存在
「違うの。そうじゃないの。滝沢さんは何も悪くないの。
あたしが滝沢さんのお仕事の邪魔してるの」
沙希は力いっぱい声を出しているようだが、掠れたような声しか出ていない。
俺は話よりも今の沙希が心配でならなかった。
「あたしはね、滝沢さんがここに来てくれて本当にうれしかったの。
初めて会った時から一緒にいたいって思った。
だからね、滝沢さんを足止めしたくて、嘘ついたの」
「どういうこと?」
俺は沙希と顔を合わせるようにベッドに乗り出した。
沙希の顔は俺の方に向いているが、目は俺を捉えていない。
「本当はね、先生じゃないの。あたしが見た人」
沙希は悪びれる様子はなく、ただ淡々と作られた台詞を読み上げているかのようだった。
「沙希ちゃん、本当は犯人なんて見ていないんだろう」
沙希は俺の言葉にしばらく何度か瞬きをしただけった。
「沙希ちゃん?」
沙希は少し虚ろな目をしていた。
まだ薬が効いているのだろう。
「あのね、滝沢さん。あたしは滝沢さんと出会えて本当にうれしかったよ。
元気だったら滝沢さんと色んなところ行きたかったな。最近ずっとね、滝沢さんと遊園地行ったり、
お買い物したり、想像してるんだよ」
「沙希ちゃん?」
沙希は俺を捉えていないのではない。
焦点が定まっていないんだ。
「もういいよ。今日はゆっくり休んで」
沙希は少し唇を震わせていた。
「滝沢さん、あたしはね誰の心にもいないの。
だからね、あたしが死んじゃっても悲しんでくれる人はいないんだよ」
「何言ってるんだ。俺は絶対に忘れないよ。君がいたことを絶対に忘れない」
俺は急に沙希が小さくなったような気がした。
「本当にあたしのこと忘れない?」
「ああ、勿論だ。だから何も心配しなくていい。安心しなさい」
沙希は初めて笑顔を浮かべた。
いつもの笑顔よりはとても弱々しかったけれど、沙希はいつものように笑顔だった。
そして沙希は笑ったまま静かに目を閉じた。




