急変
翌日、朝早くに母親が病室に訪れた。
今日は仕事が休みらしい。
沙希にとって嬉しい一日となるだろう。
俺は母親のいることに安心して加藤と共に坂上のことを調べることにした。
「証拠となりそうなものは何か見つかったか?」
「いえ、凶器のナイフはどこにも見当たりませんし、特に犯人が残していったものもありません。
やはり目撃者に証言してもらうしかないのではないですか?」
加藤は項垂れた。
病院の庭、他に目撃した人はいない。
ただ一人の目撃者の証言を頼るしかない。
「一応羽田耕作も調べてみましたが、被害者とはなんの接点もなく、犯行時刻にアリバイがありました」
「そうか。坂上にはアリバイはなかったのだな」
加藤は力強くうなずいた。
やはり加藤が犯人で間違いなさそうだ。
なんと言っても傍にいた沙希が証言しているのだ。
「坂上と被害者との間に何かトラブルはなかったのか」
「ええ、それなんですが、被害者の神田仁さんは肝臓にガンが見つかって入院したそうです。
発見も早く、手術をすればすぐに除去できると話していたそうなのですが、神田さんは自分は死ぬのだろう。
手術などしたくない。の一点張りで、医者も看護師も手を焼いていたそうなんです」
加藤は犯人は坂上である可能性が強いことを力説し始めた。
「その中でも主治医の坂上は神田さんとよく口論になっていたそうです。
その間に何か問題があっても不思議ではなかったと思います」
「証拠さえあればな」
目撃者もおり、アリバイも不十分、動機も十分に存在する。
しかしこれらは証拠とはなりえない。
「目撃者がいたと言って揺さぶりをかけてみるか」
俺の案に加藤はしばらく考える素振りを見せた。
「しかしそれでは少女が怪しまれる可能性がありますよ。なんせ少女は被害者の横で倒れていたんですから、
どういう状況でそうなったかはわかりませんが、犯人ならば一番の目撃者と考えるでしょう」
加藤もやはり人命を第一に考えているのだろう。
「やはり手立てはないのか」
「ああいう人は追い込めば何をしでかすかわかりませんし、言葉で落ちるような人じゃないですかね」
沙希が生きられるのは今だけだが、坂上がここで医者を続けている限りはいつでも捕まえられる。
「今は坂上を見張って、逮捕のことは俺から言っておこう」
「お願いします」
そうして病院で俺は沙希を、加藤は坂上のそばにいることになった。
沙希は今回の事件に巻き込まれたことをどう思っているのだろうか。
自分の人生の終りがすぐそこに見えていて、人生に光などなかった。
俺と出会ったことを沙希は喜んでいた。
俺はしばらく病院を離れて考えていた。
気が付けば何時間いたのか、辺りは暗くなっていた。
時計に目をやれば既に五時になっていた。
俺は急ぎ足で病院に戻った。
面会時間はまだある。
母親が帰るまでにも時間は残っている。
しかし俺はすぐに帰らなくてはいけないような気がした。
沙希のいるフロアに着くと、看護師がせわしく動き回っていた。
すると前方から坂上が険しい顔つきで走って来た。
「沙希ちゃんの容態が急変しました」
坂上はそれだけを伝えると急いで走って行ってしまった。
その先には集中治療室と書かれた部屋があった。




