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天嵐の龍  作者: 誇張蘭
第一章 兎攫いの狗
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力量差

 身長はそこまで高くないようだ。むしろ一般的な男性から考えたら低い方である。

 逆に、男にしては長すぎる黒髪を、後ろでひとくくりにしている。顔の彫りは深く、俳優にでもいそうな感じだ。だが、それにしては身長が低いのでどこかアンバランスな気もする。

 この時期には寒いであろう、迷彩柄の短パンと半袖のシャツ。しかしそこから覗ける腕は、太くたくましく、常日頃から鍛えているのが一目でわかった。

 だが、何よりも目を引くのはその瞳。

 顔立ちはそれでも日本人のようであるのだが、その目だけはどこか外国人を思わせる。どころか、ファンタジーっぽくすらある。

 炎のような真っ赤な目。

 こちらを射抜かんとするその視線は、それだけで僕の身体を震わせる。

 その震えを抑えて、平静を保ち、相手の目から視線を外さずに言葉を返す。

「それは悪かったな。もう一人の仲間がこの山を怖がってね」

 天狗はそのセリフに少し眉を動かして、考えるようなしぐさをする。

 すると、後ろにいる一兎から背中をつつかれた。天狗からも意識を外さないように気を付けながら視線を送る。

 彼女は不安そうな目をしてこちらを見上げていた。

 何で素直にもう一人の仲間のことを言ってしまうの、とでも言いたげな顔だ。

 それに対して、精一杯の笑顔を返し、頭に手を置いてなだめる。

「なるほど、ね」

 小さく呟いた相手に向き直り、続けて問う。

「どうして一兎を攫った。目的は何だ」

言葉にありったけの覇気を乗せてぶつける。

「……そういうことを軽々しく教えるとでも思っているのかい。その質問に対してこの俺が律儀に応えるとでも?」

その覇気を軽々しく受け止めて、より重いものを乗せて返してきた。

「まさかそんなはずはないよな。せいぜい時間稼ぎが狙いといったところだろう。たった一人で来ておいて、誰を待っているのかは知らないけどな」

 そう言って一歩、こちらへ踏み出す。

 さっきの奴のセリフからすれば、少しはこちらの術中に嵌ってくれているのだろうか。

 あとは、どのタイミングで鳴鹿が来るか。正直一兎を守りながら応戦するのは、あまりにも危険だ。

 彼女の力に頼るのがベストだろう。

「もう少しおしゃべりしていようぜ、僕の仲間が駆けつけてくれるまでさ」

相手が足を踏み出すのと同時に、一兎を背中に隠して後ずさりする。

 しかし、彼女は手錠で繋がれているため、あまり移動はできないし、そもそも小屋自体がそんなに大きいわけではないのだ。

 もう一歩、近づいてきた。

 口の中が渇く。

 自分の心臓の音が聞こえる。

 だんだんと鼓動が早くなっていくのを容易に感じ取れた。

 いつまでもこんな状況が続くわけがないだろう。天狗の奴は完全にこちらを舐めているようで、口元に小さな笑みを作っていた。

 小さい深呼吸を数回して心を落ち着かせて、一兎を鉄のポールの後ろ側にまわす。チラッと彼女の目を見てから、覚悟を決める。

 これでも龍の末裔の一人だ。ある程度の武芸の心得は持っている。

 鉄の棒を両手で握り、身体の正面に構える。

 その行動を見てか、天狗の空気も少し変わった。傍観者のようなものから一変、殺人鬼のそれだ。僕がただの素人ではないと分かったのだろうか。

 その変化に少し気圧されるも、顔に出すようなまねはしない。

 僕は、今ここで奴を倒すことは考えていない。注意をこちらに引き付けて、鳴鹿が来るのを待つ。

 それと、外に出すことも許してはいけない。その気になればこんな小屋は壊されてしまうだろうが、いきなりそんなことはすまい。

 空を飛べる天狗も、この小屋の中では自由に行動できないだろう。

 牽制をしつつ、一兎には手を出させないで、時間をかせぐ。それだけだ。

 僕がここに入ってから、もう十分くらいは経っている。そろそろ打ち合わせの通りに鳴鹿が来るはずだ。

 天狗がこうやって何も仕掛けてこないのは、僕にとっては好都合である。扉に背を向けているから、入ってくる鳴鹿には対応が遅れるだろう。

 布石も一つ、打ってある。

 今はこの膠着状態を維持するのみ。

 そう考えていた。


 しかしそれはすぐに破られた。

 

 破ってしまった。

 次の一歩を踏み出した天狗であったが、その一歩はあまりにも大きく、強いものだった。奴がまとっていた空気もさらに変化して、より凶暴なものとなっていたのだ。

 その一歩に思わず、何の考えもなく、こちらも前に踏み出してしまった。

 何かしなきゃやられると本能が感じた。

 しまった、と思う暇もなく無様に足を上げた姿勢のところへ、瞬間的に天狗がこちらに詰め寄ってくる。

 カウンターの要領で眼前に迫られて、やっと床に足がついた。

 とっさの出来事に身体が固まる。

 目の前にはあの赤い目。

 後ろで一兎が息を呑むのがわかった。

 ここからの行動はただの偶然である。

 視界の右端の方で何かが動くのを見た。いや、見たというほど鮮明には映っていない。ただ、その何かに恐怖を感じ、身をかがめる。このとき、鉄の棒で防御をしようなんて考えなくてよかったと本当に思う。

 なぜなら結果的に、一兎を繋いでいた鉄製のポールが、僕の顔の高さあたりでスパッと斜めに切れていたからだ。

 そのままポールは滑り落ちて、その断面を晒す。僕より頭一つ小さい一兎の、短い髪の毛をかすめて、その後ろにある小屋の壁にも切れ目がついていた。

 それだけで力量の差が歴然となった。

 戦闘能力が違い過ぎる。

 ワンテンポ遅れて、一兎が床にへたり込んでしまった。

 慌てて視線を戻して天狗の方を見やる。

 しかし正面の扉を見てもそこに敵の姿はなかった。純粋な恐怖が身体を支配する中、首筋に手が当てられていることに気が付く。

「言葉さん……」

後ろを取られていた。

「く……っそ」

こんなにもあっけなく終わるとは思っていなかった。天狗の長い爪が首筋に食い込むのがわかる。

 なんとかこの状況を変えられないかと必死に頭を回転させて、言葉を発しようとしたその時、スっと手が離れた。

 どういうつもりだ、と後ろを振り返ったが、

「情けない、情けない」

声は前から聞こえた。

「つまらないことこの上ない、もう少し楽しませてくれるものだと思っていたんだがな」

 心底呆れているような声音。

「貴様、言葉とか呼ばれていたな。ということは――九鬼家の者か」

 先ほど一兎がボソッと言っただけの名前を聞いて、それで家名までわかるのか。驚きはしたが、それでもそれを顔には出さない。そうでなくとも、既に顔は青ざめているだろう。

「ふん。何が龍の末裔だ。とんだ名ばかりの集団だな。兎然り、鬼然り――」

 そこで一度区切る。

 続けられた言葉には、さすがに動揺を隠すことはできなかった。

「鹿然り」

 つい表情に驚きと、そして後悔が表れてしまった。

 鹿の名前を出したのは、過去に何か因縁があったからかもしれないし、鳴鹿のことを言っているとも限らなかった。しかし、僕の反応を見て天狗は確信したようだ。

「やはりあの女は貴様のお仲間だったのか。ご丁寧に無防備な姿を晒していたので、少し手を加えさせてもらった」

 すると天狗は扉の方に振り返り、そのまま出ていこうとする。

 無防備な姿を晒しているのはどちらだと言いたくなるが、先ほど見せられた、いや見ることのできなかった相手との力の差に、身体が動くことを拒否している。

 扉が開かれ、天狗の姿が消えた途端に、身体の硬直も消えてようやく動くことができた。

 本当に、あいつの言う通り、なんと情けないことか。それでも、後を追わなければ。天狗のセリフからすると、確実に鳴鹿は何かをされている。僕の甘すぎる作戦のせいで。

 この場に一兎を置いておくことに不安はあるけれど、と彼女の方を向くと、兎の少女はまだ座り込んだままであった。

 ふとあることに気が付いて、彼女の元へ駆け寄る。

「一兎、大丈夫か。……おい」

何度か呼びかけ、頬を軽く叩くと、意識が覚醒したようだ。

「あ、え、っと。言葉さん?」

「立てるか?」

そう言いながら、手を差し伸べる。少し震える手でそれを握り返してきたので、グッと身体を引っ張り上げる。

「あの……」

一兎は何か言いたげだったが、それを手で制してすぐに行動に移る。

 気づいたこと、それは彼女を拘束していた鉄のポールである。天狗の攻撃によって分断されたそれは、だいぶ低くなっていたのだ。

 それならば。

「よっと」

左手を持ち上げて、手錠をスライドさせる。それだけで彼女の拘束は解かれた。

「あ、ありがとうございます」

自由になれたことへの安堵と、天狗への恐怖が入り混じったような声だ。まだ不安は解消されていない。

 このまま彼女を連れて天狗を追いかけていいものか、と考えようとした時。何かを引きずるような音が扉の方から聞こえてきた。

「なんだ、兎の首輪は取られてしまったのか」

そのことをさほど気にしていないのか、あまりにも軽い言い方だ。

 戻ってきた天狗を見やる。

 何故戻ってきたのかと疑問が浮かぶが、それはすぐにかき消えた。

 入り口にいたのは天狗一人ではなかったのである。

 隣にいたのは果たして、鳴鹿菊秋だった。

 無残にもその綺麗な顔を青い痣と赤い血で染め上げられ、襟首をつかまれて引きずられている。

 僕が昔にあげた、彼女がいつもつけていたヘアピンは

 どこにも見当たらなかった。


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