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天嵐の龍  作者: 誇張蘭
第一章 兎攫いの狗
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山中模索

 感情の無い瞳がこちらを見つめ続ける。

 いつの間にか頬の痛みを感じなくなっていた。

 この人は今、本当にただなんとなくあたしを生かしているだけなんだ。それを知ってしまった。そう言い切られた。

 そしてさらに、さっきの言葉はあたしを怖がらせるために言ったわけでもないということも伝わってきた。

 頬につけた傷は、それだけの力があるのだと見せつけるため。殺せるという言葉は、脅しでも何でもないただの本音。

 さっきは誰かの目の前で殺すと言っていたが、それもいつ気が変わるかわからない。

 今この瞬間にも首がはねられるかも。

 そうでなくとも、このまま助けが来なかったら……?

 カチカチカチ、という音が聞こえる。何をしているんだろう。何をされるんだろう。

 音の出所を探した。

 答えは自分の口の中だった。


「ふん」

再び目の前の少女に対する興味を失い、考え事をする。俺の予想が正しければ、そろそろ山の中にいてもおかしくはないだろう。

 誰だったか、いや、どこだったか、どれかの一族が索敵の能力を持っていたはずである。精度がどれほどかはさすがにわからないが、ある程度の目星はつけていてくれるだろう。

 そんなことも出来ない輩がこの町の守護者だと思うと吐き気がする。

 反吐が出る。


 場所は変わり、大学近くのマンションの一室。

 急いで服を着替える。軽くて動きやすくてものが良いよね。

 昨日はお酒を飲まなくて本当によかった。もしもいつものように朝までガバガバと飲んでいたら、未だアルコールは抜けず車も運転できなかっただろうし。

 多少散らかった部屋から、最低限のものだけを拾い集めて家を飛び出す。階段を駆け下りて駐車場まで走ったところで、玄関のカギをかけ忘れたことを思いだした。が、今は戻っている時間も惜しいくらいだ。

 運転席に座り、シートベルトを締めながら電話をかける。

 ワンコール、ツーコール――出ないか。

 軽く舌打ちをしてから、スマホの画面を変える。町の地図が表示されている中のある地点で、黄色い点がピコンピコンと光っていた。

 その位置を確認してからエンジンをかけて走り出す。

 駐車場を右折し、細い路地を通って大通りへと出た。

 クラッチを踏み、左手でギアを変え、思い切りアクセルを踏み込む。あっという間に車は加速していく。平日の昼間だからだろうか、いつもよりは周りを走る車の姿が少ない。

 それを見て、さらに速度を上げていく。

 おまわりさんごめんなさい。

 これも人助けのためだから。

 心の中で軽い謝罪と言い訳を述べてから、既に黄色くなっている信号を猛スピードで通過した。

「待ってて、如月ちゃん。今すぐおねえさんが助けに行ってあげようじゃないのっ」

 熱くなる手を鎮めながら走り続ける。

「こと君ときくちゃんは一緒かな? 他の人は簡単には駆けつけられないだろうし、やっぱりここは頼れる先輩の出番だよね」

 この状況にも関わらず歯を見せて笑う女性がそこにはいた。

 龍の末裔の一人。

 十家の一つ、鷹の名を冠する鷹宮家が次女。

 鷹宮衣隠たかみやいおである。


 凸凹とした山道を、片手に鉄の棒、片手に女子大学生という構図で登る。

 山を登り始めてどれくらい経ったかな。もう既に半分くらいには来ているだろう。元々、それほど高い山ではないのだ。それに登頂するのが目的ではない。

 目的地は別にあるし、目的だって別物だ。それにおおよその位置も掴んではいる。だが、思っていたようには進めていない。

「そろそろ離れてくれないか。歩きづらくて仕方がない」

このお願いもはたして何度目か。

「うるさいわね、しつこい男は嫌われるわよ」

文字にしたら、ただただ辛辣なだけなのだが、その声が若干震えているので、ただの強がりのようにしか聞こえない。というか実際そうなのだろう。

 山への入り口からずっとこの調子で、何を言っても怖がっていることは認めようとしない。

 本人だって自分が怖がっていることはわかっているだろうに。

 そしてそれを、僕がわかっていることもわかっているだろうに。

 言葉にすることだけは必至に拒んでいる。

 小さい溜息を(これも既に何度かやっている)ついて前に向き直った。そこで、前を向いたまま話を変える。

「いつまでそうしているつもりかは知らないけど、そろそろ気ぃ引き締めろよ。もうすぐだぞ」

その発言を聞いて、鳴鹿の身体がビクンッと震えた。腕にその感覚が伝わる。

「そう……。わかったわ」

先ほどの僕とは違い、深く長い溜息をつく。

 実は、もう天狗のいる場所の近くには来ていた。本当に奴がそこにいるのかはわからないが、それでも力の痕跡がそこで途絶えているのを確認している。

 背の高い木に紛れて、赤い線が、ある一点に突き立っているのが見えている。天狗が空から降り立った場所がそこなのだろう。そこから徒歩で移動したのかはわからないが、とりあえずその場へ向かっている。

「いまさらだけど、本当にさっきの方法でいいのよね」

「ああ。もう他のやり方を考えている場合でもないしな。まぁこれがセオリーだろう」

ギュっと腕に加わる力が強まった。しかしそちらへ顔を向けるということはしない。

 天狗の強さや人間性について、彼女には何も話していない。余計に怖がらせることになるだろうし、何よりその痕跡から感じたことは、決して確実なものではないのだ。実際に目で見て、肌で感じないことには、本当のことは何もわからない。

 想像だけで相手を大きくしすぎるのは、危ういことだ。何も持たない者に、必要以上に警戒をして自分の力を出し切れないなんてことも往々にして、ある。

 対人において、過小評価も、過大評価もしてはいけない。正確に、過不足なく力を見極める必要がある。

 それをさせない人も、僕は知っているのだけれど。

 木々の間に小屋が見えたのと、鳴鹿が腕から離れるのは、ほぼ同時だった。彼女も、あれを確認したのだろうか。

 向かい合い、お互いに小さく頷く。言葉を交わすことはない。

 そこから二人は、歩む方向を別にした。


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