空気制圧
衣隠さんが名乗りを上げてから少しの静寂。
そして。
「私は龍の末裔が一人、鷹宮家次女。鷹宮衣隠。そして今からお前の鼻を、へし折る女さ」
宣言通り、一度では終わらなかった。
「衣隠さん、なんで二回言ったんですか」
「え、だって、誰も反応してくれないんだもん」
「そんなリアクション欲しさに繰り返さなくても」
せっかくかっこよくキメたところなのに、どこまでもシリアスになりきれない人だ。
「おいそこの悪役天狗、主役のおねえさんが二回も名乗ったのに無反応とはどういうことだ。何か言いなさいよ。ほれほれ」
誰が主役だ。あんたが主役ならあっけなくやられた僕は何なんだ。引き立て役か。
しかしそれにしても、あんなにうるさかった天狗が突然静かになったな。何を考えている。衣隠さんの名前を聞いて、何を思った。
「……フフフ、フハハハハハ! そうか、貴様が鷹宮家の者か」
「怒鳴ったり黙ったり笑ったり、忙しい人だね」
突然笑い出した天狗を見て、僕にこそっと話しかけてきた。
「まさかそんな大物が釣れるとはな、兎を餌にした甲斐があったか」
「……えさ?」
「やっと面白くなってきた。そこに寝転んでいる鹿も、無様に敗北した鬼も、雑魚同然だったからな」
「……ざこ」
天狗は、一人ひとり指しながらそう言ってきた。
「先ほどの技は貴様がやったものだろう。あれは何なのだ、もっと見せてみろ」
明らかにテンションがハイになっているようで、口数も増え、身振り手振りも大きくなっている。
逆に衣隠さんは、天狗の一言ごとに静かになっていった。
「どうした、何を躊躇っている。安心しろ、貴様を殺した後はこの場にいない者も含めて、龍の末裔全員を同じところへ行かせてやるから」
「……そうかいそうかい。じゃあまずは、お前から逝けよ」
そう言うと、衣隠さんの左手が、左手の中指が燃え上がった。そしてさきに天狗がしたように、相手に向かってそれを指さす。
「『五行思爪』南の爪・炎駒――――とか言ってみて」
軽くウインクをした後、指の炎は一瞬大きくなったかと思うと天狗に向かって打ち出された。
握りこぶしほどの大きさの炎が一直線に進む。天狗の顔が炎に照らされて赤く色づく。
「はっ‼」
しかし、放たれた炎は腕の一振りで消されてしまった。
先ほど僕と天狗の間に割って入ったあの爆発的な炎と比べると、とても小さいものだったのだが。当然彼女はこんなものじゃない。
「これが鷹宮家に受け継がれるものか。なるほど、なかなかに面白い。五行思爪、とか言っていたな。ならば残り四つほどあるのだろう。それら全てをみせて見ろ、そのうえで貴様を殺してくれる」
「よくあんなボソッと言っただけのことを聞き取れるわね。耳が良いのか、それとも……ま、どっちでも変わんないか、どうせお前はすぐに負けるんだから」
「大口を叩くなよ、殺されるにしても恥はかきたくないだろう」
「恥をかく度胸もない奴が、この世知辛い世の中で生きていけるとは思わないね。そんな奴は生きていないよ、ただ死んでないだけ」
そこで、僕の方をチラッと見て笑う。
「ここに座っているオトコノコも、さっきお前に負けたみたいだね、なんとなくわかるよ。それは確かに恥かもしれない。見るからに力の差がある相手に挑んでおいて、一矢を報いることもできず、挙句、横から女の人に助けられるなんて。――――くっくっ……あははは‼」
そこまで言ってから、もう我慢ができないというふうに笑い出してしまった。敵対している者の目の前で腹を抱えている。隙があるどころの話ではない、隙だらけという言葉では補えないほどの振る舞い。
さすがの天狗も、黙ってしまった。
何だこの人、大丈夫か。
と思っていたらそのまま口に出していた。
「何だこの人、大丈夫か…………じゃなくて、どうしたんですか衣隠さん」
「うん、私は大丈夫。でも改めてこと君のことを振り返ってみると、ふふ……面白くて、ごめんね、ふ、ふふふ。ちょっと、こと君情けなさすぎるよね」
下衆だった。
下衆ここに極まれり。
ちょっとカッコイイと思っていた僕の気持ちを返してくれ。リボンを付けて。
「こ、言葉さんは情けなくなんかないですよ! あたしのこと助けてくれましたもん」
「あらあら、如月ちゃん。こと君を庇ってあげるだなんて優しい子ね。でも、年下の女の子に庇われたおかげで、彼の評価は更に下がりましたとさ、めでたしめでたし」
「あっ……」
一兎が申し訳なさそうにこちらを見てくる。
彼女にしてみれば、当然純度百パーセントの優しさで言ってくれたことなのだろうが、いじわるというか性格の悪い先輩のせいでまるで悪いことをしてしまったかのように感じたのだろう。
「いや、ありがとう一兎。今この場でそんなふうに言ってくれるのはお前だけだ」
仮に鳴鹿が起きていたとしても、僕を守ってくれるとは思わない。
思えない。
「悪いのは何もかもあのおねえさんだ、気にするな。今、日本がいろいろな問題と借金を抱えていることもおねえさんが悪い」
「む、言うようになったじゃない。ま、それくらい口が回るのならもう安心ね。あとはこの頼れる先輩に任せなさいな、日本どころかこの地球の問題だって解決してあげるわよ――っと」
言い終えるぎりぎりのところで、上体を後ろにそらす。ふわりと舞った前髪が見えない刃に切られて、少し宙を漂った。
何が起こったかは明白であり、その犯人の方を窺う。
「もういいか、そんなくだらないやりとりに付き合っている暇はないんだ。早く次の獲物を狩りに行かないとな。仲良くお話がしたいのならば、あの世でやってくれ」
「あんたもデリカシーがないというか、ヒーローの変身中に攻撃しちゃうようなタイプよね。確かにチャンスではあるけれど、そこは暗黙の了解でしょうに」
「ふん」
天狗は衣隠さんの言葉には耳を貸さず、ただ見えない刃を次々に投げつける。これ以上会話をするつもりはないと言った感じだ。
両の手から繰り出される刃。
見えない刀。
つまり『風』である。
天狗と聞かされた時点である程度の想像はしていたが、見事に予想通りだった。風を操る天狗は、自在に空を飛び、刃を生み出す。
地球上にありふれてあふれている空気。その流れを司る力。その威力は実に脅威だし、なにより目に見えないという点が厄介である。
刃の向かう先は、天狗の手の動きでなんとなくはつかめるけれど、その大きさと速度は知りようがない。小指ほどの大きさのものもあれば、そのまま腕の大きさのものが飛んでくることもある。
普通に戦えばあっという間に切り刻まれて、その肢体を床に落とすだろう。
そう、普通に戦えば。
普通の人なら。
しかし。
「ん~、すずしいねぇ」
ここに立つは、普通でもなければ人でもなかった。
見えない刀の一切を受け付けない。
何一つ当たらない。
先ほどから既に何十という刃を繰り出されているものの、それら全てを避けている。
避けているということは、見えている。
この場合の見えているというのは、刃の姿かたちがくっきりはっきり見えているのではなく、認識して捉えている。感じ取れている。
そして風の速度を上回っている。
防御をするでもなく、身体を上下左右に振るだけでそれをかわしているのだ。
否、たとえ人外であろうとも、生物が風を上回ることは不可能に近いだろう。
しかしその風を操っているのは、これも生物なのだ。結局何を使おうとも生物対生物である以上、そこには意思が介在する。
ならば読める。思考を読める。
洞察力と呼ばれるものだろうか。
それを如実に表していることがあった。
今、小屋内部の状況はと言えば。
入り口に天狗。
そこから少し離れて衣隠さん。
その後ろに座っている僕と、気絶中の鳴鹿。
更に後方、鉄製のポールの下に一兎。
そして、その天狗から刃が飛んでいる。それは衣隠さんを通り抜けて小屋の壁に当たっていた。
しかしこんなにも多くの刃が飛べば、そのうちの一つくらいは他の誰かに当たってもおかしくないはず。なのに衣隠さんのほぼ直線状に位置している一兎にもかすることすらない。
その理由はわかっていた。
衣隠さんがコントロールしているんだ。
刃の向かう先を。
わざと隙を見せてそこに刃を飛ばせる。
来ることがわかっているものなら避けることはたやすい。
天狗にしてみれば、そこに隙があるのだから狙い撃つしかない。避けられるとわかっていても撃ってしまう。能力があるからこそ、力を持つものだからこそその隙を見逃すことはできなかった。反射的に身体が動いてしまう。
仮に天狗が他の者を狙おうとすると、衣隠さんは更に大きな隙を作る。時に牽制として小さい炎を飛ばす。
結果、一方的に受け手にまわっているにも関わらず、この場の空気は完全に衣隠さんが支配していた。
風を操る天狗。
その天狗を操る鷹。
格付けは、済んだ。




