惹かれて
「まだ何か?」
思わず出た言葉は自分でも冷たいと感じるほどの声だった。
しかし少女は気づいていないのか、表情を変えることはなかった。
「まだ、十時じゃないよ。まだ二十分もある」
体の中の力が一気に抜けたような気がした。
少女は寂しそうな目で俺を見つめていた。
母親と医者以外は誰も病室に来ないと言っていた。
刑事である俺でも誰かが来た事実が嬉しくて仕方ないのだろう。
「わかった」
一刻も早く犯人を見つけ出さなければならない。
もしも本当に病院関係の人間ならばとっくに逃げ出しているかもしれない。
いつもならもう俺はとっくに聞き込みに走り出しているだろう。
それなのに俺はもう一度少女の下へと足を進ませていた。
「ごめんなさい。忙しいよね」
「いや、二十分くらいなら何とかなる」
俺はそう言いながらどっかりと椅子に座った。
「ところで君の名前を聞いてなかったな」
「あなたは?」
少女は間髪入れずに聞き返してきた。
「ああ、失礼。俺は滝沢だ」
「あたしは沙希、沙希だよ」
誰かに名前を呼んでほしかったのだろうか。
沙希は強調するように自分の名前を言った。
「沙希ちゃん、今日はお母さんはまだなのか」
「お母さんは夕方にならなきゃ来ないよ。お仕事してるから、あたしのためにお仕事してるから来られないの」
沙希は寂しそうに言った。
一日の大半をこの殺風景な病室で一人で過ごしているのだと思うと俺には耐えられなかった。
「俺はこれからここで犯人を捜す。明日も明後日も犯人を捜しに来る」
沙希はぽかんとした顔で俺を見つめていたが、すぐに笑顔を浮かべた。
「犯人捕まればいいね」
沙希はまた寂しそうな顔で言った。
「時間まで何か話そうか」
俺の言葉に沙希はまた嬉しそうに笑顔を浮かべて頷いた。
この世に運命というものがあるのならば、俺はまさに運命の出会いを果たしたのかもしれない。
高校生相手に三十代のおっさんが何を考えているのだと思うだろうが、俺は確かに沙希に惹かれていた。
だが俺とて大人だ。分別はつけられる。
そう考えた俺の心をまるで見透かしたかのように沙希は笑顔を浮かべた。
「滝沢さんの話すごく面白かった」
なんだ、俺の思い過ごしか。
俺は照れ臭くなって笑った。
突然笑い出す俺に呆気に取られていた沙希だったが、少しして沙希もつられるように笑った。
二人で声を出して笑った。
ああ、こんなに笑ったのはいつぶりだろうか。




