確信
坂上は部屋から出ると、俺に会釈だけして立ち去ろうとした。
「寿命の短い目撃者で良かったですね」
俺の言葉に坂上は明らかに不機嫌そうな顔をこちらに向けた。
「あなたそんなに私のことを犯人にしたいんですか」
坂上は沙希に聞かせぬためか声を潜めて言った。
「別に俺は犯人をしたてあげたいわけじゃない。あなたが犯人だと言っているんです」
坂上は煩わしそうに溜息をつくと、俺との距離を縮めた。
「どうしても私が犯人だというのなら証拠を持ってきてください。私は医師として沙希ちゃんを見ているんです。
そして医師として被害者のことを悔やんでいるんです。いえ、一人の人間として人の死を悼んでいるんです。
あの方はもうすぐ退院できる予定だったんです」
「なるほど」
俺の含みのある言い方に坂上はハッとしたように口をつぐんだ。
そうして白衣を翻すようにくるりと体を反転させると、足早に歩いて行ってしまった。
「証拠か」
俺は早速加藤に電話を入れると、病室に戻った。
「滝沢さん」
沙希の心配そうな声が俺の心を震わせる。
「沙希ちゃん、坂上先生はどんな人かな?」
沙希はきょとんとした顔をしてから、満面の笑みを浮かべて言った。
「とても優しい人だよ」
「そうか」
俺はポケットに入れてある警察手帳を握りしめた。
彼女はもう長くはない。
この病室には医者か看護婦か、母親しか訪ねて来ない。
俺は・・・。
「滝沢さん、あたしね、滝沢さんがいてくれたらそれでいいんだよ」
沙希はまるで俺の心を見透かしたかのように笑顔で言った。
俺は間違ってはいないようだ。
まだ出会ってまもない沙希だが、初めて会った時の寂しそうな表情や、俺に縋っていた姿を思うと、
この幸せそうな表情が妙に嬉しく思える。
短い命でも、その命が尽きるまでは幸せでいてほしい。
その時を迎える時笑って眠る人であってほしい。
だがそれはもっとずっと先のことだと思っていた。




