出会い
「本当にあたしのこと忘れない?」
「ああ、勿論だ。だから何も心配しなくていい。安心しなさい」
そして少女は笑顔を浮かべるとゆっくりと目を閉じた。
「それで目撃者を連れてきたのか」
「それが・・・」
病院の庭で男性の刺殺体が発見された。
その時到着した捜査員によると死体の横でうずくまっている少女がいたそうだ。
しかしその少女は怪我をしている様子はなかったそうだ。
「余命三カ月? 高校生ぐらいの女の子なんだろ」
「ええ、そこでもう二年ぐらい入退院を繰り返しているらしいんです」
「そうか、とりあえず行くか」
俺は少しいつもよりも重い気持ちを抱きながら少女の病室へ足を向けた。
「警察の者ですが失礼しますよ」
女性の声が小さく向こう側で聞こえたのを感じながら俺はゆっくりと扉を開けた。
少女は眠っており、隣には声の主である母親が立ち上がっていた。
「すみません、目覚めてからで構いませんので事情聴取をしたいのですが」
母親は明らかに心配そうな顔をした後、視線を少女に向けた。
「この子は・・・」
母親が何かを言おうとした時だった。
消え入りそうな声が俺の鼓膜を震わせた。
「お母さん?」
もう一度はっきり聞こえた声は少女からのもので、自然と少女に視線を向けた。
「誰?」
少女は不思議そうに、ではなく明らかに怯えた表情をした。
「さっきあなたが見たことを聞きにきたのよ」
少女はその言葉に納得したのか、安心したように表情を緩めた。
「刑事さん?」
少女は俺の顔をまっすぐに見つめた。
余命三カ月と言う割には顔色もよくとても病人には見えなかった。
それは少女の綺麗な瞳がそう思わせたのかもしれない。
「ああ、さっき死体の横でうずくまっていただろう。犯人を見ていないか」
少女は少し考えるような素振りをしてからゆっくりと口を開けた。
「見た」
女性から「えっ」と短い悲鳴が聞こえた。
「おい、その人を連れて外に出ていてくれないか」
一緒にきた加藤刑事に声をかけると少女に向き直った。
その時女性の心配そうな顔が横目に見えたが、後は加藤に任せることにした。
「具体的に話してもらえないか」
「お母さんと病院の人以外がここに入るのは初めてだな。初めて入院した時は友達がいっぱいきてくれたのに
その友達も高校生になって毎日忙しいみたい。刑事さんは高校生の時何してたの?」
少女は突然笑顔で話し始めた。
本来ならば適当にあしらって業務を全うすべきだが、俺は初めて見せた少女の笑顔に惹かれてしまい業務を忘れてしまった。
「俺はずっと野球をしていた。高校には通っていないのか」
「野球かー、楽しそうだね。あたしもスポーツしたいな。あたしね、小学生の時はずっとバスケしてたんだよ。
中学でもしたかった。将来の夢はバスケ選手、何て言わないけど、ずっとやってたかった」
少女は俺を見ているのかいないのか、まるで理想の自分をそこに見ているかのように目を輝かせて話始めた。
「そうか、病気と闘う毎日は辛いんだろうな。まあ、俺も死と隣り合わせの仕事をしているからな。まあ、恐怖何てとっくに忘れちまったがな」
「あたしもだよ」
少女は躊躇いがちに言った。
「あたしも怖くないよ。でも、でもね」
少女はそれまで輝かせていた目を震わせた。
しかしそこから先の言葉を言うことはなく、一度目を伏せると引きつったような笑顔を見せた。
「ごめんなさい。さっきの状況ですよね」
「えっ、ええ」
あまりにも唐突で本来の目的であるにも関わらず一瞬少女が何を言っているのか理解できなかった。
そして自分でも何故そんなことを言ったのかわからないが、気づけば驚くような言葉を吐いていた。
「また来るからその時ゆっくり話してくれ」
少女は目を大きく見開かせて驚いていた。
しかしそれはすぐに満面の笑顔に変わった。
俺はそれが純粋に嬉しくて、そのまま病室を後にした。
外には加藤が母親と共に待っており、俺はその二人に一礼だけすると歩き始めた。
後ろで呼び止める加藤の声が聞こえたが、俺は振り返ることなく歩き進めた。
たった十六余りで死を告げられるのはどんな気持ちなのだろうか。
友達と同じように遊ぶことも、学校に通うこともできない。
誰も病室には訪れず、随分寂しい思いをしているのだろう。
俺は事件のことなど忘れて少女のことばかり考えていた。
「そう言えば、肝心な名前を聞くのを忘れていたな」




