東西南北と小さな家
昔々ある所に、東西南北にそれぞれ四つの国がありました。
四つの国には王、そして女王がいました。
北の国は狼の国でした。
そこには狼の王がいました。
気に入らないことがあると暴れ回る、怒りっぽい王でした。
南の国は虎の国でした。
そこには虎の女王がいました。
人をおちょくるのが大好きで、皮肉屋で自分勝手な女王でした。
西の国は蛇の国でした。
そこには蛇の女王がいました。
プライドが高く、他の者に感謝などしたことがない女王でした。
東の国は鷹の国でした。
そこには鷹の王がいました。
感情の起伏が少なく、あまり何事にも熱心ではない王でした。
王と女王は、血のように赤い薔薇園の中で不定期にお茶会を開き、百日に一度は顔を会わすことを決めていました。
特に仲が良いというわけでもないのですが、先代の王と女王がやっていた風習だからという理由だけで、今も続けています。
そして、今日はちょうどお茶会が行われる日らしいです。
「虎!」
「何よ、うるさいわね狼?」
席についた途端、狼が虎に向かって怒声を浴びせました。
虎はその声のうるささから、両手で耳を押さえて答えます。
「前送りつけてきた大量の葱は何だったんだ!! てめぇ、喧嘩売ってんのか!?」
「あーら、あんた前葱が好きって言ってたじゃない。」
「どうやったら肉と葱を聞き間違える!? ふざけんな!」
「じゃあこれからは肉といわずミートと言ってくれる? そしたら聞き間違いもなくなるし、あんたが頭悪いことを誤魔化せるじゃない。」
「てめぇー!!」
けらけらと虎が笑いました。
狼は腹立たしさから、顔を真っ赤にします。
蛇がため息をつきました。
二匹の会話の内容に呆れているように頭を傾かせ、虎に言います。
「虎、幼稚な受け答えはやめんか。関係ないわらわまで不愉快になってくる。」
虎が細くしていた目を見開き、蛇に睨みを送りました。
「何ですって、蛇?」
「わらわの耳には聞くに耐えん。まったく、いつまでたっても赤子のように……。」
「なーにが赤子よ、あんたがおばさんぽいだけじゃない!!」
風が吹いたわけではないのに、薔薇達がザワリと震えます。
空気が音を立てて変わりました。
「……貴様、もう一度言ってみよ。その無礼、許さんぞ。」
「何度でも言ってやるわよ、この鱗ババア!!」
「何じゃと、この乳臭いシマシマ女!」
虎が鋭い牙を見せ、蛇も答えるように毒入りの牙を見せます。
女王同士で喧嘩が始まり、はじき出された狼。
八つ当たり同然に、鷹に喧嘩を吹っ掛けます。
「おい、鷹! 何我関せずって顔で欠伸してやがるんだ、この野郎!!」
「何だ。何か失礼でも? あったら謝るが、今はないとしか思えんのだが。大体、そっちの問題に他の者を巻き込まないでもらいたい。」
「てめぇのその空かした態度が気に食わねぇんだよっ!!」
「そうだな。私もお前のその誰にでも噛みつく性格は気に食わない。」
鷹が鼻を鳴らします。
まるで低脳な者を見るような目つきで相手を見ました。
それをはっきりと感じ取った狼。
普段悪口を言い慣れている者ほど、自分を馬鹿にする言葉や動作には敏感なのです。
「うるせぇ、このヒヨコ野郎!」
空気が、また変わりました。
さらに悪い方向に。
「キャンキャンうるさい子犬には言われたくないな!!」
鷹が席から立ち上がりました。
狼もそれに合わせて椅子を蹴飛ばします。
ちょいちょいと指を動かし、さらに相手を挑発しました。
鷹が翼を広げ、狼に襲い掛かりました。
訂正します。
特に仲が良いというわけでもない、と言う言葉は間違いでした。
滅茶苦茶仲が悪いのでした。
優雅なお茶会は何処へやら。
ついでに、上に立つ者の威厳と貫禄も。
まるで子供同士の喧嘩です。
机に座っている紅茶入りカップは転び、茶菓子がばらばらと地面に落ちました。
それから次のお茶会が開かれていたある日、何処からか一匹の鼠が迷い込みました。
目を輝かせ、大好物を蛇が追いかけます。
チョロチョロ逃げ回る鼠の動きに反応して、虎も追いかけ始めました。
「そこだそこだ、捕まえろ!」
狼は笑いながら煽りました。
「馬鹿な奴らだ。」
鷹はそれに目も向けず、甘い紅茶を啜りました。
とうとう、虎が鼠を捕まえました。
桃色の舌で口元を舐めます。
ですが彼女の口に入れられる直前、鼠は言いました。
「王様、女王様、死ぬ前に一つだけ教えて下さい。」
「何じゃ。」
虎に先を越され、不機嫌な蛇が答えました。
「貴方達の国は、それぞれとても強い国です。」
「何を分かり切ったことを。」
狼が鼠を馬鹿にしたように笑います。
鼠は狼の嘲笑を気にせず、続けました。
「ですが、もし戦って一番強い国は何処なのですか?」
鼠の言葉に、皆ポカンと口を開けました。
それぞれ顔を見合わせます。
虎の力の抜けた手から、鼠はいつの間にか逃げ出していました。
それから四つの国が戦争をし出すのに、そう時間はかかりませんでした。
毎日、沢山の血と涙が流れるようになりました。
犠牲になった者の死体が、どんどん増えていきます。
お茶会など、もう忘れ去られたように行われなくなりました。
数年後、四つの国にある噂が流れ始めました。
狼の国より、はるかに北にある森の中。
そこには小さな家が一つだけ建っており、世にも珍しい生き物がいるというのです。
その肌は柔らかく、二本の足で立ち、髪はしなやかで輝いていると。
それを聞いた二匹と一羽と一尾は、こう思いました。
その生き物が欲しい。
最初に狼がその森の家を訪ねました。
狼は、その生き物が牙を持っていないことに驚きました。
そして、こう言いました。
「金ならいくらでもやろう。だから、俺の城で暮らしてくれないか。」
「有り難う御座います。ですが、お断りいたします。」
生き物は、頭を横に振りました。
狼は断られるとは思わず、動揺しながら言いました。
「何故だ。本当にいくらでもやるぞ。断るなんて、お前は何て馬鹿なんだ?」
「お金で全て問題や物事を解決は出来ませんよ、狼の王。」
生き物は、狼を恐れもせずに言いました。
それに怒った狼は、生き物に自分の牙を見せ、低い声で唸りました。
生き物はお腹を両手で守り、さっきの優しい瞳とは打って変わって、鋭い目で狼を睨みました。
「お前みたいな、兎以上に弱いものを殺しなんかするか!」
その変貌に恥ずかしながら恐れをなした狼は、捨て台詞を生き物に浴びせました。
狼は、落ち込みながら国に帰っていきました。
次に虎がその森の家を訪ねました。
虎は、その生き物が爪を持っていないことに驚きました。
そして、こう言いました。
「あたしの持ってる首飾り、全部貴方にあげる。だから、あたしの国に来てよ。」
「有り難う御座います。ですが、お断りいたします。」
生き物は、頭を横に振りました。
虎は目を丸くします。
「えぇっ? じゃ、じゃあ宝石もあげる。」
「お断りいたします。」
生き物は、頭を横に振りました。
「う、うーん……分かったわ、指輪もあげるから。」
「お断りいたします。」
生き物は、頭を横に振りました。
「とっても綺麗なのよ? いくらでも見ても飽きないくらいなのよ。それでも、いらないの?」
「はい。」
「……嘘でしょ?」
「申し訳ありません。」
虎は、答えを聞いてしょんぼりと肩を下ろしました。
生き物は、虎に頭を下げました。
虎は、最後にこの家に来てからずっと気になっていたことを、生き物に訊きました。
「あのベッド、あんたには小さすぎない?」
向こうの部屋の奥に見える、木のベッドを指さして。
それは確かにその生き物が寝るには、小さすぎるものでした。
生き物は笑って答えました。
「いいえ、あれはあれでいいのです。」
「……変な奴。」
フン、と鼻を鳴らして虎は国に帰っていきました。
次に、蛇がその森の家を訪ねました。
蛇は、その生き物が鱗を持っていないことに驚きました。
そして、こう言いました。
「そなたをわらわの国の大臣にしよう。しかも大臣の中で一番偉い大臣じゃ。どうじゃ、わらわの宮殿に来んか?」
「有り難う御座います。ですが、お断りいたします。」
生き物は、頭を横に振りました。
「む……どうしても駄目か? いくらでも贅沢な暮らしをさせてやれるぞ? 召使いも沢山つけよう。 それでもか?」
「ごめんなさい。でも、」
「……駄目、か。」
狼と虎が断わられていたことは聞いていたので、薄々この答えを予想していた蛇は早めに引き下がりました。
蛇は、部屋の本棚が目に入りました。
本棚にしまわれている本の一つに、『名前の付け方』という本がありました。
「お主、名前がないのか!?」
蛇は飛び上がって驚きました。
生き物は、クスクスと笑いながら答えます。
「いえいえ、私には名前がありますよ。」
「名前があるのに、名前の付け方が書いてある本を読むのか? ……変な奴じゃのう。」
「それ、虎さんにも言われました。」
蛇はしきりに首を傾げながら、国に帰っていきました。
最後に、鷹がその森の家を訪ねました。
鷹は、その生き物が翼を持っていないことに驚きました。
他の王と女王とは違い、鷹はしばらく何も言いませんでした。
「駄目だ、何も思いつかん。」
鷹はため息をついて、その生き物を見つめました。
「お前は、いったい何が欲しいんだ? 金でもない、貴金属でもない、地位でも贅沢な暮らしでもない。何が望みだ? 何を求める?」
生き物は、しばらくその問いには答えませんでした。
そして、悲しそうな顔をして言いました。
「欲しいものなら、一つだけ。」
「……それは?」
「貴方にお話しても、無駄なこと。多分、いえきっと、他の王と女王に話しても。」
鷹は目を伏せます。
そうか、と小さく言いました。
「いつか分かるときが来るだろうか?」
「私には、何とも言えません。」
「……邪魔をした。」
鷹は、生き物に一礼しました。
生き物も、鷹に礼を返しました。
鷹は、ドアを開けてその家から出ていく直前、訊きました。
「お前、腹がやけに大きいな。病気か?」
生き物は微笑みながら、うーんと唸りました。
優しい手つきで、腹をゆっくりと撫でました。
まるで、愛しいものを守るように。
「病気……と言ったら病気かもしれません。」
鷹はその答えに疑問を感じつつも、詳しくは聞きませんでした。
「もし来たかったら、私の国に来い。優秀な医師を紹介してやろう。」
「有り難う御座います。」
何度もため息を付きながら、鷹は国に帰っていきました。
それからずっと四つの国の王と女王は、来る日も来る日も、その生き物が欲しいものを考え続けてました。
食事や風呂や寝ることを時々忘れるほど。
いつのまにか、四つの国は昔の通り平和になっていました。
二匹と一羽と一尾は、戦争のことすら忘れてしまったのです。
静かな薔薇園の中。
一つだけ置かれた机と、四つの椅子。
狼が、その内の一つの椅子に座りました。
机の上に行儀悪く足をかけ、ため息。
「あら。あんたがここにいるなんて、予想外。」
狼はいきなり耳に届いた声に吃驚して、椅子からずり落ちそうになりました。
後ろを振り向くと、腕を組んで立っている虎がいました。
「……何でここにお前がいるんだよ。」
「それはこっちの台詞。」
虎は、狼と向かい合って座りました。
「気まぐれ、それだけよ。」
虎は肘を突き、欠伸をしました。
何だそりゃ、と狼は言いかけましたが、こちらも同じような理由だったので口には出しません。
「おぉ。どんな奴らが座っていると思ったら、お前達か。」
狼と虎が頭を回すと、そこには蛇がいました。
「何だ、蛇かぁ。」
「何だとは、ちと失礼な挨拶じゃな虎。」
蛇が、狼と虎から見て垂直に座りました。
「今日は久しぶりに朝の目覚めがよくての。何かありそうじゃと思ってここに来た。」
「つまり、気まぐれで来たじゃないの。」
「ま、そうとも言うかもしれん。」
摘んできた一輪の薔薇を弄びながら、蛇は言いました。
「……なんか嫌な予感がするぞ。」
狼が空いた席をチラリと見ました。
「その予感は当たったかな、狼。」
何者かが後ろから翼を伸ばして、蛇の薔薇を取りました。
蛇は後ろに反り、狼と虎は瞳を動かすと、そこには鷹が立っていました。
鷹は机の上を飛び、椅子に座ります。
薔薇を捨てるように机に投げました。
「気まぐれで来たん(だろ/でしょ/じゃろ)。」
いっせいに同じことを質問されて、少し驚いた顔をしながら鷹は答えました。
「まぁ……そんなところだ。」
鷹以外が可笑しそうに笑います。
それから、二匹と一羽と一尾はしばらく黙りました。
風が吹き、赤い花びらが空に舞い上がります。
赤色の雨がいくつか机の上に落ちてきました。
低い地響きのような音が、薔薇園に響きました。
鷹が金の目を見開き、自分と同じ机に座っている者達の顔を凝視しました。
狼、虎、蛇は、赤くなって顔を伏せます。
その風景を見て耐え切れなくなった鷹は、大声で笑いだしました。
鷹の笑ってる顔を見たのは二匹と一尾は初めてで、きょとんとした顔で鷹を見ました。
鷹が、笑いすぎて流れた涙を拭いました。
「お茶でもしようか。」
狼、鷹、虎、蛇は、それからお茶会を再び続けるようになりました。
今度は先代からの意思ではなく、自分達の意思で。
もう二度と、戦争は起こりませんでした。
「なぁなぁ、皆見てくれよこの写真!」
狼がにやけた顔で一枚の写真を取り出し、机に置きました。
他の者達が机に顔を出します。
その写真には、小さな狼の子が映っていました。
笑ってこちらに手を上げている、とても可愛らしい女の子です。
「可愛いだろー? この前孫が三歳になったんだ。」
でれでれと顔を歪ませながら話す狼。
鷹と蛇は、苦笑しながら顔を見合わせます。
虎が写真を取り、まじまじと眺めて鷹に言いました。
「鷹、あんたもこの前孫が誕生日だったんでしょ。五歳だったっけ?」
「あぁ。」
「ちょうどいいじゃない。お見合いさせちゃえば?」
鷹が嘴から盛大に茶を吹き出します。
虎の思いつきに同調するように、蛇が尾を振りました。
「おぉ、それは名案。よいではないか鷹。帰ったら息子夫婦と孫に相談せよ。」
「おいおい……。」
話を勝手に進めていく女性達に呆れる鷹。
狼が手で勢いよく机を叩き、こちらに乗り出しました。
「ふ、ふざけんな! 誰が可愛い孫娘、鷹のちんちくりん坊主なんかにやれるかっ!」
鷹が、その言葉に嘴をへに曲げました。
「それはこちらも同じだ。狼の孫など、どんな教育を受けているか分からんしな。この写真を見ろ、頭が足りないことが見え見えだ。」
「喧嘩なら買うぞ、鷹。」
「ほぅ。久しぶりにやるか。老いたからといって舐めるなよ。」
「こっちの台詞だ!!」
狼が牙を出し、鷹が翼を広げます。
虎と蛇が笑い出しました。
四つの国の頂点にいた王達と女王達。
今では全員、自分の子供に玉座を明け渡しています。
杖を付き、毛や羽はもう真っ白。
顔には皺がたくさん寄っています。
ですが、その動作は昔と比べてずっと若々しく見えました。
二匹と一羽と一尾が、かつて欲しがった生き物。
今でも森の中、あの小さな家に住んでいると言います。
金を与えようとした狼。
貴金属を与えようとした虎。
大臣の地位を与えようとした蛇。
何を求めているのか訊きに行った鷹。
あの生き物が欲しがったものは、今では薄々分かっています。
ですが全員、もうあの森に行こうとはしませんでした。




