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第一話

   ヴォリシオン・プラネット 

                  Nash


   第一話 接触



 真っ白な朝日が昇り、清々しい風が開いた窓から吹き込んでくる。この星の空は今日も青くて美しい。

 あたしはちょっとウキウキしながら、朝食のパンを食べていた。

「ちょっとアイ。もう出る時間でしょ。ゆっくりご飯食べてる時間、ないんじゃないの?」

「大丈夫だよママ。今日は社会科見学だから、時間違うの。だいじょーぶ」

 口の中に物を入れたまま、あたしは衣装室で着物をとっかえひっかえしているママに向かって大声で返事をする。

 あたしは付属高等部の、弟のハルオは付属中等部の制服を着て、卵とトーストを食べていた。気むずかしくて生意気な年頃のハルオはブスッと下を向いてトーストをかじっている。なにが楽しくてこんな顔してるんだか。

「……あんだよ姉ちゃん、おれの顔になんか付いてんの」

「べっつにー」

 あたしは食べ終わった皿をキッチンに持っていって、ついでにシップメイド・ミルクを一杯飲んだ。本物のミルクは飲んだことないけど、これも十分おいしい。

「アイお嬢さま、お皿のお片付けは私が致しますのに……」

「いいのよオカモトさん。ごはん美味しかった、ごちそうさま!」

 ママが洋服をふたつ身体に合わせながら、居間に顔を出した。

「ねえアイ、これどっちがいいかしら」

「そんなの知らないわよ、どっちも派手すぎだけど」

「だって、船の奥方もたくさんいらっしゃるのよ。ちゃんとしなきゃ」

 高校生のあたしには分からないけど、奥様方の意地の張り合いというのがあるらしい。その意地が服の派手さに出るってのは分かりたくない部分だ。

「ハルオ、あんたは今日も、いつもどおり授業あるんでしょ。急ぎなさいね」

「母さんには関係ないだろ」

「ありますよ! 市長の息子が非行だなんて、そんなの自慢にならないわ」

 ハルオが最後の一口をお皿から持ち上げると、お手伝いのオカモトさんがさっさと食器を片付けていった。あたしは洗面所で髪留めをつける。

「おいヤスコ、もう私は出るぞ。朝から呼び出しがあってな」

 お父さんの大きな声が玄関から聞こえた。見ると、きっちりと正式のスーツを着て靴を履くところだ。

「あらお父さん、お早いですね。昨日は久しぶりに帰ってらしたと思ったら」

「ああ、すまん。また泊まりになる」

「あらあら。ここのところお忙しすぎじゃありません?」

「ちょっとな。前から言っておいた……あれだ。一応な」

「それは……わかりましたわ。お気を付けて」

「旦那様、いってらっしゃいませ」

 ママはお父さんのダブルボタンスーツを正し、洋服ブラシをかけてやる。オカモトさんは靴を磨く。

「おとーさん、いってらっしゃーい」

「おおアイ、行ってくるぞ」

 居間から声だけで見送ると、気圧ドアが開閉する音でお父さんが出たのが分かった。ついで車が飛ぶ音がする。

「ハルオも行ってらっしゃい言いなさいよ。昨日も顔見せないで、お父さん可哀想でしょ」

「……市長の親父が忙しいって、おかしくねえ」

「はあ?」

「特に何があるって時期でもねーのに、選挙の時以上じゃん。戦争でも始まるんじゃねえの」

「なにいってんの」

 この星に戦争の敵なんて居るわけないのに、なにを言ってるんだか。オトコノコだから。

 ハルオはもうそろそろ遅刻確定の時間なのに、ブツブツ言いながらネットを見始めた。まだ出かけない気らしい。

 あたしは弟を尻目に、部屋へ戻ってバッグを取ってきた。今日は教科書を持たないので身軽だ。

「あんたたち、電話は持った? 今日はちゃんと持ってなきゃだめよ」

「持ってるわよ。母さんが心配だって言うから、いつも鞄の中に入れといてあげてるんじゃない。何でそんな事聞くの?」

「それなら良いわ。行ってらっしゃい」

 どうも引っかかったけど、時間を気にしてあたしはさっさと玄関の開閉ボタンを押した。




 首都アカデメイアにあるアカデミー付属学園の校庭からホバー・バスで10分。そこにあるシルビア遺跡が、今日の社会科見学の目的地だ。

 学年全員で楽しくお出かけ。と言っても、合わせて30人に達しないからバス一台で足りてしまうのだが。

「でもさー、もっと他に行くとこなかったの? 近場過ぎてつまんなーい」

 バスの窓からアカデメイアを鳥瞰しながら、あたしは愚痴を言った。見えるのは半径10キロ程度に収まる小さくて新しい街。ホバー・バスが上がるような高度で十分見渡せてしまうのだから、コンパクトだ。

 目線を移動すると高さのある石壁があり、市街地に向かってくり貫かれている。この大穴の奥は港になっていて、ときどきホバーや飛行機が出入りする。

 さらに東、石壁を飛び越えた向こうの大地には白い四角錐が見える。とても大きく、アカデメイアからはいつでも見える慣れ親しんだ遺跡。そこがシルビア遺跡だ。

「仕方ないですよアイさん。シルビア星で行く所なんか、あんまり無いんですから」

 隣に座るソフティが言う。ソフティは温和なのだが、そのぶん何に対しても文句を言わず受け入れてしまう傾向にある。周りの環境にやさしいのだ。

「あるでしょ! 南極のオーロラ壁は? ベイカー大陸のブロンズ・ワームは? 原生林の驚異は学生のうちに見ておかなきゃ!」

「静かになさいアイ・ウィリエルさん」

 パシッと頭をはたかれた。

 振り返ると、先生が「社会科見学のしおり」と書いた白黒冊子を丸めて構えている。いつもと同じパンツスーツ姿だ。

「これは社会科見学です。いくら素晴らしい未開の大自然が星中に広がっているとは言え、社会の勉強とは違います。それに、安全の確保されてない土地に学生を連れてく訳にはいきません」

「じゃあアリスタトルはどうなんですか。まだシルビア星の上に居るうちに一度見学すべきだと思います。なんたって、私達をここまで運んできた巨大宇宙船じゃないですか」

「バカおっしゃい! 衛星軌道までのシャトルにいくらかかると思ってるんです。一往復分でアカデミーに四年間通えますよ。それにね、シルビア遺跡を見学しないなんて、シルビア星の市民として許されざる事です」

 先生はそう言うと、パンパンと手を叩きながらバス前方へ戻っていった。

「はいはい、みんな注目。ちょうどいいわ。予習をしましょう。社会科見学で勉強をしに行くのだから、予習は必要よね。アイさん、シルビア遺跡ってなに?」

 学生達は雑談を少しずつやめ、不承不承に先生に注目をした。

「えー、あたしが答えるんですか?」

「そうよ。市長の娘だからって甘やかしはしませんからね。はいどうぞ」

 先生は小さな子に根気強く教えるときのような声で言う。しかも質問の内容が絵本レベルだ。これじゃまるであたしが不出来な子供みたいじゃないか。

 市長の娘云々だって言いがかりだ。これだから大人は。

 あたしはなるだけ嫌そうな顔を作り、答えた。

「ピラミッド」

「……ええ、形はね。じゃあなんのピラミッド?」

「異星人」

「……そ、そうね。間違ってはいないわ。じゃあ他には?」

「なんかすげーすごい」

「ウィリエルさんっ!」

 学生達がどっと笑った。ソフティも我慢できずに吹き出した。

 笑ってないのは鬼の形相の先生だけだ。

「静かにしなさい! わかりました。あなたたち子供がいかにシルビア遺跡を馬鹿にしているかは、よくわかりましたとも。人類が発見した二つめの知的生命体痕跡にして、宇宙創成の鍵を握っているかもしれないこの遺跡がどれだけたいへんな発見であるか……!」

「でもセンセー、あたしたちには関係ないでーす」

 そうだそうだ、とどこかから声が上がった。これはあたしたちの年代の共通見解なのだ。

 クラスの男子が口上をのべる。

「先生たち大人は遺跡目指して何十年かかる宇宙旅行に乗り出すくらい情熱に溢れてるんだろうけど、俺たちは生まれたら船の中だったんだから、そんなの知りませんよ。一緒にロマンを追いかけようなんて無理ですって。いい加減わかってくださいよ」

 先生は何か反論しようと言葉を探しているようだったが、その前にホバー・バスが着陸した。

 シルビア遺跡に着いたのだ。

「と、とにかく! 遺跡見学はします! 植民に巻き込まれたあなた方には申し訳ないとは思うけれど、シルビア星市民として恥ずかしくないくらいには遺跡のことを知っておきなさい」

 先生に続き、ぞろぞろと学生達はバスから降りてゆく。

 学生達が降りきるとすぐバスは再び飛び立った。

 

 シルビア遺跡はだいたいピラミッド型の四角錐である。ただしバカみたいにでかい。

 地表に出ている高さ一〇〇メートル分は全体の1パーセントにも満たず、底面はシルビア星の内部マントルにまで達している。建造物として活動していた頃はマントルからエネルギーを得ていたとも言われる。探検の手もまだまだ底には届いていない。

 材質はどこにでもある石材でできているようだが、それにしては劣化が全くない。きれいに建造当時のままのアイボリー色で、艶まで残っている。人類が今持っている観測装置ではわからない何か、抗時フィールドのような物があるのではないかという話もある。

 7年前この星に初めて着陸した研究員たちはここに研究施設を建設し、その上で便利なように首都アカデメイアを建設した。だから遺跡がアカデメイアに近いと言うより、アカデメイアが遺跡に近いと言うべきだ。

 などなど。

 以上、白衣を着た研究員さんの解説。

「はあ、疲れたー」

 あたしは手近な手すりに寄りかかり、溜息をついた。

「アイさん、ゆっくりしてるとみんな行っちゃいますよ?」

 そのとおり、研究員さんと先生を先頭にした学生グループはぞろぞろと次の見学箇所に向かっている。この巨大なピラミッドの主要なところを一日で見てまわる強行軍なのだ、足どりは忙しい。

「だって、この中ばかみたいに広いし、あの人の話は難しくってちんぷんかんぷんだし、もうやだー」

 ぐでー、っとお腹を折り曲げて、見学用に据え付けてあるらしい手すりに垂れ下がる。干されたタオルになった気分だ。鉄の棒がひんやりして気持ちいい。

「スカートめくれてますよアイさん……」

「うー、直すのめんどいー。ソフティ見張っててー」

 見る人がいなければいいや。

 だいたい遺跡なんか興味もないし、実際に入れて貰えるのは初めてとはいえ、写真では嫌と言うほど見飽きたものばっかりだ。いまさら感慨もない。

 この石室っぽいところもそうだ。研究やら仮説やらが発表されるたびにニュースになるんだから、興味がなくても知ってしまう。新聞に載って、ホロに映って、大人たちがこぞって話題にする。

 このために人生をかけた大人たちには興味深いのかも知れないけど、あたしとしてはウンザリ気味だ。あたし達はこの星でまったり楽しく暮らしたいだけ。

「こんな遺跡がなければ、あたしもイエローストーン星の大都会で華の女子高生をやってても良かったんだよね……あーあ、にくいなあ」

「生まれてなかったかも知れませんけどね」

「あたしの両親はイエローストーンで結婚してたもん。アリスタトルに乗り込んでなくても、あたしは無事生まれてましたー。親が選べないとは言うけど、生まれる場所くらい選びたかったなぁ」

 こんなこと言っても仕方がないけど。

「わたしは、ここで育っても良かったと思いますけどね」

「……なんで?」

「だって、人類の他の星って都会すぎで、忙しそうじゃないですか。あんまりゴミゴミしてて、みんな気が急いてて。ホロやらで見ただけですけど。この星は人も少ないし、ゆったりしてて平和で良いと思います。人の心地がするっていうかんじ」

「ふーん。ソフティは隠居したお婆さんみたいなこと言うね」

「ええ? そんな言い方……」

 人の心地、か。

 当たり前すぎて感じてなかったけど、そういうのも大切かも知れない。暖かいって感じられること。

「ま、あたしも好きなのかな」

「そうですよ、ここで良かったじゃないですか」

「そういう事にしとこっか」

 そんな会話をしながら、あたし達は黄金の秋を称えてるらしき壁画をぼーっと見た。

 轟音がしたのは、その時だった。




「ようやく俺の活躍が、ご披露できそうだな?」

 ブモン・ハンは使い古した革手袋を装着しながら足早にドックへと向かう。久々の火事場に目は鈍く輝いている。緊急のこの事態が、彼には嬉しいようだ。

「活躍して貰わねば困るわ」

 私も同様に大股でドックへ急ぐ。広く作られた廊下は警報の光に照らされ全体が赤く点滅している。研究員達も右に左にと大騒ぎだ。

「そのためにイエローストーンで雇われて来たのでしょう? 傭兵なら俸給の分は働いてもらいます」

「言われなくとも。奴らと戦うために十七年のあいだ待っていた。客観時間じゃ四十七年だぜ。それと俺たちは傭兵じゃない。誇りある戦士だ」

 ドックは思ったよりも落ち着いていたが、整備員……いや、整備兵には慌てた様子が見えた。予期されていたとはいえ、初の出撃である。無理もない。

 高さ、横幅ともに500mを越える広大なドックには100もの航空機を係留できる。正面は大きな崖に面しており、直接アカデメイア上空へ出ることができる大型の港だ。

「頼もしく思っても、良いのですね?」

「もちろん。お前こそ足手まといになるんじゃねえぞ、レオナ?」

「気やすく呼ばないでください。私の名はレオナールです」

「けっ、乗らねえ女……おいブモン隊、準備は良いか!」

 ブモン・ハンが声をかけた先には、彼に勝るとも劣らぬ屈強な男たちが一列にならんでいた。総勢12名。みな、ブモン氏がイエローストーン星から連れてきた傭兵である。

「人類に遅れること七年、ラヴァーズの魔の手が遂にここシルビア星にも及んだ! 我々は戦士として、断固侵攻を阻止せねばならない! 剣を抜け!」

 腰に下げた大振りの剣を抜いたブモン・ハンに続き、12名が次々に剣を掲げる。

 13本の剣がクロスされ、重なり合って厳かな音をたてた。

「各武人の戦意をここに」

「「「戦意をここに!」」」

 剣が一斉に振り下ろされ、地面に打ちつけられた。

「ブモン隊、出撃!」

「「「イエッサー!」」」

 隊員は一斉に散開し、素早く各々のナイトバトラーへと乗り込んだ。

 ナイトバトラーは汎用の機動兵器だ。

 大雑把な形は四本足の蜘蛛に似ている。四本の足は同じ筒状のロケットエンジンであり、地上を歩行するための足でもあり、マニピュレーターでもある。足を束ねる胴体も大気圏飛行を考慮した流線型で、ここに兵装やコクピットがつく。

 大きさはかなりあって、全長50メートルを超える。多種多様な作戦を単独でこなせるようにという設計思想で作られているため様々な機器を抱えているうえ、燃料、爆弾、子機などもたっぷりつめこめるのだ。

 私は空へと飛び出す戦士たちを目の端で見送りながら、ヴィントルードの研究室へ急いだ。

 研究員の多くは既に遺跡内シェルターへ待避しており、中に居るのはヴィントルード本人と直接の助手が数十人のみだった。

「来たか、レオナールよ」

 ヴィントルードは車椅子の脚を昆虫的に動かして私に向き直り、皺と痘痕で覆われた醜い顔を見せた。

「私もマテリアライザーで出撃します」

「当たり前じゃ。もっとも、未だ物質化能力は使えんがな」

「私なら飛ぶくらいできるでしょう。それに、実戦の刺激でマテリアライズが機能する可能性もあります」

「それを期待しておる」

 私は上着を脱ぎ、背中についたマテリアライザーを装着するためのマウントを露出させた。自分の背中の肌から直接金属のマウントが生えているというのは面白くないが、もう慣れている。それ用に設計したツナギも着ているのだから不快さもない。

 台座にのぼり、マテリアライザーの接合部に背中のマウントを押しあてる。カチャリという金属音と共に、マテリアライザーが自分の身体の一部となった感覚が走る。

「センサーの付け直しに少しかかる。しばし待て」

「そんな物、ラヴァーズはすぐそこに来ているのですよ!」

「マテリアライザーに新しい反応があったとして、計測が出来ていなければ再現できんかもしれんのだぞ! センサー無しで飛ぶことは愚かじゃ」

「だったら早くして下さい!」

 背中のマテリアライザーが私の感情に呼応して輝く。同時に体温が上がる。

 マテリアライザーは現在、二つの銀色の筒状で安定している。ナイトバトラーを半分にして縮尺を変えたような恰好だが、似ているのはただの偶然だ。大きさは直径三〇センチ、長さ三メートルといったところか。これが装着者の意識に応じて力を発揮する。

 今も自制していなければ、研究室ごと吹き飛ばして飛びあがっていただろう。

「間に合わず命が無くなれば、研究もないのですよ」

「言ってる間に終わったわ。ハッチひらけい!」

 助手の一人がスイッチを操作し、ドックに面した壁の一面が大きく開く。私はあふれ出る力をごく僅かに下へ向け、ホバリングしつつ外へ飛び出した。


「ブモン・ハン、聞こえますか。マテリアライザー出撃しました。状況は」

『ご苦労。こちらからは敵機は見えない。アリスタトルの天文台は一〇機の大気圏突入を確認したのち、見失ったとのことだ』

「了解。こちらから出向く必要はありません。索敵しつつ本隊はアカデメイアから離れないで」

『それは俺が命令する事だ。素人は口を出さずうしろで見ていればいい。無人偵察機を四方に飛ばしてあるからそろそろ見つかるはずだが』

 アカデメイアは警報が出され、全市民がシェルターへ避難を開始している。といっても上から見る限り、避難完了まではかなり時間がかかりそうだ。交通も半分麻痺しており、かなりの混乱が伺える。

「遺跡には首都を覆えるドームバリアーがあったでしょう。あれはどうしたんです」

 その声には、ヴィントルードのしわがれ声が答えた。

『いま起動させておる……が、出来るとしても時間がかかる。まだ一度しか成功しておらんのじゃから期待してくれるな』

『ちっ、使えん爺さんだ。核が使えんじゃないか』

『それとレオナールに無茶はさせるなよ。マテリアライザーを失うわけにはいかん。ましてやラヴァーズに盗られるのは断固として許さんぞ』

「敵母艦の場所はどこなんです?」

『不明じゃ。惑星の裏側か、衛星の向こうか、この星系に入ってきているのは間違いないが』

『おい……居たぞ。全隊東を見ろ! 横陣にて当たる! バトラースタンバイ!』

 東を見ると、確かに敵機が目視できた。

 すでに数十キロの距離にまで迫っている。青く柔らかな機体デザインは確かにラヴァーズの物だ。おそらく、我々の知らないラヴァーズ独自のステルス技術で近づいたのだろう。彼らの技術は我々よりも進んでいると聞く。

 低く飛ぶその機体から、ミサイルが飛ぶ。まっすぐ街へだ。

 バトラーの機首機銃がそれを撃って、空中で大爆発がおこる。

 それを合図に、空中戦が始まった。




「なに? 地震?」

 ドドドドン、と響く音がした。あたしとソフティは驚き、取りあえず手近な手すりを抱えこむ。

「上の方から聞こえたから、地上でなにか爆発したんじゃないでしょうか。あまり揺れませんし」

「何かって、何が?」

「たぶん、なにか危ない物です」

 ソフティは遺跡の外を見ようと目を探らせる。窓のない建物中心付近のここからじゃ当然見えるわけがないのだけれど、分からないとは怖いことだからついつい見ようとしてしまう。

「とりあえず先生たちに追いついてみよ」

「そうしましょう」

 さっきまでの気だるさも忘れ、あたし達はかけ足で集団のあとを追った。

 走っている間にもつづいて、さっきと同じような音が散発的に響いた。なにかが誘爆しているというわけじゃなさそうだけど、とにかくなにか起こっているらしい。花火の予定はないはずだし。

 揺れは少ないが、不安にさせる。

「このピラミッドの中にまで響くって、尋常じゃないよ。変な実験でもやったのかな? マンガみたいにドカーンって」

「そうですね、ただの事故だったら良いのですけど」

 事故だったら死人が出てるだろう。縁起でもない。

 つるつるの石でできた廊下だ。むだに広くて薄暗く、急ぐと足を滑らせそうになる。それでも頻度を増してゆく爆発音に急かされ、あたし達は走った。

 いくつもの壁画や像、よく分からないものが展示されている部屋を突っ切る。この辺の区画は博物館のようになっているのだ。異星人の考えることはよく分からない。

「どうしよう、はぐれたのかな?」

「ハァ、ハァ、そうみたいですね……ここまで来て、追いつけないってのはおかしいです」

 先生たちも同じ方向へ走って逃げてたとしても、人数が多ければ足は遅くなるはずだ。

 他の経路は見当たらなかったけど、迷ったのかもしれない。この遺跡は無駄に広いから、はぐれるというのは一大事だ。探索初期には遺跡中で行方不明になり帰ってこなかった者もいるという。

「ごめんね、あたしがサボってたせいでソフティまで」

「いえ、それより……」

 ソフティは足をゆるめると、セル端末を取りだして操作した。空中に展開されたディスプレイが薄暗い遺跡の壁を照らす。

「そっか、忘れてた!」

 あたしも急いで自分のセル端末と、電話を取りだす。右手と左手にそれぞれを持って電波を確認する。セルはやはりだめだった。

「だめです……やっぱり、ここは壁が厚すぎて電波が繋がりませんね」

「大丈夫、あたし、電話持ってる!」

 あたしは電話を操作しながら、ソフティにも見えるように持った。けっこう大きく、金の延べ棒くらいのサイズがある。

「電話……あ、もしかしてそれ、船員電話ですか?」

「うん、お父さんがね……とにかく、これなら遺跡内でも繋がるよ」

「すごいですね。どこに発信するんです?」

 本当はいつも携帯していたのだが、ソフティやクラスのみんなには見せていなかったのだ。普通持てるものじゃないし、市長の娘だって事をことさら強調したくもなかった。

「お父さんの所。でも使うの初めてだから、ちょっと待ってて」

 あたしは本体に印字してある解説に従って、アンテナを展開した。半畳くらいの折りたたまれていたフィルム状のアンテナが平たくひろがり、電源が入る。アンテナ部を分離して床におくと、アリスタトルが停船していそうな方向にアンテナを向けた。

 本体の表示を見ると、電波は弱いが十分に通っている。

「よし、入ったよ!」

 記録されている連絡先リストから市長を探す。船長室、ブリッジ、機関室などものものしい文字が躍っている中に市長というのを発見し、ダイヤル。

「お父さん、もしもし? もしもし?」

 数瞬の遅延のあとに、お父さんの声が聞こえた。

『うん、この番号は……おおアイか! 心配していた、無事だったか!』

「うん、今シルビア遺跡の中に居て、爆発みたいな音がしたんだけど……」

『遺跡の中にいるのならそれでよい、出てくるな! 中にシェルターがある。ほとぼりが冷めたら迎えを使わすから隠れていなさい。私はいま会議中だ』

「ハルオは?」

『わからん。とにかく隠れてなさい、いいね』

「わかったけど、何があったの? 事故? テロなの?」

『戦争だよアイ。ラヴァーズがついに来よったのだ』


 さらにしばらく歩くと、研究区画にあたった。

 研究室の集まっている区画はちょうど良い大きさの部屋が便利に配置されているためにそう使われているだけで、シルビア人が何を意図して作ったのかは分からない。人類由来のごちゃごちゃした機材が詰め込まれ、たくさんの人がここで仕事に従事していることがわかる。

「人、いないね」

「おかしいですね……避難なされたんでしょうか」

 適当な部屋を覗いて見るも人影はない。急いでいたのか、いろんな物が散らかっている。

 迷う余地もなくまっすぐ来たはずだが、どうもわからない。

「そうみたい。どうしよう、人が逃げたあとって事はここも危ないって事だよね……」

 ソフティは難しい顔で室内を覗いている。

 見回してみても機械があるだけで、シェルターがどこにあるかなど書いていない。せめて地図でもあればいいのだが、機密だからおいそれと置いてあるものではない。

「おーい、誰かいませんかー!」

 廊下で叫ぶと声の反射だけが寂しく帰ってきた。

「おーい、おーい! 助けてくださーい!」

 二人で叫びながら歩く。人がいる気配はない。

 と思ったら、人影が動いた。数十メートル先の部屋だ。

「なんじゃ貴様ら、学生か! 騒ぎおって!」

 しわがれ声。老人だ。

「ソフティ、居たよ人! いたいた! はい、あたしたち学生です。はぐれちゃって、戦争だっていうから……」

 あたしは走って近づいた。

 その老人は車椅子に乗っていた。

 車椅子は蜘蛛のようにうごめいた。八つの足があり、それぞれの先端に車輪が付いている。それらが動くたびに金属の擦れる音がなり、スプリングがきしむ。老人の足は車椅子の中で折りたたんでいるのか、外からは見えない。操作をしている様子もなく車椅子は随意に足を動かしている。

 そしてその顔にアイは見覚えがあった。

「ヴィントルード・エクスパンダー……!」

 ソフティが追いつき、その名前を言った。

「いかにも儂じゃ。ガキどもは邪魔をせずシェルターに入っていろと言ったはずじゃが」

「ああ、研究所長の……」

 よくニュースで見る老人だ。父の付き合いでも顔を見たことがある。

 この星へきた研究員たちのリーダーであり、植民計画の提案者だ。たび重なる延命処置と圧縮記憶法と冷凍睡眠のため身体はひどく萎び弱っているが、現人類のなかで最高の頭脳を持つ人間の一人といわれている。

「この緊急時に儂の邪魔をするでない。さっさと何処かへ消え失せ……」

 と、博士は言葉を止めて目を細めた。見えているのか見えていないのか分からない、白く濁った瞳がグリリと動く。

 車椅子の車輪が回転して車椅子が加速し、反動で老木のような胴体がのけぞる。それはあたし達のすぐそばへ近づいた。そして食いいるようにあたしとソフティの体を、上から下までぐるりと睨めつける。

「あ、あの……なんでしょう」

 遠慮のない目。いやらしいものではない。この老いた博士に性欲などという温度のあるものは感じられない。

「よし、中に入れい。気が変わった。貴様らで試してやる」

「は、はあ?」

「早く来んか! 急がんと貴様らの家が焼けてしまうぞ!」

「ちょっと、やめてください……」

 あたし達はとっさに身を引いたが、予想外に力強い手に捕まえられ、博士の出てきた研究室へ引っ張りこまれた。




 私は空の上で、焦っていた。

 まずい。

 ラヴァーズの青い機体は、こちらのナイトバトラーを圧倒していた。数の上では一二対一〇であり我々の優位のはずだが、その程度の差はまったく足しにならなかった。

 機体性能が違いすぎる。加速も違う。旋回性能も違う。最高速も違ければ兵装も負けている。人類とラヴァーズでは科学技術に差があるというのは知っていたが、目の当たりにすると信じられない。

 最初見たときのあれは青い円盤だったはずだが、戦闘に入るとその形状は円盤に限定されなかった。滑らかな液体のように形状を変え、常に理想の空力を手に入れていた。旋回時はマンタのように翼を広げ、直線加速では涙滴型になりつつ尻尾を速度に応じて伸ばす。ジェットノズルのような物はときどき見え隠れするが、それも自在に大きさと向きを変えている。いったいどのような原理と技術が使われているのか。

 兵装はレーザーとミサイルを見た。どちらも必要なときだけ顔を出すから全体がつかめない。出力が上下するのは、本気を出さずに絞ってあるからか。

 そのうえ向こうは街に被害を出さないようにと配慮して攻撃している。いや、ほんとうに街を心配しているなら場所を変えるだろうから、振りだけだろうが、とにかく住宅にミサイルが落ちるのはナイトバトラーがミスをしたときだけだ。

 対空火砲はカモフラージュを解いて撃っているが、まったく当たらない。とにかく避けられる。ミサイルも惜しげなく放たれるが、奴らは電磁波シーカーを誤魔化す方法を持っているらしい。

 今まで五分間、持ちこたえているのが奇跡に思える。

 ブモン隊の腕はいい。機体性能がこれほどまで違うのにも関わらずいまだ持ちこたえているのだ。この大空中戦の中で一機も撃墜されていないどころか、機銃で狙うため背後を取ることすらある。精鋭だというのは嘘ではなかった。

 しかし、と私は歯噛みをした。

 このままでは押し切られる。

 思案している私に、敵機が迫ってきた。

 私は速度を増し振り払おうとする。

 だがいくら速く移動したいと精神を集中しても、速度は出なかった。

 押されている理由の一つが私だ。大きな戦力として数えられていたはずの私の、マテリアライザーの調子が悪いのだ。

 青い機体がすぐ後ろについた。私は出力を上方に向けつつマテリアライザーを翼のように広げ、宙返りして左下へ旋回する。しかしラヴァーズの機体はぐにゃりと平たくなり、なんなく機動についてくる。

 旋回をおえた私に、一〇〇メートルの近距離からレーザーが照射される。

 避けられない。

 一瞬皮膚が硬くなったような感覚、大きなかさぶたができて消えたような感覚をおぼえる。身体にバリアが張られ、レーザーが吸収されたのだ。私の意志ではなく、マテリアライザーによって強化された防衛本能だ。

 敵機は私を追い越しざま出力を上げたレーザーを再度照射してくるが、それもバリアは吸収した。

 背後を見せた青い機体に、私は敵意を向けた。攻撃し、打ち落としたいという思いがマテリアライザーに伝わり、攻撃手段として具現化する。

 振り上げた右手から光線が放たれた。

 だが、弱い。確かに掠りはしたが、まるで効いた様子がない。サーチライトで照らした方がましなほどだ。

 私は唇を強く噛んだ。

 いつもならばナイトバトラー十機分の働きはできたはずだ。事前のシミュレーションでは、ナイトバトラー隊が敵戦闘機隊と拮抗する戦力であるから、私がいる分こちらのほうに分がある、という計算だった。

 しかし今日に限ってマテリアライザーは私の思うとおりの性能を発揮してくれない。バリアはまだ張れる。だがそれ以外がまるでだめだ。

 どうしたというのだレオナール。

 私は何事も見事にやってみせる女のはずだ。

 意志によって機能を現出するのがマテリアライザーならば、私の意志が弱っているのか? わからない。わからない間にこの星はラヴァーズに蹂躙される。

 その先にあるのはなにか。

 フォールオブザムーンの二の舞だ。

 それだけは嫌だ。避けなければならない。このシルビア星植民団のためだけではない。人類全体のために。

 このマテリアライザー、そして適合した私はシルビア星研究の第一の成果だ。つまり、異星技術をこの身に宿しているということだ。しかもこのとおり、兵器転用までできているというのに。この体たらくはどうしたことか。

 マテリアライザーの本来の力はこんな物ではないはずだ。それを引き出せない自分が歯痒い。敵が強いというのもある。だが、これでは申し訳がたたない。

 噛んだ唇から血が滲む。

 考える間もなく、ラヴァーズが襲いかかってくる。とにかく、私は回避運動をとった。

 



 その研究室はひどく広くて天井も高く、大がかりな実験施設といったふうだった。一辺が三〇メートルの立方体に梯子やら空中廊下を渡してあり、その中心には球形の白い物体が鎮座している。

 残っていないと思っていた研究員はここにはたくさんいて、忙しそうに作業をしていた。これだけ騒がしければ外から気づいてもよかったのに、あたし達も間抜けだ。

 あたしとソフティは痕がつくほどきつく腕をつかまれ、そこへ引っ張りこまれた。

「おい、フリー起動シークエンスは中止じゃ! もうよいやめい! どうせ何回やっても同じじゃ。人体適合アプローチに入る! 準備せよ!」

 ヴィントルードがしわがれ声を張り上げると、研究者たちが一斉に手を止めて注目した。

「博士、それはどういう……」

 白衣たちのなかでも比較的上の立場にいるらしい一人が前にでてくる。

「この学生二人が志願してくれた。適合を試す。儂の勘はいけると言っておるぞ。急げい!」

「りょ、了解しました。一分で準備いたします」

 それを見ていた研究員達は訝しみながらも手元の作業を放りだし、急いで新しい仕事をはじめた。

 あたし達二人が志願してきた様子でないことは研究員達にも見て取れるはずだし実際目線が怪しんでいるが、白衣たちはこの博士には逆らえないようで、いいなりだ。

「ちょっとまって、あたし達志願なんか……」

「そうですヴィントルード博士!」

 その声に博士の眉根はひん曲がる。

「街が蹂躙され壊し尽くされても良いというのか! 貴様らも調査船の一員じゃろうて! よいか!」

 ヴィントルードは壁面にある端末を、痙攣しているのか狙ってスイッチを叩いているのか区別できない手つきで動かし、大きなディスプレイに映像を映し出した。

「見よ! 今のアカデメイアじゃ! 燃えておる!」

 大映しになったのは、確かにアカデメイアだった。ピラミッドの頂上から映したものだ。

 火の手が上がっている。北に一箇所、東に二箇所。ひとつは学校のすぐ近くだ。まるでクレーターのように地面が削れ、その周りの住宅が燃えている。

 道には飛ばない車が溢れ、ホバーも超低空を飛び交っている。避難しているのだ。が、混乱している様子だ。避難訓練もやっていないのに秩序だって逃げられるわけはない。

「ラヴァーズのミサイルじゃ。当然これは序の口に過ぎん。戦いは続いておる」

 そのとおり、上空ではドッグファイトが繰り広げられていた。一方の戦闘機はアイにも分かる。イエローストーン星からアリスタトルに積み込まれてきた最新鋭機、ナイトバトラー。赤い色で塗られたタイプだ。

 だが、それと戦っている戦闘機はわからない。曲線的ないでたちで、青い色をしている。機械らしくない美しさだ。

 上空での撃ち合いは地上にも被害を与えていた。流れたレーザーが周りの森を焼き、ミサイルが地面を穿つ。都市内もそれが当たってのことだ。

「あ……あれ! ハルオ! ちょ、ちょっとズームしてここ、学園の下の道路」

「アイさんの弟さん……ですか」

 あたしもソフティも目を見張った。

 ヴィンドルードは鼻を鳴らしつつ痙攣する指でトラックホイールを回転させ、あたしが指さした場所を別ウインドウで拡大表示した。

 そこには、中等部の学生が路上に集まっている姿があった。

 歩いてシェルターまで避難しようとしているらしい。しかし道は人と車で埋まっていて、なかなか前に進めない。そのすぐ傍ではミサイルを撃ち込まれた痕が燃えている。

「そんな……あそこに流れ弾が行ったら……」

 弟もろとも、百人の人が死んでしまう。今にも。

 いや、既にたくさんの人が死んでいるのかもしれない。だってあんなクレーターになっているのだ。一箇所で家の十軒は吹き飛んでいる。

 と、味方のナイトバトラーの一機が煙を噴き、速度を落とした。そこに白い敵機からレーザーが走る。そのナイトバトラーは部品をまき散らしながら、慣性の法則に従って真っ直ぐ、公民館の上へ落ちた。

「お、落ちたの……?」

 公民館は潰れ、爆発した。ここにも音が聞こえる。中に人が居たかどうか、それは分からない。だけれど避難を考えれば公民館に集まるのはごく自然なことだ。ということは、あそこにはたくさんの人が入っていたかもしれない。ここの映像からは判別できない。

 また赤い戦闘機が墜落した。今度は都市の外、実験農場の方へ不時着する。

 ナイトバトラーは苦戦している。それがわかった。

 よく見れば、青い方はスピードが全然速い。人類の最新鋭機は互角に戦えていないのだ。いずれ押し切られてしまう。

「もう十分じゃろうて!」

 ヴィントルードはしわがれ声をあげた。

「いま儂らは、街を覆うバリアーを展開しようとしておる。民衆を守るためじゃ。だが上手くいっておらん。諸君の協力でアカデメイアを救える可能性がある。こう言えば良いじゃろう!」

 ディスプレイが消され、あたしとソフティは顔を見合わせた。

「で、でもでも……」

「アイさん、逃げましょう。この博士は危ない人です」

 それを聞いて、ヴィントルードの眉がつり上がる。

「で、でも、街が危ないって……」

「関係ないことです。それに、行きがかりの女子高生二人が街を救うなんて、そんなお伽話のようなこと、信じられません。映像も作りものです」

 ソフティの手があたしの腕をつかむ。あたし達は半歩ずつヴィントルードから離れ、ドアへ寄っていった。

 信じられないというのは言われてみれば当たり前だ。あたしとしては街の安全より自分の身の安全を心配すべき場面かもしれない。この博士は悪役面だし、研究員は男ばかりだ。

「う、うん、確かにそうよだね、ごめんなさい博士さんっ!」

 扉まで後ずさったあたしは取っ手を横に引っ張った。しかし、開かない。ぶ厚い金属の扉はしっかりと固定されている。

「鍵がかかっておる。諦めよ」

 ヴィントルードは車椅子をゆっくりと動かし、近づいてきた。

 ソフティは物怖じせず、ポケットをまさぐり何かをとりだした。

「アイさん、下がってください!」

 銃だ。手のひらサイズのレーザーだ。

「ハッハッハ、この研究室はそんな低出力レーザーで壊せるようにはできておらんでな!」

 ソフティの指がトリガーを引くと、照射された点の金属が光り輝いた。

「……うぬう?」

 重い扉はレーザーの高熱で細く溶けるてゆく。その線が鍵の引っかかる部分を切断するために縦線を描く。

「おい、誰か! こいつらを捕らえよ!……小娘があ!」

 ヴィントルードの車椅子がモーターの唸りをあげて向かってくる。

 レーザーが扉を縦に割れた。その半分を蹴り飛ばして隙間を開けたソフティは外へ出る。あたしもそれに続いて出ようとする。

「逃さぬ!」

「あうっ」

 が、間に合わなかった。ヴィントルードの腕がお腹に回りこみ、抱え上げられてしまう。

 振りほどこうとするが、できない。枝のように細く枯れた腕なのに、驚くほど強い力だ。なんという老人だ。

「ちょ、ちょっとやめてよ!」

 骨ばった体を殴っても、老人の力は揺るがない。痛みを感じていないとしか思えない。そのうちに両手とも捻り上げられてしまった。

「ソフティ、一人で逃げて!」

「そんな……」

「あたしの事はいいから!」

「……わかりました。助けを呼んできます!」

 ソフティは一度あたしの目を見ると、全速力で左の方向へ駆け出した。

 ヴィントルードは白衣の一人に目配せして、出入り口のシャッターを閉めさせた。内側の扉が壊れていてもシャッターが閉まっていれば、もう外に出られない。

「……まあよいわ。どうせ二人分ともを試す前に戦闘は終わる」

「女の子をとじこめてどうする気よ! こら離せー!」

 あたしは手足をジタバタさせてみせる。ヴィントルードはまったく意に介さず、あたしの身体を肩に担ぎ直した。スカートがめくれるのを必死に手で隠す。

「手間をかけさせるな。取って食おうというわけではない。街を守るためにやっておるのだ。おい、適合アプローチは開始できるな?」

「は、はい、既に準備はできております」

 さっきの研究員が答える。

「ねえちょっとアンタ、助けてよ! か弱い女の子がこうやって助けを求めてんのよ! 何とも思わないの!」

 いかにも研究員と行った風情のその男はアタシとヴィントルードを交互に見て少し逡巡したかと思うと、後ろを向いて行ってしまった。

「そ、そんなぁ……」

「時間は無いぞ! マテリアライザー刺激開始! 思念増補装置起動!」

 ヴィントルードはあたしを抱えたまま部屋の中心、すなわち中空の白い球体を目指した。車椅子の八つの車輪が独立して動き、鉄階段をのぼる。

「離しなさいよっ、このっ!」

「貴様と遊んでいる暇は無い。おいそこの二人、この娘をコンタクト部に縛り上げろ」

 白い球体の前でチェックボードを持っていた若い研究員二人は指名され、狼狽した。

「いえ、しかし……」

「しかしではない! 緊急時なのだ。貴様らの街が破壊されようという時に是も非もあるか! 早うせい!」

「「は、はい!」」

 あたしの身体は荷物かなにかのように受けわたされ、運ばれた。

「ちょっと、どこ触ってんのよ! 痴漢! 変態!」

「す、すいません」

 謝るのならやめてくれればいいのに、研究員はやめなかった。

 白い球体の正面に連れてこられると、それが思ったより大きいことが分かった。人の身長三人分くらいの直径がある。それがケーブルやら機械やらで覆われている。足場は球体の下半分を取り囲むように据え付けられているため、直接手で触れそうだ。

 そしてその正面には十字架がある。球体と同じ真っ白な十字架。やはりたくさんの機械で埋め尽くされており、その機械の中には椅子が含まれていた。その角張りかた、過剰な機械による装飾は、いけにえを捧げる祭壇を思わせた。

 急に前が見えなくなった。なにかを被せられたのだ。ヘルメットだがひどく重くて、顔もすっぽりと覆われてしまう。まっくらだ。

「ちょ、やだ取って! 取ってよこれ!」

 もはや答える言葉は聞こえなかった。彼らはあたしの意志に関係なく、粛々と仕事をつづけることにしたのだ。

 ようやく身体を降ろされた。

 それは椅子だった。固くて大きな石の椅子だ。つるつる感が遺跡の石材を思わせる。さっき十字架の前に見えた椅子だ。

 あたしの手が肘掛けを探ったとき、シャコンという金属の擦れる音がして腕が拘束された。太い肘掛けから手錠が生えたのだ。

 腕を引っ張る。かたく固定され、動かせない。

「待って、何これ! あたし、今から何されるの! ねえちょっと、お願いだから何があるのかだけでも教えて、ねえ、ねえ!」

 大きな機械が組み合わさり重い軸が回転する音がひびく。それは明らかに中心に位置する、この椅子のために動いていた。

 頭のヘルメットが固定される。気づくと、足も腕とおなじ輪っかで固定されていた。完全に拘束されている。動けない。

 外の戦争の音はいよいよ激しくなり、たまった冷や汗が背中をつたう。

「よいか、街を守ることだけを考えていろ。思念増補装置接続! 続いてマテリアライザーへのアプローチ開始!」

「いや、いや、いやあああ!」

 目の前が急に明るくなり、なにも見えなくなった。




 ついに一機が撃墜された。

 ナイトバトラー八番機だ。善戦していた。技量もあった。だが、パイロットの精神力が尽きたのだ。もう空中戦が始まって8分になる。

『マリス! おい、マリース! ちくしょう、ちくしょう!』

 ブモン隊の一人が欠けた。ブモン隊はひとりひとり固い絆で結ばれている。これで彼らの士気は落ち込んでしまった。

『くそ、ようやくラヴァーズと果たし合えるというのに! 無念を晴らせるというときに! くそっ! ヴィントルード、ドームバリアはどうした! おいヴィントルード聞いているのか!』

 ブモン・ハンの焦燥した声がインカムから聞こえる。私だって怒鳴りたい気分だ。

『もうミサイルも弾もきれる! どうにかしてくれ! おい聞こえているのかヴィントルード!』

『ハハハ、ははははは!』

 笑い声が聞こえた。

 私は、ついに狂ったか、と思った。

 ヴィントルードは偏執狂的な科学者だ。何百年も科学の進展を見たいがために生きながらえ、ついに有望な異星種族の惑星が発見されるやいなや全権力を駆使して植民をともなった大調査隊を組織してしまうほどだ。その老人がラヴァーズに脅かされる段になって思い詰め発狂する、というのはいかにもありそうに思える。

 あの老人に特有の耳障りな笑い声がインカムにこだまする。

『ハッハッハッハッハ! おい、貴様ら見ておれ! ピラミッドの頂点を! 最高だ、今日は最高の日だ! 科学史上に残る最高の日になるぞ!』

 いや、狂ってはいない? 判断に迷う。ドームバリアを張れたというのではなさそうだが。

 私はなにがなんだか分からず、戦闘機動をとりながら横目でピラミッドへ目をやった。

 頂点が光をはなっていた。

 


8 


 光の中、夢か現か、アイの心にはなにかが映しだされていた。

 なにか動くもの。

 生きているもの。

 成長するもの。

 子孫を残すもの。

 エネルギーを摂り、動き、身体を大きくし、自分のコピーを残して土に還るもの。

 生命。

 違う、それは本質にすぎない。

 多くの装飾のなかに隠れたひとつの芯にすぎない。

 わたしたちが繋がれている綱がしっかりと結わえられた先の頑丈な杭にすぎない。

 アイが見ているのは、ヒトだ。


 はじめ、それは猿だった。

 静かな夜の岩場に、猿たちが集まっている。乾燥した不毛の地で、谷になっている。火をかこんで暖をとっているらしい。数十匹はいるだろうか。

 群れには様々な猿がいる。毛づくろいするもの、石を拾うもの、火をながめるもの、棒を振りまわすもの。

 これは人間の先祖だ。数百万年前、人間が地球で誕生したときの光景だ。まだ脳の容量もすくなく原始的だが、たしかに考える心をもった人間だ。

 石を拾っていた猿は気に入った石を見つけると、木の棒に結びつけはじめた。器用ではないが、どうにかツタらしきものを使って縛りつけた。

 それを振る。石はしっかりとくっつき、遠心力で外れることはなかった。それは斧か石鎚のようになった。猿はそれを手にし、満足げに月を見る。

 暗転。

 舞台が変わった。

 そこはギリシャだった。

 人々がいた。

 そこには科学が芽生えていた。

 物質の根源をさぐる人がいた。覇道をとなえる者がいた。神を想う人間がいた。

 それは拙い考えだったかもしれない。正しくないかもしれない。今考えればお笑いぐさの内容だったかもしれない。

 だがそれは光明だった。

 人を大きく前進させるための礎だった。

 そこで石塁を積んでゆくための頑丈な基礎が生まれた。

 ふたたびの展開。

 宇宙だ。

 地球が見える。月が見える。一番最初の太陽系、その地球衛星軌道上にアイはいた。そこに浮いているのはいくつかのドーナツ型の宇宙ステーション。ごく初期のもので、安全性の低い半開放型だ。

 ステーションのひとつに宇宙船が接舷している。アリスタトルに比べればまったく頼りないほどの大きさしかなく、エンジンも金属水素を必要とするタイプ二機をおしりにつけているためその船体の大半は燃料の搭載に費やされている。一〇光年の旅に一〇〇年はかかるし、速度が光速のレベルまで達しないから主観時間もそれほど短縮されないだろう。今よりずっと危険だった冷凍睡眠をしてもたどり着けるかどうか。

 そんな宇宙船が、いま出航しようとしている。

 舳先を真っ暗な外宇宙に向け、長い長い旅路を始めようとしている。

 アイはその宇宙船を知っていた。歴史の教科書に載っている、常識的な知識だ。グレート・パイオニア。はじめて太陽系外への植民を目指した船だ。

 グレート・パイオニアは多くの人に見送られ、細長い噴流を吐き出しながら弱々しく加速をはじめた。


 反転。

 光景は巡り巡った。宇宙に広がる人類。荒廃する地球。ラヴァーズの出現。戦争。星系間の断絶。新しい病気。痩せた惑星。光速の壁。それでも人は止まることを知らなかった。人は明確な意志をもって広がりつづけた。知性、暴力、母性、強欲、様々なものを内包しながら。

 そして光景はシルビア星にいたった。

 そこでアイが見たものは、人だった。

 アイはすべてを見透した。

 アイは自分の背後に力を感じた。大きな、とても大きな宇宙のような存在を感じた。そして実験室での出来事を、ヴィントルードにされたことを前世の記憶のように思い出していた。

 あの白い球体、それと自分は接触して、取りこんだか取りこまれたかをしたのだ。この感覚はそれゆえだろう。とアイは感じた。だが言葉ではっきりと考えたのではなかった。曖昧でもやがかかったような、言語化できない思考がそう感じたのだ。

 その力は視力を持っていた。いや、視力などという生やさしいものではない。なにもかもを見通してしまう眼。電磁波に頼らないもっと根本的なシステムを持っていた。

 アイは見透した。

 様々な人がいる。科学を追い求める者。愛を与える者。武力にとりつかれた者。強欲をこととする者……

 人だ。人が見える。

 人がアカデメイアを燃やしていた。戦いがおこり、武力が暴力となってぶつかり合っている。

 正義と正義がぶつかり合って人が死ぬ。傲慢と強欲が重なり合って人を殺す。人の作った科学が人を産み育て、自ら刈りとっている。

 ここは地獄ではなかった。すべて人が人を思ってのこと。良くあれと思ってのこと。

 それはラヴァーズも変わらない。人も、ラヴァーズも、みな良かれと叫んでいる。

 アイにはそれがひどく悲しく思えた。このすれ違いから、人々を助けてやりたいと思った。

 それらすべてを包み込んで、なだめて、争いなくしてやりたいと思った。

 アイにはその争いが無駄なことがわかる。眼が、人の考えも見せたからだ。すべてよく話し合い考えを合わせれば、みなひとつになれることがアイの眼にはわかった。

 分かり合いたい。不信と争いが生まれるこの世を、安らかに包み込みたい。

 思いが凝集し、ひとつに固まった。

 アイは自分の意志が、物質化するのを感じた。




 レオナールは自分の目を疑った。

 見たことのない光だった。

 赤でも青でもなく、黒でも白でもない。全ての色が重ね合わさっているような色をしている。他のすべてのものを色褪せさせるように強烈だが、同時に目をつつみこむように優しい。巨大でありながら、同時にとらえどころがない。

 あえて表現するならば、一点に集中した虹。いや、千の色に輝く宝石が発動したかのような光。

 いや、あれは光ではない。可視光であるはずはない。電磁波ですらあり得ない。なにか心に直接浸透してくるものだ。

 空域は光に包まれた。街も、街をとりかこむ岩場も、ナイトバトラーも、ラヴァーズの戦闘機も、私も、マテリアライザーも。何もがピラミッドの先端から発した光に取り込まれた。

 動くものはなにもなかった。すべてが蜜蝋のなかへ沈んだかのように停止した。

 その時間がどのくらい続いていたのか、知る術はない。

 いや、インカムに表示された時計を見ればそれが実時間にして一秒に満たない一瞬のことであったことは分かる。だが、その時間から外れた時間が、物理からはなれた特異な時空間が現出していたのだ。その一瞬間は、たしかに長く感じられ、一分なのか一時間なのかわからぬほど遅くすぎた。

 私はそれを慟哭の目で見ていた。

 だが、それは兆しに過ぎなかった。

 その光がやみ時が動きだしたとき、それが現れた。

 光が呼び水となったのかもしれない。だが、光とは別物としてそれは現れた。

 巨神。

 畏怖の念を感じずにはいられない巨大人型構造物。

 それがゆっくりと頭を出した。

 ピラミッドからぬるりと熔け出すように、奈落から持ち上がるように。固く何物もよせつけなかったピラミッドの石材がまるで液体のように作用し、地下深くに眠っていたものを透している。

 その登場はまるで重量感が感じられなかった。音もない。慣性の反動も、振動もない。不気味に静かで良からぬ性を思わせる。ゆっくりと、だが滑らかにそれは視界の下から上へとスライドしてゆき、全身を現した。

 それは黒かった。いや、ところどころが亀裂のように赤い。赤黒いのだ。溶岩を思わせるその赤い亀裂は火のように揺らめき、明滅している。溶岩から抜け出てきたばかりのようだ。

 足と腕は円柱形で、肘膝の関節はなく胴体もほとんどない。見方によっては四本の柱が束ねてあるだけにも見える。

 上昇が止まると、巨神を中心に衝撃波がおそった。

 空気の津波に空域の戦闘機は振り飛ばされ、建物が悲鳴をあげる。巨神の体積に押し出された空気が逃げ場をもとめて周りに発散したのだ。

 同時にバリアが張られた。

 目に見えるほど強力な空間断絶。

 私の皮膚に張られるバリアとはまったく規模が違う。ドームバリア。以前いちど見たもの以上の大きさがある。中心はピラミッド、則ち巨神の足下で、何十層にも重なっている。最外層は地平線にまで及んでいるのではないか。

 バリアは石材からマテリアライザーにいたるまでシルビア遺跡の遺産技術にひろく見られる特有のものだが、これほどのものは見たことがない。

 重層したバリアはレーザーもミサイルも、高射砲の砲弾さえ吸収した。

 勢いを殺しきれずバリアに衝突した戦闘機は、消失した。機体自体コンクリートに激突したように潰れ分解するのだが、そのあと残り飛散するはずのパーツはすべてバリアに吸収されてしまう。質量は失われ、物理の外に消え失せる。

 空中にいた戦闘機たちはバリアの層の狭間に閉じこめられ、慎重に二次元的な動きで飛んだ。パイロットはみな、戦闘を一時中断せざるをえなかった。私も自分のマテリアライザーを過信できなかったため、バリアに突入することはしなかった。

 私は高度を巨神の頭にあわせた。

 その顔に表情はなかった。口も頬もないのだ。表情のつくりようがない。

 あるのは目だけ。切れ長の、鋭く光る目のみが顔の唯一のパーツだった。

 巨神は最初動かないかのように思えた。不気味な重低音でうなり声を響かせ、人々に心の底から恐怖を呼び起こさせているが、なにもしない。

 私はインカムでコールをした。しかし応答がない。ヴィントルードの奇妙な発言を最後にインカムは沈黙している。巨神のバリアが無線を働かせなくしているのかもしれない。電波を遮断するタイプのバリアはこれまでも見たことがある。

 私がいちど地上におりようかと思案したとき、巨神はようやく動きを見せた。最初の現れたときとは異なる重い所作で腕を――地面に触れていない円柱二本のひとつを――角度にして三〇度ほど上げ、それを振った。

 それは空気を扇いだだけかに見えた。

 が、それは見当違いだった。

 一瞬後、戦闘機たちは吹き飛ばされた。

 波動、もしくはバリアの波。

 腕のひと振りがそのような衝撃波を作り出したのだ。

 誰も避けることはできなかった。見えないのだ、避けようもない。

 木の葉のようにふっとんだ戦闘機たちは回転しながらアカデメイア上空から遠く離れていった。遠くの黒い点となった彼らは墜落しただろうか。

 吹き飛ばされる途中にはドーム型バリアが遮ってあったはずだが、戦闘機たちは通り抜けて吹き飛ばされた。なぜだかはわからないが、わからないことだらけの今は気にしていても仕方がない。

 私が吹き飛ばされなかったのもだ。マテリアライザーだからと選択的に除外してくれたのだろうとは思うが、それ以上は考えが及ばない。

 巨神はそのまま静止した。

 私はずっと、巨神の顔の前で滞空していた。

 やがて通信が回復した。

 ラヴァーズの戦闘機は宇宙へ帰ったらしい。ナイトバトラーも帰投しつつあるという。

 私は起こったことが信じられぬまま、のろのろと研究室へ戻った。



10


「のちの応答はいかがでしょうか」

 その声に、後ろで控えていた私ははっとした。

 姫は玉座に座り、大窓に広がる星々とシルビア星をご覧になっていた。

 一・七天文単位離れているため、ここから見えるシルビア星は青く色の付いた点に過ぎないのだが、もう数時間もそうしていらっしゃる。戦闘は終了したとご報告申し上げてもそのままだ。

 広く明るいブリッジには姫のほか、参謀としてお仕えしている私しかいない。巨大な恒星間宇宙船とはいえ、ほとんどは自律行動に任せておける機械だ。動かすために多数の乗員が必要というわけではない。

 私は使い慣れた脳の一部分を使って船のメジャーマインドへアクセスし、ブリッジの床からディスプレイをせり出させた。そこに立体戦略図を表示し、指し示す。

「巨像は同じ姿勢のまま、沈黙を保っています。バリアも一度消滅してからは観測されません。熱、電磁波、ニュートリノ、全て静かです」

 戦略図には十四分遅れで、シルビア星中緯度に位置する植民都市が描かれる。光の速さに限界があるため情報はリアルタイムではない。小さく産まれたばかりの都市の中で、原始的なタイプの車両が細かく動いているのが見える。

「そうではありません。シシドウ殿との回線のことを聞いています」

「は……も、申し訳ありません。市長との回線には絶え間なく呼びかけを行っておりますが、戦闘終了後も相変わらず応答はありません」

 旗艦ゴンフレナは二隻の伴船と共にガス惑星の衛星の一つに身を潜めている。姫はこの星系に到達して直接シルビア星へ向かうことをよしとせず、一時身を潜めて慎重に先発隊を送ったのだ。

「アリスタトルは」

「同じくです。愚かにも我々の先発隊を退けたことで驕りたかぶっているのでしょう。少々マテリアライザーを動かしたとて、科学技術にくつがえしえぬ差があることに理解が及ばんのです」

「そのような物言いはおやめなさい。彼らとて同じ地球から生まれた人類なのですよ」

「ですが殿下……」

「ブルーバス! ことは外交的に進めたいのです。そのような差別意識は邪魔になります」

「……はっ、以後気をつけます」

「シンシアと話をいたします。ついてなさい」

「はっ」

 姫殿下は何時間ぶりかに玉座から腰をつっと上げた。それに伴って椅子は自動的に床へ吸い込まれる。

 そのまま姫は床を蹴り――床はそれに合わせて蹴り台を作り、すぐに引っ込んだ――無重力の中をしなやかに移動した。私もそれにならい床を蹴った。

 姫はうす青色の壁をていねいに蹴りながら、ブリッジすぐ下のケージへ向かった。そこは既に帰還したマルヴァが収まり、気密がなされている。戦闘で一〇機のうち三機が失われたため、七機だ。その七機も損傷がおおいため、整備ロボットがフル稼働で飛びまわっている。

 そのうちの一機、アンテナを付けたコマンド機に向かう。私はメジャーマインドを介して開放信号を送り、ちょうど姫が着地する直前にハッチを開いた。

「なによ、ブルーバス。今ちょっと忙しいんだけど!」

 シンシアはまだコクピットにいた。お菓子を空気中に食い散らしながら乱暴にレバーを動かしている。チョコレートを細長いクッキーにコーティングしたスナックだ。見えるだけで五箱。出撃前から食べていたからもっとかもしれない。

 やっているのはシミュレーション・ゲームだ。シンシアの操るシミュレーション機体は敵のシミュレーションが右から左から押し寄せる中をこれでもかとばかりに暴れ回っている。これでは訓練にならない。シンシアは難易度を低く設定してうっぷん晴らしをしているのだ。

 姫様は背もたれの上、電子機器の収まっているシェルに足を付けた。私はその後ろに控える。

「もう、どっか行きな! アタシ機嫌悪いんだからね!」

「シンシア」

 姫様が優しい声で言った。シンシアは驚いた顔で振りかえる。

「姫さま? ご、ごめんなさいアタシ……」

「シンシア、このように食べては身体に毒ですよ」

「は、はい、でも、だって――」

 シンシアは直結ケーブルを首からぶら下げたまま、姫様の足下にすがりつく。

「だってあんな巨人が出てくるなんて思わなかったんです。リモートを三機も壊しちゃって、怒ってますか? 分かって下さいますよね、姫さま?」

「良いのですシンシア、あなたが無事で安心しています。さぞ怖かったでしょうね」

「ねえ、許して下さいますよね? お願いします、ねえ姫さま……」

「もちろん、許しますよ。ご苦労でしたシンシア。少し部屋でお休みなさい」

「はい、ありがとうございます姫さま……」

 姫様が頭を撫でてやると、シンシアは猫のようにむずがる。

 私はタイミングをみはからって発言した。

「しかし、シンシアがマルヴァ十機を操って制圧できないとなると、私たちとしては安心しておれません。マテリアライザーの脅威もあります。参謀である私としましては……」

「ええ、もちろんです。ラネシアナを開放しましょう」

 シンシアがぱっと笑顔になる。

「姫さま! ラネシアナを使っていいの!」

「ええ、あなたにはまた働いてもらうことになります。お願いできますか」

「もちろん! まかせてよ、姫さま! 今度こそ負けないから!」

「ふふふ、期待してますよ」

 姫様ははしゃぐシンシアを最後に抱きしめてやると、シンシアをケージの出口へと送り出しなさった。

「して、ラネシアナは何機出しましょう」

「六機、全部です。組み立てて出撃までに何日かかりますか」

「……一週間ほどかと。技術者を冷凍睡眠から目覚めさせれば、もっと早くに済みます」

「それには及びません。イグノランツには一週間後で十分でしょう。今度は戦力に余裕があるのですから、確実に制圧するのですよ」

「はっ、姫殿下」

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