反攻準備
「しかし相変わらずすごいスピードだよな、一兎のそれは。くるとわかっていたはずなのに気ぃ失っちまった」
「弱いわねぇ、そんなんだから彼女ができないのよ。私なんかほら、ぴんぴんしてる」
「僕の身体的な弱さと、彼女がいないことには何の因果関係もありません。それに衣隠さんと一緒にしないでください、僕は普通の男の子なんで」
「ははっ、そんな生まれのくせに普通なんてよく言えたものね。ここに普通の子なんていないわよん」
窮地を脱したおかげなのか、口数も増えてきた。心に余裕ができている証拠か。
それが油断にならなければいいのだが。
余裕が油断に。
自信が過信に。
その差はごく僅かなもので、こうしている今もそれがどちらなのかは自信を持って言うことはできない。
過信を持って言うことならいくらでもできるのだが。
それは破滅への道か。
ぼんやりとそんなことを考えてしまっているが、今はまだ戦闘中だった。このまま山を下ることも可能ではあるけれど、それは根本的な解決には至らないだろう。
あの天狗をどうにかしないことには、再びこのような事件が起こらないとも限らないのだ。
さて、とは言ったものの、現状はこちら側が有利であることに変わりない。いくら油断だ過信だ言ったところでこの事実は誰が見ても明らかなはず。
ここまで来ておいて頼りっぱなしになるのはそれこそ情けないけれど、衣隠さんがいることが何よりの勝算である。
あとはまぁ、人間的に少しはまともになってくれたらなんて思ったりもするが。あくびとかしてるし。
「なぁにこと君。おねえさんに見とれちゃって。言っておくけれど、私を彼女にしようってんなら諦めなさいな。そんなに簡単には攻略できないよ。んー……言うなればランクSってとこかしら」
「告白してもないのにフラれることってあるんですね。そんなのフィクションの中だけだと思ってました」
「事実は小説より鬼なりって言うでしょ」
「何ですかそれは、世の中鬼だらけなんですか」
嫌な世界だ。
鬼の名を冠する僕が言うことでもないけれど。
「ちなみにランクSのSは、訴訟のSね」
「…………」
「…………」
「今その理由を聞きますから、そんな急かすような目で見ないでください。まったく……どういう意味ですかそれは」
「手を出したら裁判沙汰になるレベルってこと!」
鬼だらけの世界には神も仏もいないらしい。
というかそれでいいのか、難易度的にはマックスなんだろうけれど永遠に相手にされないぞ。
「ちなみにちなみにランクSの椅子には私しか座っていません。私最高、みんな崇めろ」
「なぁ一兎、鳴鹿のやつはどうするか。起こしておいた方が動きやすいよな」
「うーん、そうですね。でも無理に起こしちゃうのってどうなんでしょう。やられたのって頭ですし、安静にしておいた方が」
「わーーー‼ ごめんごめん調子に乗ってました。だから無視とかやめて‼ おねえさん寂しいのは嫌いです」
自分に正直な人だ。
ノッてくれた一兎に感謝。
「じゃなくて、そろそろ動いた方が良いんじゃないですか? 相手さんも不審に思う頃かもしれないですし。僕たちならまだしも、衣隠さんがあれくらいでやられるとは考えていないでしょう」
「あら、えらく評価してくれているのね。いつもそのくらい素直になれば可愛いのに。うりうり」
髪の毛をわしゃわしゃされた。このテンションの衣隠さんには何を言っても無駄なのでされるがままだ、首がぐわんぐわんなっているけれど。
「んでも確かにこのまま隠れているわけにもいかないよねぇ」
このまま喋るのか。頭がもげそうなんですが。
「どうしよっか、ここからあたしがここからぶっ飛ばしてもいいんだけど。それはなんかなぁ…………卑怯じゃね? ああいうやつって正面からボコボコにしたいよね、二度と歯向かう気力も起きないくらいに心身ともに焼け野原にしたいよね」
「そこまでは思わないし、ここからでもいいと思いますけど、でも衣隠さんの判断に従います。ボコボコにできるのも焼け野原に出来るのもあなたくらいなんで」
「あたしは二人の意見に任せます。どうせあたしの力は逃げる時くらいにしか使えないので……あ、それと菊秋さんは看てますから、存分にやってください!」
「ふむ。よーし、じゃまずはきくちゃんをここから少し離して、如月ちゃんはそこで待機。私とこと君は別方向から突撃ね」
「突撃って、僕はあんまりそういったことには役立たないのですが。あとそろそろ手をどけてください、三半規管が崩壊します」
「お、役不足とでも言うつもり? なかなかやる気があるじゃない」
「役不足というならば、誤用の意味の方でとらえてくださいよ。で、聞いてますか。そろそろ吐きますよ」
「ごちゃごちゃ言っちゃってまぁ。実際のところどうなのよ、可愛い年下の女の子ちゃんと可愛い幼馴染ちゃんをこんな目に合わせた奴に、このままやられっぱなしでいいと思ってんの? ん?」
そう言い放って、やっと僕の頭から手を離した。と思いきや、そのまま上から強くつかんで無理やり自分の顔の方へ向ける。
正面から衣隠さんの目を見て(見させられて)仕方なしに声を出す。
そんなふうに言われてしまったら、僕だって本音で応えるしかないじゃないか。さきに冷静さを失ってしまった手前、あまりあつくなるのは控えようと思っていたのに。
まったく、全部お見通しですか。
「――そんなこと、思ってるわけないじゃないですか。鬼を怒らせたらどうなるか、あのヤロウに教えてあげます」
「ん、よく言った。それが言えるんなら上出来だ。あとはこの先輩様に任せておきな。かっこよすぎて惚れんなよ? やけどしちゃっても責任はとれないぜ」
「衣隠さんに惚れたら、やけどじゃ済みませんよ。あと大人なら責任は取ってください」
「もーー、そうやって最後に余計な事言うの良くないよ。蛇足厳禁」
土足厳禁みたいだ。
「あの、お二人とも……そろそろ動いた方が」
バカ大学生二人の会話に土足で、ではなく行儀よく上がり込んできた中学生に制されて、ようやく行動を開始することになった。
ひとまず、鳴鹿を小屋があった位置から少し下ったところへ移動させることにした。どうやってと言われれば当然背負うことになるのだが。僕が。
「ひゅーひゅー、ほらもっとしっかり背負わないと落ちちゃうよん‼ あ、でも変なところ触っちゃやーよ」
「ちょ、静かにしてくださいよ。一応僕らは隠れているんですから。あと煽り方がオジサンぽいのでやめた方が良いと思います」
「きゃー、照れてる照れてる。かっわいーなぁ、次はデレるのかな、テレデレという新ジャンルを開拓するのかな」
もっかい無視してやろうか。
と言うか、テレもデレの一種じゃないのか? 違うのか? そうしたらデレデレになってしまいけれど。
当然却下である。
一兎を見ろ、苦笑いしかしていないじゃないか。
いつまでも隣で騒ぐ野次鷹をよそに、足元に気を付けながら山を下る。いくら女の子とは言え、成人間近の人間一人が軽いわけないので、注意して歩かないと転げ落ちることになりそうだ。
受験生でなくとも、転ぶだ落ちるだのそういった単語には関わりたくないものである。こんなところから落ちてしまったら、骨折くらいはするだろうし。
少し進むと、丁度いい感じのスペースに草木が生えているところを見つけたので、ゆっくりと鳴鹿をおろして木にもたれかけさせる。ここからなら小屋があった場所も覗くことができるので、もしも僕たちに何かあったならば一兎もすぐに対応ができるだろう。
「如月ちゃん、一人で大丈夫? やっぱりこと君はおいていこうか」
「いえ、心配しないでください。言葉さんにはあたしたちの借りを返してきてほしいので!」
「だってさ」
「……うん、任せておいてくれ」
こちらを見上げる一兎に笑顔で応えてから、次に鳴鹿を見やる。声には出さずに少し言葉を送ってから、最後に衣隠さんの顔を見た。
彼女はいつものように笑っていて、それが何よりも僕の心を落ち着かせる。
「準備はいいかな?」
「いつでも、行けます」
――反撃開始だ。
「いや、私は負けてないからね」
「少しくらい黙っててください」




