き勝手やられるのは悔しくて仕方がない。

 その悔しさも、きっと必要なことなのだろうけれど。

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