Kill in the Spirit World
薄暗い森の中をフェンリルは進む。今のところは何もないが、夜の森は危険だ。
ましてや土地勘もないフェンリルは無線機から聞こえる声に従うしかない。
『そこから北に向かえば中継基地だ。近くには洞窟もある。入るには地上の裂け目から飛び降りるしかないがな。』
「やけに詳しいじゃないか、司令官ってのはそんなに詳しく教えられるのか?」
『そこで兵器が作られる度にその島を丸々使って演習してきたらしい。そのためのデータを読み上げただけさ。』
草を掻き分け、蔓を引き裂いてフェンリルは進む。いつの間にか降っていた大粒の雨が降りかかり、オズボーンを濡らしていく。
「…兵器局ってことは何か作っているんだろう?どんなものが作られていたんだ?」
『主に無人機、戦闘用のマッスルスーツ、パワードスーツなどだな。それ以外の情報は無い。』
「マッスルスーツか…着られていたら面倒だな。弱点とかはないのか?」
『さあな?だが君も普通の人間ではないだろう?力負けすることはあるまい。』
「だといいが…」
しばらく進んでいくと急に視界が開けた。目の前に幾つかの小さな建物が見える。あれが中継基地なのだろう。
周囲には野戦服を着た数人の歩哨が見える。先程ウィルク中佐が言っていたようなマッスルスーツを来た人間は見当たらない。
「何か武器でも持ってくりゃ良かったかな…。」 小さく呟き、膝まである草むらに潜る。
ものの数秒で模様の変わっていくオズボーンに感心しながら待っていると、一人の歩哨が近づいてくるのが見えた。
フェンリルまであと数mのところで立ち止まり、気付かないまま森の方へ向かう。森からの侵入者に備えているのだろう、もう手遅れだが。
フェンリルは中腰の姿勢になり、歩哨に後ろから近付くと素早く首に腕を回し、首の骨をへし折る。
死体を草むらに隠し、装備を幾つかいただくことにした。ホルスターごと拳銃を取り、腰に取り付ける。どうやらここで開発されていた最新型のようだ。消音器も探してみたがそれらしいものはなかった。
持っていたAKを背負い、弾を奪って黒い戦闘装具にしまう。これである程度戦うこともできる。
フェンリルは中腰のまま中継基地へ向かった。時には転がって匍匐で、時にはゴミ箱の中に隠れながら首をへし折り、ナイフで喉笛を切り裂いて一人一人その数を減らしていく。
だが調子に乗りすぎたのか、食糧庫の横でようやく異常に気付いたのだろう、生きている人間を探してきた歩哨に殺しの現場を見られてしまった。
「誰だ!」 震え声で歩哨がAKの銃口を向けると同時に、横に転がる。木でできた食糧庫の壁に穴が開き、細かく飛び散った木片が顔にかかる。
弾倉の中の弾を撃ち切ったのだろう、銃撃は止み、代わりにどこかへ逃げるように草を踏む音が聞こえてくる。
「まずいな…。」 フェンリルの体は人工筋肉と急所を守るプロテクターでできている、所謂サイボーグだ。痛覚も作戦前に特別な装置で抑制されている。それでも銃撃戦は避けたかった。
痛覚を抑制されていても限界が来れば動けなくなるし、そのまま死んでしまうかもしれない。何より首謀者の連中に知られても面倒だ。
食糧庫の壁の細い溝に指をかけ、体を回転させてそれを飛び越える。転がって着地時の衝撃を逃がし、走る歩哨を追いかけた。
やはりほかの人間に知らせるつもりだったらしい、死体の無線機に手を伸ばしているところだった。ホルスターから拳銃を抜き、歩哨にそれを向ける。
そして轟音が立て続けに二発、周囲に響いた。
放たれた.45ACP弾は哀れな歩哨の指先を吹き飛ばし、血に塗れた粉々になった骨や肉を辺りにまき散らして見えなくなる。
二発目は外してしまった。見当違いの方へ飛んでいき、死体の腹に穴が開く。
フェンリルは舌打ちをした。歩哨は喧しく悲鳴を上げ続けているが、また連絡しようとするだろう。
これ以上はマズイ、だが銃じゃ仕留めきれない。────そう悟り、拳を握って歩哨に突っ込む。十分な間合いに詰めて放たれる重い拳。その先には顔面が…。
血で濡れた拳を野戦服で拭く。顔や体についた返り血はナイフで裂いた野戦服をハンカチのようにして拭き取る。フェンリルの放った拳は、歩哨の下顎を砕き、続けて放たれたアッパーカットは頭の残された部分を砕いて中の脳漿や細かく砕けた頭骨をぶちまける。
どうやら彼が最後の一人だったようだ。騒ぎ立てる声も、走り寄る足音も聞こえない。
『フェンリル…無駄な戦闘は避けろ。君はランボーでもシュワルツェネッガーでもないんだ。
今回は運良く仲間を呼ばれる前に仕留められたが次は無いかもしれないのだぞ?』
「ああ…善処する。」
『くれぐれも頼むぞ?君だけが頼りなんだ。』
「わかっている。あんたは安心してスイカでも食っててくれ。」
左耳から手を放し、無線機の電源を切ったフェンリルにくぐもった声が聞こえてくる。
「フェンリル……それが今の貴様の名前か?貴様には過ぎた名だ。なあ?三橋よ。」
振り返ったフェンリルの左頬に鋭い蹴りが叩き込まれ、彼は無様に地面を転がった。
マスクを少し捲り、血と折れた歯を吐き捨てる。幸い無線機もクルフェトスも無事だったようだ。自然と息が上がってくる。興奮と緊張、痛みによるものかは本人にもわからない。
クルフェトスがその人物の兜のような物に覆われた頭を捉える。よろよろと立ちあがってマスクを戻し、拳銃を向ける。
兜が開き、中の顔が露わになる。目つきの悪い、傷だらけの顔をフェンリルは知っていた。
その男の名は木曽 功太郎、かつてフェンリルが属していた集団の戦士の一人だ。
────雨は煽るように激しさを増していく。