I Know You're Out There Somewhere
10年前、フェンリルはとある集団に属していた。まだ超能力者が迫害されていた時代、そんな世界を壊そうとしている集団だった。
そんな過激な目的とは裏腹に、そこの人間たちはフェンリルを温かく迎えてくれた。みんな優しかった、そしていずれも普通の人間には過ぎた力を持っていた。
銃を向けるフェンリルの頭の中にかつての光景が甦る。木曽 功太郎はその集団の中で主に暗殺を行っていた人間だ。詳しい能力は教えられなかった。
隠されていたのではなく、原因は彼の態度にあった。どんな人間も平等に見下し、嘲笑い、罵倒する。「傲慢」と言うよりは「不遜」と言った方が良かった。
正直何でこんな人間が迎えられているのか、フェンリルにはわからなかった。何度も喧嘩し、殴り合いにまで発展したが「嫌な奴」という印象は最後まで変わらなかった。
「随分といい格好だな。フェンリル"君"。」
余裕の笑みを浮かべ、木曽は近づく。「撃てよ」と言うように広げられた右手には、黒い棒状のものが握られている。
「璃音が"レーダー"に反応するものがあったと言うからわざわざ来てみれば貴様だったとはな…。今の主人は新政府か?」
「…なぜクーデターを起こした?こういう国にするのが目的だったのだろう?」
挑発にも動じず、揺るぎなく銃口を向けるフェンリルにつまらなさそうに舌打ちをし、木曽は言う。
「こういう国か…、くだらん。そもそも私は誰かを殺せればそれで満足なのだ。
主義や主張などどうでもいい、殺せば済む話だ。だろう?」
「なんだと…!?」
「異常だと思うか?勝手に思うがいい。このクーデターに参加したのも気まぐれだ。
私は心地いいお題目に酔っているあいつらとは違う。弄って殺す。それだけだ。ついでに侵入者の仕業にしてここの木端兵士共も何人か弄ろうと思っていたのだがな、先にやられるとはな…。」
「残念だったな。いいから質問の答えを言え。なぜこんなことをしている!」
「そんなこと、お前の前の主人に聞けばいいだろう。」
木曽の笑いが止まり、周囲に緊張が走る。
「……あの世でな!!」
叫ぶと同時に木曽は間合いを詰め、右手の棒を振り下ろす。よくみるとそれは棒などではなかった。
その黒い物体の名は『超振動剣』、研究、改良が進められているとか言う近接兵器だ。
体を反らし、直撃は免れるがオズボーンが数cmほど縦に裂ける。その部分を見てみると赤くなっていた。
高周波を流し、その振動で生まれる熱で対象を溶断する…実際に何度か使った事はあるがそのときよりも数倍強力になっていることは目に見えてわかる。
後ろに転がって拳銃の引き金を引き、弾倉の中の弾を撃ち尽くす。今度は狙い通り木曽の腹に当たったようだ、前かがみの姿勢になる。
拳銃に新しい弾倉を込めながら走る。おそらく木曽の着ているあれがマッスルスーツというものなのだろう。多少は効いているはずだが相手の動きを止めるには足りないようだ。
背負っていたAKを構え、周囲を見回す。辺りには人の姿は見当たらない。そう思っていた矢先、フェンリルの耳に何者かが囁く。
「どこを見ているんだよ?」
振り返ろうとしたときにはもう遅かった。超振動剣が脇腹を貫き、またすぐ引き抜かれる。痛みこそ感じないが、血を流しすぎるのはマズイ、サイボーグ特有の白い人工血液を吹き出し、飛び散らせながら振り返るも木曽の姿はない。
周囲を軽く見まわし、雄叫びを挙げてそこら中にAKの5.45x39mm弾をばら撒くが手ごたえは無い。
「だーかーらーーー…どこ見てるんだよ。なぁ?フェンリル君?」
今度は腹に蹴りが叩き込まれる。しかし依然として姿は見えない。その時フェンリルの頭に一つの考えが浮かぶ。
オズボーンのマスクを血で滲ませ、荒い息と苦しそうな声で静かに言う。
「……木曽、手前の能力…『姿を消す能力』なのか…?」
マスクをずらした口から血を吐き捨てて弱弱しく尋ねる。その声に満足したように木曽が目の前に現れる。
「足りない頭でよくわかったな?ご名答!私の能力…『カシミール』の能力は姿を見えなくすること…大概の奴は気付く前に殺してきた!気が変わった!せいぜい楽しませろよ!」
再び木曽が姿を消す。足跡から探ろうとも思ったがどうやらマッスルスーツの機能をフルに使って飛びながら動いているようだ、足跡らしきものは見えない。
今度は腹に拳が叩き込まれ、超振動剣でできた傷口から血が飛び散る。逃げようともしたが、足を斬られてしまって思うように早く動けない。
広場まで何とか逃げたがまた声が聞こえる。小さい子供が虫の脚をちぎって様子を観察するように木曽もまたその様子を眺めていたのだ。
「言い残すことはあるか?」 せせら笑うように木曽が訊ねてくる。
「姿を見せろよマヌケ、いや、ヘタレか?」 傷口をオズボーンが圧迫しているのがわかる。止血は体内のナノマシンが行ってくれるだろう。
何度も攻撃を受けていく内、一つの考えが思いつく。それなりの覚悟が必要な方法が。
「まだ死ぬなよ?次に刺すところ教えてやろうか?腹だ。」
余裕ぶった声が鼻につく、舌打ちをしてよたよたと血を流しながら中継基地の中へ逃げる。
「逃げるんならシャッキリ逃げろよなシャッキリと!」 嘲笑う声を背に、蒲鉾屋根の建物の中へと逃げ込む。
やけに広い所だが、そのスペースの大半をジープや装甲車が占めている、隅の方には様々な器具やドラム缶、木箱が置かれている。何か使えるものは無いか、辺りを見回すフェンリルの視界にクルフェトスを通じて幾つかの物体が入る────
ガチャリとドアが開けられる。埃だろうか?周囲と言うより部屋中に濃霧のように何かが漂っている。奥には壁の方を向き、しゃがみ込んでいる人影が。
「もう終わりが?情けない…。」
姿を消してつかつかと近寄り、ニヤリと笑って人影に向けて振動剣を振り下ろす。
しかし、木曽の予想を裏切って人影は白い血ではなく鮮血を吹き出す。 「何ッ!?」 斬り伏せた人影の服は見覚えがあった。オリーブドラブの野戦服に黒い目出し帽───ここを見張っていた歩哨の死体だ。
「奴め…まさか!?」 窓の外で見ていたフェンリルは呟く。 「そのまさかだよ、ヘタレ。」
窓を一瞬開け、中に歩哨から奪った手榴弾を投げ込み、すぐに閉めて駆け出す。数mも離れないうちに、轟音を立てて中継基地の一つが爆炎に包まれた。
防弾性のあるマッスルスーツでも爆発には耐えきれない。背中に大量の木片や手榴弾の破片を刺した木曽が吹き飛んでくる。
「この…ド畜生が…!格納庫を吹き飛ばしたのか…!」 ヒビだらけの兜を外し、血を吐く。細い目で睨みつけながら痛みに耐えているようだ。
「足りない頭でよく気付けたな?ガソリンだけじゃ足りねーだろうから何か使えるものは無いか探していたが…大した教育してたようだな、武器庫のガンパウダーやら小麦粉やら…邪魔だったんだろうな、ぜーんぶまとめて置かれてたぜ。グラッツェ」
立場は逆転した。腹を蹴るのも、突き刺すのも今やフェンリルのやることだ。
「殺してやる…!!殺してやるぞ!!」
所々から血を流して立ち上がろうとするが、すぐに転んでしまう。足を見てみると右足の脛の中途から先が無くなっており、マッスルスーツが血を止めようと無駄な足掻きをしているだけだった。
「さて…随分と大物ぶってくれてたじゃねえか、ええ?おい。
俺は他人に嫌なことをされるのは大っっっっっ嫌いなんでね、喋ってもらうぜ、手前らの情報すべてを…。」
数分後、両手の指全てと歯を七本失いながらも木曽はすべてを話した。
このクーデターに参加した能力者の正確な人数、本土の攻撃にはこの設計局で造られた兵器を用いると。
「そ、それ以上は知らない!後生だッ!見逃して────」 言い終わる前にAKの銃口が口に突っ込まれ、残された歯が折られる。
すでに飽きるほど聞いた断末魔も聞こえないかのようにフェンリルは考える。本土を攻撃すると言っても生ぬるいものじゃ効果は無いだろう。だが核が作られているという話も聞かない。
「おい、その新兵器ってな何なんだ?」 引き金に指をかけながら問う。
「そこまでは知らねえ!奴等新兵器を使うって事しか…おい…やめろよ…何撃とうとしてんだよおい!やめ────」 遅かった。用済みと判断されたのか、放たれた弾丸は木曽の右頬を内側から吹き飛ばし、地面に弾痕を残す。
「ついでだ、この振動剣貰ってくぜ。いいよな、答えは聞いてねえから言わなくていい。」
まだ使えることを確認し、鞘を背中に背負う。AKは弾を撃ち尽くしてしまったので捨てた。後は.45ACP弾が五発。無駄遣いは許されない。
痛みに悶えていた木曽が睨んでくるが気にしない。
「手前ェ…覚えてろよ…!呪ってやる…!!必ず殺してやる!!」 呪詛の言葉も意味がないと判断したのか、外卑た笑いをして声をかけてくる。頬を撃ち抜かれているためか聞き取りづらい。
「手前の惚れてる女いたよなァ!?あいつも参加してるぜ!どうすんだよ!?やっぱり殺すのか!?アァ!?んなわきゃねェよなあ!結局手前は半端野郎なんだよ!
気の強え事言って結局俺すら殺せねえ!悔しかったら何か言ってみろや!言い返せねえだろォ!?」
取り繕っていた威圧感を与えるための『余裕さ』という仮面がはがれたのだ。下品な笑い声を上げて挑発する木曽にフェンリルはため息をつく。
「なあ木曽君よ、俺を中学生がだーい好きな本の気弱系主人公だと思ってるのか?何のために生かしてやってたと思う?言いたいことを言わせてやるためだよ。」
しゃがみ、むき出しになった木曽の頭を掴み、何度も地面にたたきつける。
「殺せるわけがない?馬鹿言ってくれるじゃないかよ木曽君。俺は殺すぜ、現にホラ、昔仲間一応仲間だったあんたもこうして殺してる。
わかる?わかるよなあ?さんざん馬鹿にしてくれたんだわかってくれなきゃ困るぜ木曽君、おーい木曽くーーーん?きーこーえーてーるー?」
口調は静かだ、しかし叩きつける力は段々と強くなっていく。鮮血が飛び散り、傷口を圧迫しているオズボーンが赤く染まっていく。
飽きたのか、頭を掴む手を放す。すでに木曽の顔面は潰れて腫れ上がり、見る影もなくなっている。
辺りに流れた血も雨が流していく。どうやらまだ生きているようだ、早速超振動剣で仕留めようとするがどこかから聞こえてきた小さな音がその手を止める。
ピーピー、となり続ける音に本能が危険だと告げる。どこから聞こえているのか見当がつかない、くぐもった音──────
気付いてからのフェンリルの動きは素早かった。木曽の体を蹴り飛ばし、遠くへやる。
そして自分も反対方向に飛び込んだ瞬間、木曽を中心とした大きな爆発が起きた。
爆発の勢いは強く、受け身をとったフェンリルごと地面が陥没していく。
(そういえば洞窟があるんだっけな…。) 虚空に手を伸ばしながらそう考え、フェンリルは奈落へ落ちていった。