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凛々しく在る、きみは(前)

「はー、オマエ中々厳つい見た目してんな!嫌いじゃないぜ。こういうの」

 その人が、その記念すべき日に、初めて自分にかけてくれた言葉だった。忘れたくなくても、いつか忘れてしまうんだろう。そう思うと悲しくなった。

 それでも、自分はこの言葉を、せめて今だけは、絶対に忘れないようにしようと、心にそう強く誓った。


「君は本当にそういう事を知らないんだな」






***********






 彼女はその日も花屋に出向いた。

 いつも通りに。一昨日も、昨日も、そして今日も。懲りずに花屋へ足を運ばせ、そして店を出るときには必ず何かしらの新しい「生命いのち」を両手に抱えて、嬉しそうに家路につく。もう、さすがに容姿は覚えた。いつも同じクリーム色のワンピースに胸元のオレンジ色のリボン、緑色のブーツに薄ピンクの片方だけ伸びた髪の毛。名前は少し、分からないけど。

「あーらまあ、いらっしゃい」

「おーん、ちっす」

 店先で鉢植えを入れ替えていた花屋の店主は何度もよく見る来客に明るく挨拶をする。その少女はまるで家に帰ってきたかのように店の中へ入り色とりどりの花たちを見回す。表情はむっとしているようにも見えるが、その瞳はキラキラと子供のように輝いている。というかまだ子供だと思うけど、ほぼ毎日花屋に熱心に通うとは実に良いことだ。

 きっと母親の育て方が良かったんだろう、と店主はにこやかにじょうろを傾ける。今日は至極良い天気で、花弁や葉に当たった水滴が光を反射してとても眩しい。皆、どことなく嬉しそう。自然と笑みがこぼれる。時々店の中をちらと見るが、少女はいつまでたっても中で動こうとしない。一度中に入ったら数時間は出てこないこともある。よっぽど花が好きなのだと分かる。それを見ているだけで、こっちまで嬉しくなってくるのだ。

「なー、昨日入荷してたアフェランドラってもう売れちまったのか?」

 突然店の奥から聞こえてきた問いに対し、店主は少し遅れて返事をした。

「……え?なにー?なんかいい花でも見つかったのかしら?」

「アフェランドラだよ!オレンジのやつ!俺が帰るまでレジ前に残ってたやつ!」

「ああ、ちょうどあなたが帰った後に売れちゃったのよねぇ!ごめんねぇ~」

「マジかちっくしょ……やっぱ買っときゃよかったな……」

 悔しそうに頭を抱えた少女は、うんうんと唸り再度店の中を見回す。

「トケイソウはもういるんだよな……キンモクセイもだろ……ヒガンバナは高えし……ふーむ……」

 結局散々悩んだ結果、少女はコスモスの種を買うことに決めたようだ。

「ピンクと赤はもういるからな、今度は白と黄色にするぜ」

 いつもありがとね。そう言った店主にまた来るぜと一言加え、少女は店を出ようとし入口前でふと立ち止まる。「?」とドアのそばにしゃがみ顔を近づける少女を見て、一体どうしたのだと問うた。

「なあ、これも売りもんなんじゃねーの?こんなとこにいたらかわいそうだろ」

 ほい、と手渡されたそれは土で汚れた球根だった。きっと品出し作業か何かの途中で落としてしまったのだろう。生憎タグの付いた袋は捨ててしまったから何の花かは分からない……。

「ふん、それ多分ユリ科だな。あんまり日に当てちゃダメなやつ。花色は白か……?」

 え、これだけで分かるの?と驚いたように目を見開いた店主は、ハッと思い出したように手を叩く。

「もしかしたら、それ『グラシヘレラ』かもしれないわ」

「は?ぐらしへれら?聞いたことねーな、新種か?」

「よく分からないけど、どっか遠い所から輸入したってんで珍しくてうちも買ったのよ。でもそれが常連さんから不評で、在庫処分に追われてたのよね、確か!」

 話によれば、その球根からは全然花が咲かないという。土も肥料もいいものを使ってる、適度に日光浴させているのに葉しか芽吹かない、と。

「そらそうだろ。ユリはそんな一週間、二週間程度で咲くような花じゃねーぞ?」

「でも、これは例外で品種改良してあるから一か月以内で花が咲くって噂立ってたらしいんだけど……やっぱりダメだったのかしらね」

 ちょうどそれが最後の一個みたい、と店主はため息をついてどうしたもんかと唸った。少女は球根をじっと見つめ、やがてキッと眉毛を吊り上げると決心したように言った。

「おばちゃん、それもらってくぜ」

 本当にいいのかいと心配そうな顔をする店主を見返し、少女は大丈夫だと強く頷く。俺なら絶対こいつを育てられる。確固たる自信を受け取った店主はふっと笑みをこぼし感謝を述べた。

「じゃあ、これはおまけにするわ。元気に育ててあげてちょうだい!花が咲いたらぜひ私にも教えてほしいわ」

「おう、もちろんだ!」




 少女はいつも通りその手に新たな生命を抱え花屋を出る。今回ばかりは少し難しそうな顔をして、その生命と向き合う。

「一か月以内だって?いや、頭おかしいぜ。だって球根だろ?どんな改良したらそうなるんだよ。でもまあ安心しろよ。俺が絶対咲かせてやるからなー」

 まるで話しかけるようにして球根をそっと握りしめる。命のほのかな暖かさをしっかり感じながら、夕焼けに染まる帰路を少女は一人辿る。






***********






 少女――マエル・リル。

 年齢は実に19歳。伸びる事を諦めた身長は驚異の158.2cm。……意外とそこまで小さくない?残念だが、この世界ではこの歳でその大きさだと大抵の人から子供認定されてしまうので、彼女はこれをかなり根に持っていたりするのだ。一応大学生なのに。

 性格は男勝り、馬鹿、大雑把、常識知らず。子供に見られるのもこの性格が後押ししている。

 それでも彼女には、常人には無いある一つの大きな違いがあり、そして特別な存在でもあった。




 まあ手っ取り早く言うと、彼女は花と話せた。……ギャグではなく本当に話すことができる。

 彼女は「植物学に詳しい」という恩恵持ちの人間だった。専門分野は、花。神に選ばれた……のかどうかは別として、一般人には無い力を持っていた。

 能力は、植物と話せるということ。

 これが彼女の一番の強みであり長所であり自己PR部分でありまだ人間的に(?)マシな部分である。

 そして彼女は今も目の前に置かれた茶色の鉢植えとにらめっこをし、ウンウン唸っていた。

 植物と話せると言ってもさすがに球根との意思疎通は上手くいかないようで、受け取る言葉がはちゃめちゃなものだから読み取ることも話しかけることもできないのだ。

「うーん……まあまだオマエも子供みたいなもんだしなー、仕方ねーのかな」

 未知の品種ということもあって分からないことも多い。念のために家の隣の花畑ではなく鉢植えに土を入れ、そこで育てることにした。小川で取ってきた清水をたっぷり与え、陽の当たらない窓辺にそれを置いた。

「早く大きくなれよー」

 せめて芽が出れば、この花が今まで咲くことができなかった理由が聞ける。その日のマエルの仕事はとりあえず終わった。






 数日後、土の中からぴょこんと顔を覗かせた新芽にいち早く気づいたマエルは鉢植えを少し移動させて日の光を浴びせていた。窓辺に椅子を運び鉢植えの隣に座ると改めてそれをまじまじと見つめる。

「よお!ホントにすぐ芽が出たな……オマエもしかしてユリじゃねーのか?葉の形もちょっと違うしなぁ……ユリの匂いはしたんだけどなー」

 ぽつぽつと独り言のつもりで芽に話しかけていたマエルは、そのうち段々とはっきりした音を聞くようになった。雑音交じりだったそれはゆっくりだが確実に、マエル自身に向けられているものだと分かるまでに『同じ言語』を発していると認識できるまでになった。

『……も……どーも……』

「むっ、よお。調子はどうだ?眩しくないか?」

『……あーうー』

「……まだ慣れてねー感じだな。俺はマエルだ。色々あって、オマエたちと話せるんだ。よろしくな」

『まぶしい……すこしむきをかえてください』

「おっ……こうか?」

『ありがとうござい……ます』

 どうやら相手はまだ会話に対してのコントロールが効かないらしく、半ドッジボール状態だった。マエルはゆっくりと確実に相手へ届くように念を送る。俺は味方だ。仲間だ。親だ。安心しろ、と。

 芽の向きを変え(恐らくこちら側が正面なのだろう)それをじっと見ながら、謎の解明はもう少ししてからでいいかとマエルは思った。焦ることはない。自分が育てる花なのだからいずれは咲く。必ず、絶対咲く。咲かせる。それは彼女の意地でもあり、使命とやらでもある。事実、今まで彼女が育てた植物たちが成長せずに終わりを迎えたことはほぼ無いに等しい。例外はあるものの、彼女のその『恩恵』が少なからず植物たちに影響を及ぼしていたからだ。

「あー、何だったか、オマエの名前は……グラシヘレラ?とりあえずそう呼ばせてもらうぜ」

『グラシヘレラ。わたしのなまえ、そう、たしかそうだ』

「聞きて―ことは山ほどあるんだが、今のオマエじゃちょっとアレだな……もう少し様子を見るよ」

『ここはふしぎなばしょだ。くうきがすんでてくさきもたくさんあってはなもたくさん……わたしのなかまはどこへいったのだろうでしょうか?』

「ああ、多分そいつらは別の場所で暮らしてるだろうよ。俺は早くオマエが花を咲かせるところが見たいぜ。気になることとかやってほしいことがあれば何でも言えよな、聞いてやるからよ!」

『ふーん……マエル……やさしいです。ありがとうございましたですな』

 ……言葉がちぐはぐなのはそのうち直るだろう。口をむごむご動かして、マエルは新芽をそっと撫でた。花にかける愛情は誰よりも大きく強い。その想いはどうやらこのグラシヘレラにもしっかり伝わっていたようだった。






***********






 大体の日付を数えたりカレンダーを見たり日記をつけたり……なんてことをしたりしないので一体どのくらいの時間が経ったのか彼女には分からなかったが、芽が出てから一週間と少し過ぎたある日、それはやっとのことで蕾を付けた。薄灰色のそれをつつくと、もどかしそうに蕾が揺れる。段々と会話が通じ始めていたこともあって開花もそろそろだろうと予想できた。グラシヘレラはたどたどしくもそれなりの敬語で『みずがほしいです』『ひのひかりがほしいです』『ひりょうはすくなめです』と話しかけてきた。マエルはそれらをしっかり聞いてやったし、途中で体調を崩したりストレスを溜めたりして死なないようにと鉢植えを持ち歩き森の中を散歩したりもした。

「ここは地下水の流れる川、ちょっと歩くと温泉もあったりして……俺の知り合いがやってくれたり……この森は俺のほーむぐらうんどとかいうやつで……」

 一人楽しそうに呟きながら鉢植えを持ち歩いてうろつく少女を傍から見ると、確かに怪しい以外の感想は出てこないわけで。それでも彼女は周りの目など気にせず、ただその蕾に話しかけるのが楽しくて、一度花屋へ行ったこともあった。その日はたまたま店が休みで外から花を眺めるだけで終わったが、グラシヘレラは一言、

『すごいです』

 と、どこか懐かしむような声音でそう言った。

 その日の夜、マエルはベッドの隣にグラシヘレラの鉢植えを置いて眠った。おやすみと声をかけると、蕾は返事を返すようにそっと揺れた。

 そして次の日の朝、彼女は奇跡を見ることになる。






「…………は……」

 むぐむぐと蠢くそれを見てすぐには行動できず、愕然とした表情でそれを見ていたマエルはベッドから飛び降り慌てて鉢植えを窓辺に移動させた。何があってもすぐ対処できるように水もそばに待機させる。その日はこれまた快晴といったところで、窓を開けると新緑と共に太陽の香りさえ感じられるほどに眩しかった。そんな日の光を背に、その蕾はゆっくりと、花びらを広げたのである。

「……おわーーーー!!!」

『……』

「咲いたーー!!やったぜ!ほれ見ろ!俺なら出来ると思ってたぜーー!!」

 部屋中を飛び回りながら歓声を上げるマエルを見ながら、やっとのことで顔を見せたグラシヘレラは手のひら大ほどの大きさの花をカサリ、と動かした。

『……マエルさん』

「うほほおおおい!!感激ってやつだな!!めっちゃ嬉しい!!はー、オマエ中々厳つい見た目してんな!嫌いじゃないぜ。こういうの……それにしてもオマエ、まさかそんな色してるとは思わなかったぜ。さすがにそれは予想できないな。一体どんな改良したらそんなになるんだろうな?」

 薄灰色だった蕾は今ではすっかり色づいて、藍色とでもいうかのように深みのある色合いになった。瑠璃色の斑点は、今までに見たことのない不思議な雰囲気を醸し出す。もしこれがグラシヘレラ初の開花であればきっとこのニュースは大々的に取り上げられ、マエルは一躍有名人にでもなるだろう。本人にそんなことを考える脳は全く無いが。

 ほんのりと藍色の光球を飛ばしながら、グラシヘレラはどこか嬉しそうに小さな体をくねらせた。ふわり、ふわりと何とも言えない甘酸っぱい香りがマエル周辺に広がる。

「外行こうぜ!俺の仲間も紹介してやるよ」




 鉢植えを抱えたまま、マエルは家のすぐ隣に広がる花畑に寝転んだ。太陽と、風と、土と、花と。ありとあらゆる自然の恵みの香りが一人と一輪を包み込む。鉢植えをそっと隣に置いて寝返りを打ち、目の前の花をいじるマエルにグラシヘレラは花弁を動かし感謝の言葉を述べた。

『ありがとうございます。本当に。こうして日の光をいっぱい浴びることができる。幸せです』

「何をオマエ、そんな大げさな!まあ俺だったら絶対咲くって分かってたけどな……他の奴らは何を間違えて花が咲かなかったんだろうな?」

『難しいんだと思います。それに、あなたは不思議な力を持っている。わたしたちに与える影響は、とても大きい。ここの花を見てると、そう思います』

「そうかあ?俺はもうふつーに水やって肥料やって……って、ほとんどなんもしてないぜ。あとはオマエたちの頑張りにかかってるしなあ。変に弄ると腐っちまうし、俺はそんなすごいことはしねーってば!」

 ケラケラと笑うマエルの横でグラシヘレラは一瞬何かを考えた後、思わずふぅと息を吐いた。

「……そうでしょうか。自覚が無いのでしょうね」

「んだよお、だから俺にはそうい……う……」

 そこで改めて隣を向いたマエルは言葉を失い、口を開けたままぴたりと止まった。ぱちぱちと瞬きをし、そろりと鉢植えを見る。

 ……花が、消えている。目の前には、自分と同じように寝転び花をいじる『人』がいる。藍色の前髪がさらりと風でなびき、黒縁の眼鏡の奥には瑠璃色の瞳が長いまつ毛に伏せられてなおも妖しく光を持っている。

 ………………

「オマエ誰だ?」

「…………」

「……あ、どこいった?あいつがいなくなっちまった、オマエ、引っこ抜いたのか??」

「……分かりません?」

「お、オマエは誰だ!なんだ急に現れて!しょ、正体見せろ!!」

 慌てて飛び起きたマエルは辺りをきょろきょろ見渡し、そしていきなり目の前に現れた謎の人間を指差し声を張り上げる。その男はすっと立ち上がり軽く土を払った後、慌てた顔で座り込んだままのマエルの前で跪き恭しく頭を下げた。




「念のため、一応、もう一度自己紹介を。ユリ科グラシヘレラ属、グラシヘレラです。俺たちの仲間内で開花に成功したのはこれが初めてでしょう。感謝します、マエルさん」




 未だ状況を飲み込めておらず「???」と頭の中が混乱状態のマエルをよそに、端整な顔を上げた青年……グラシヘレラはほんの少しだけ眼鏡の位置を直した。






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