浮上
沙希は驚いていたが、すぐに嬉しそうに笑顔を見せた。
「このことを仲間に知らせてくる」
俺は弾むような気持ちで電話をかけに向かった。
「あっ、すいません」
扉を開けるとそこには母親の姿があった。
午後五時、仕事が終わって早速きたのだろう。
「娘は犯人を見たんですか?」
母親は心配そうに恐る恐る尋ねてきた。
「ええ、ですから私がこれから責任を持って護衛します」
母親は戸惑いの色を見せたが、俺を見ると少しだけ安心したように言った。
「娘を、どうか娘をよろしくお願いします。せめて命ある限りは楽しく過ごしてほしいんです。
もうずっと諦めてました。でも、娘は刑事さんをとても気に入っているんです。
刑事さんにこんなことをお願いするのはどうかと思いますが娘のことを気にかけてあげてください」
母親は少し迷ったように目を泳がせながら
気にかけてください。と言った。
本当はもっと違う言葉を吐きたかったのではないか、そう思うのは俺の考えすぎだろうか。
ともかく俺はすぐに加藤に羽田耕作のことを伝えた。
沙希を護衛すると言った時の加藤は驚いたような不思議そうな顔をしていたが、実際沙希が危ないことは事実なので結局何も言わずに羽田を探りに行ってくれた。
俺はそれから一度病院の外に出た。
沙希の病室には母親がいる。
そのひと時を邪魔することは俺にはできない。
かと言って、俺が今むやみに動くのは何故かよくない気がした。
なんせいつもの自分とは全く違うのである。
俺は病院の庭で煙草を吸い始めた。
現場が見える場所で、俺はここに到着した時のことを思い出していた。
倒れていたという沙希は既に病室に運ばれていたが、確かに沙希が倒れている跡が残っていた。
俺はいつも通り対して気にもかけずに死体ばかりを気にしていた。
どんな状況でそうなったのかはまだ聞けていない。
だがその時の沙希はどんな気持ちだったのだろうか。
悶々と考えていた俺の手にはもう三本目の煙草が握られていた。
「ん?」
いつの間にか庭に医者がいた。
医者は寂しそうな顔で現場となった庭を見つめていた。
俺は思い出したように呼びかけた。
「坂上幸一さん?」
医者は飛び上るよう大きく反応を示すと、ゆっくりとこちらを振り返った。
「あなたは?」
不安そうに聞く坂上に俺は警察手帳を取り出した。
「ああ、刑事さんでしたか」
坂上は少し安心したような顔をした気がする。
「どうしてそこに立たれているんですか?」
俺は何気ない会話をするように優しい口調で問いかけた。
「どうしてって、私はここの医者です。そして殺されたのはここの患者ですよ」
坂上はおかしそうに言った。
「そうですね。しかし他に何か理由があるんじゃないですか?そんな顔をしています。何か知っていることがあるんじゃないですか」
坂上は明らかに目を泳がせた。
しかし俺がもう一度口を開くより前に口を開いた。
「やだなあ、ここに沙希ちゃんが倒れてたことを心配していただけですよ。なんたって私は彼女の主治医ですからね。
それでは仕事に戻らなくてはいけないので」
俺にとっては衝撃的な告白だった。




