真実
沙希が眠りにつく姿など見たことないが、俺は何故か不安になった。
沙希は永遠の眠りについてしまったのではないか。
そんな不安に駆られた。
「沙希ちゃん?」
休んでと言ったのは自分にも関わらず、俺はすぐに沙希の名を呼んだ。
「たき、ざわさん」
沙希は唇を動かすことも辛そうだった。
それは単に夢心地になっているだけかもしれない。
しかし、死ぬ前の人間もこのような姿になることを知っている俺は余計に不安になった。
「大丈夫だよな?」
俺はそっと問いかけた。
沙希は何も言わずに再び笑いかけた。
「失礼するよ」
坂上が病室に入ってきた。
「泣きそうな顔をしていますが、まだ心配はいりません。今は疲労と薬で虚ろになっているだけです。
安心して眠らせてあげてください」
坂上はそう言いながら開けっ放しの扉の方へ手を差し出した。
「なんですか」
俺は少しぶっきらぼうに言った。
外には母親の姿はなかった。
「沙希ちゃんのことですが、もう長くはありません。後数週間というところでしょう」
「すう、しゅうかん・・・」
初めて出会った時高校生の女の子が余命三カ月であることを不憫に思っていた。
それがもう数週間・・・。
「俺のせいですか?」
坂上は否定も肯定もしなかった。
「沙希ちゃんはあの事件のことをなんと言っているのですか」
突然坂上から事件のことを尋ねられ、驚いて坂上の顔を凝視した。
「だんだんわからなくなってきた。俺はこの間まであなたが犯人だと思っていた。
だが、沙希は俺を足止めするために嘘をついたと言った。
本当は犯人を見ていなかったのだと思う」
坂上は難しい顔をしながら黙り込んでいた。
俺はそんな坂上に話を促すこともできず、ただ黙って口を開くのを待っていた。
「犯人を見ていなければいいのですが」
坂上は意味深に呟いた。
「知っているのか。犯人を」
坂上は動揺も、怯えもしないでただ黙って俯いていた。
「知っているのですね」
俺は今にも胸倉を掴みそうな勢いで詰め寄った。
「どうなんですか」
坂上は俺を探るような目で見つめた。
「私が教えればあなたはすぐにその人物を捕まえに行くのでしょう」
坂上は強い調子で言った。
「当たり前だ。そのために警察があるんだ」
俺もいつの間にか声を荒げていた。
「少し場所を替えましょう」
坂上は病室の扉を見つめながら言った。
俺も罰が悪くなり、そそくさと歩き出した。
何も告げずに歩いているにも関わらず、後ろにいる坂上は俺の向かう場所を知っているような気がした。
「現場百篇ですか」
殺害現場の庭の近くのベンチに腰を下ろすと、坂上は穏やかな調子で言った。
「うってつけの場所でしょう」
坂上はそれには応えず、少し考えるように被害者が倒れていた場所を見つめた。
「約束してください。と言ってもあなたを信じられないので、名前は告げません。
それでもかまわないのであれば聞いてください」
信じられないという部分に苛立ちを覚えたが、しかし警察を信用できないのは仕方ないと思った。
「わかりました」
「私は確かに犯人を見ました。殺す現場を目撃したわけではありません。ですがその人物が慌てて逃げ出したのがこの庭だったのです。
私はすぐにその人物が犯人だと確信しました。
しかし通報しようと思った時、沙希ちゃんが倒れているのを見つけました。
息があったのですぐに沙希ちゃんを連れていきました。神田さんは一目見て亡くなっていることがわかったので、沙希ちゃんに処置をしてから通報しました」
俺は坂上の言葉を聞きながらどうして名前を告げないのか不思議になった。
それを尋ねようとした時、坂上がもう一度ゆっくりと口を開けた。
「犯人は沙希ちゃんの身内です」
坂上の言葉が重くのしかかった。
急に心臓が締め付けられたように苦しくなった。
「だから」
「恐らく」
坂上は俺の言わんとしていることを理解したように頷いた。
「それで、沙希ちゃんが生きている間は捕まえないでほしい。そういうことですか?」
「そう、お願いしています」
坂上は遠慮がちに、そして苦しそうに言った。
「何故その方が殺されたか、動機に心当たりはありますか?」
坂上は首を何度も横に振った。
「俺だって沙希ちゃんにそんな事実を告げたくはない。あの子には最後まで幸せでいてほしい」
俺はそう言ってから思いついたように口を開いた。
「だが、彼女が犯人の顔を見ていたら、彼女の話を聞いてあげるべきなのだろうか」
俺は坂上に言っているのか、自分に言っているのかわからなかった。
「それは、あなた次第でしょう。あなたなら彼女を最後まで幸せでいさせてあげられると信じています」
事情聴取の果てに命を削ったと言った坂上とは打って変わって、坂上は笑顔で俺に言った。
「あなたのおかげですよ。きっと」
それは何に対してなのか。俺は聞きたくなかった。




