3話
次の日の休み時間、俺は昨日のことを思い出しながら窓の外に広がる青空をぼーっと眺めていた。
あーそれにしても昨日は楽しかったなぁ…。あんな長い時間女の子といられるなんて、そうそうないよなー。
「玲どうしたの?ぼーとして…」
突然後ろの席に座っている香奈枝から声をかけられたので、俺は視線を窓の外から後ろに振り返って香奈枝に移した。
ちなみに香奈枝は二日間学校を休んでいたのだが、今日から復帰のご様子です。
「あ、いや。なんでもないよー」
「ふぅーん…。なんかありそうだから部活で聞かせて」
「無理だ!」
「なんで?」
「人には知られたくない事実とかあるだろ?」
「えー…。おし…あっ、そうだね知られたくない事実はあるわね」
「だろ?」
「うん。じゃあ仕方ない」
「はい、この件おしまい!」
香奈枝が納得をしてくれたみたいでそれ以上このことについては追及してくることはなく、会話が終わってしまった。
でもここで会話を終わらせたくなかった俺は、心配していたということもあって、体調について聞いてみることにした。
「あ、そういえば風邪で休んでたんだっけ?」
「まぁ、そうだけど?」
「もう大丈夫なんだよね?」
「うーんまだちょっと風邪気味だけど…」
「え!?うつすなよー…絶対にうつすなよー…」
「それは保障できない」
「ですよねー…」
会話が途切れた瞬間次の授業開始のチャイムが鳴る。まだ先生はきていないが変に今から新しい話題を出す必要はないだろう。ここは話を終わらせて前を向くことにする。
にしても、超珍しい香奈枝との会話だったのに。なんかもったいないような気がする。
「それじゃ、もう次の授業の時間だから」
「うん」
香奈枝との会話を終わらせて前を向く。ちなみについこの間席替えがあって、俺の前の席が亮介となり、後ろの席が香奈枝になった。俺と香奈枝の席は変わらずでそこに亮介が前の席に来た感じだ。運がいいというかなんというか。まあ、俺にとっては気楽に過ごせるからうれしいことだ。
放課後。授業が終わり鞄に教科書やらノートやらを詰めてから教室を出ると、後ろから声がかかる。
「玲ー!」
「おっ琴美!今から向かうのか?」
「ううん。ちょっち用事があるから後で行く」
「そうか。んじゃがんばってな!」
「うん!」
そういって琴美は俺を追い抜かして曲がり角を曲がっていった。あーあ…部室までの会話相手になると思ったのになー。まあ、仕方ないか。
そしてこれは昨日の話の後日談なのだが。
結局、琴美と別れた後、俺はくたくたになり風呂に入りくつろいでいた。その時にどうやら母さんが帰ってきたらしく、なんかどたばたしている音が聞こえてきて、何事だ?と思いすぐに風呂から出て、体を拭いてからパジャマに着替えてリビングに向かった。
すると母さんがすごくご満悦な顔をしていたから、どうしたん?って聞くと『実はね!タオル拾ったんだぁ!!』と、幸せそうな顔を向けながら俺に言ってきた。最初聞いたときは、え…タオルごときでどうした!?っと驚いたんだが、母さんから詳しく聞くと『あのね、歌をうたってる最中に使っていたタオルを観客に投げてきたのよねー!そしてその中の一人のタオルをキャッチしちゃってね!しかもその子、そのグループの中で私が一番好きな子のなのよねー!だからすごく嬉しかったのよー!』ということらしく、俺はその時母さんがなぜ帰ってきてどたばたしていた意味がわかったのだが…。やっぱりいきなり暴れられると驚くよ…。
てなわけで、昨日は琴美とも色々あったが、その後も色々とテンションの問題などで精神がちょっと、いや結構疲れたわけで…。昨日はすぐに眠れたな。
っと昨日のこと思い出してたら着いたか。にしてもやっぱ遠いなぁ…。毎日通うとなると、体力上がりそうだ。
ドアの前で少し立ち止まってから、部室のドアを開ける。
「こんにちはー」
「あ、玲。ちょっと遅いわよ!」
俺の挨拶に美花が返事をしてくれたのだが、いきなり軽く怒られてしまった。
「ご、ごめん。ちょっとね」
「私と同じクラスなのに?」
遅れた理由をはぐらかしていると、すでに椅子に座って本を読んでいた香奈枝が、顔をあげてこっちを見ながら突っかかってきた。
「うっ、香奈枝。早いな」
「あなたが遅いんじゃない。私はいつも通りきたわよ」
「玲ー。あなた何してたの?」
「いや、ちょっとぼーっとしてただけさ」
「またぼーっとしてたの?」
「しょうがないだろ。人間にはそうしたい時ってあるんだからさ」
「まあ、確かにそうだけども」
俺の発言に香奈枝は納得してくれたみたいなのだが、美花は納得いってないのか突っかかってきた。
「玲が考え事とは珍しいものね!」
「いや、考え事じゃないぞ!?」
「じゃあ、なんなのよ!」
「…気にしないでくれよ」
「いいや!気にするね!」
「そういわれても俺は何も言わないぞ」
「教えなさいよー!」
「やだね!絶対に言わない!」
「教えろー!!」
「美花。もういいんじゃないかしら?」
全く引く様子のない美花に香奈枝が止めに入ってくれた。
「え?どうして?香奈枝ちゃんも知りたいでしょ?」
「そりゃあ…まあそうだけれども。だけど本人が教えないって言うのなら別に追求しなくたっていいんじゃない?どうせ教えるつもりないんでしょう?」
「まあ、そうだな」
香奈枝は休み時間の時のことを再確認するようにこっちに問いかけてきた。俺はその言葉に同意する。
だって昨日琴美と夜まで二人で一緒にいただなんて言えるわけがないじゃないか!もしばれたら…ばれたら…。想像するだけでも寒気がする。
香奈枝の言葉に同意した俺の言葉を聞いてかわからないが、美花は肩をすくめる。
「はあ…。仕方ない香奈枝ちゃんが言うなら諦めましょうか」
「おお!香奈枝助かったよ!」
「これで貸し1だからね」
香奈枝が右手の人差し指だけを上げてこっちに言ってきた。
「さっ、今日はこの間の掃除の続きをするわよ!」
そして俺がその理由を聞こうとした瞬間に美花が遮って次の話を切り出してしまった。
「え?掃除?」
「あ、香奈枝ちゃんは休みだったわね。前に香奈枝ちゃんが休んでた時に、私と玲と琴美ちゃんとこの部室の掃除をしたのよね。それでその日に片付けきれなかったところがあるから、今日この後三人で残りをやりましょうってことよ!」
「あーなるほど。わかりました」
「ちょっと待て。三人ってことは他の二人は?」
琴美のことはなんでいないか知ってはいるが、ここは知らないフリをしておくのがベストだろうと思った。だって、言って怪しまれてまた美花に変な追及はされたくない。
「あー、まず冬香ちゃんは今日も休みで、琴美ちゃんはなんか用事があるみたいで遅れてくるって言ってたわ。…きてくれるのかしら」
「まあ、琴美がこなくとも俺達でできるところまでやろうよ」
「そうね。じゃあ始めましょっか!」
ということで部室掃除パート2が始まった。
まぁ、掃除といっても前それなりにやっておいたからもうそこまでやることは残ってないんだけどね。ちょっとだけやることがあるだけだから今日の部活動は楽かも。
「んじゃ、玲はこの間拭いてなかった所拭いておいてね!」
「あぁ、憶えてる範囲でいいか?」
「うん!全然いいよ!」
「わかったー。」
「それじゃあ、私と香奈枝ちゃんは一緒に色々とやりましょうか。」
「わかった。」
と、各々それぞれの分担作業を行い始めた。
それから2時間ほどが経った頃、やっと部屋の全ての掃除が終わった。結局琴美は部活には来なくて、俺達三人だけで終わらせた。
「ふぅ、やっと終わったわね!」
「あぁ、なんとかな。ってもう時間ぎりぎりじゃん!」
「嘘!?…あ、本当だ!」
「美花。時間配分は考えとこうよ。」
「香奈枝、その通りだ!」
あ、そういえば香奈枝って呼んでるけど大丈夫なのかな…。まぁ、あっちが何も言ってこないからいいっか。
「なっ…。二人してなんなのよ!」
「だって…ねぇ?」
「…もういいわ早く帰りましょう」
美花は元々帰宅する準備ができていたのだろうか、机にあった自分の鞄を持ってドアの方に向かっていった。その美花の声のトーンは若干下がって少しだけ怒っているように感じた。
そして俺達の方を振り返りせかし始めた。
「ほら、早く出た出た」
「ちょ、帰る準備してからでもいいだろ?」
「じゃあ、10秒で」
「それは無理だ!」
「10」
「え!?カウントダウン開始!?」
「9」
「やべぇ、これ間に合うかな…。」
「8、7、6、5」
「なんかいきなり数えるのが早くなってるし!」
「4、3」
「あー!やべぇ!やべぇ!」
「2、1」
「よし準備かんりょ…」
「0」
「ちょっ!鍵閉めるなよ!」
準備が終わりドアに向かって走ろうとしたのだが時すでに遅し。美花はドアを閉めてしまった。香奈枝も準備は終わっていたらしく時間内にドアの向こう側へと行ってしまっており、部屋の中には俺だけが取り残されてしまった。
「おい美花!開けろって!」
ドアを叩いて問いかけるもドアの向こうから返事はなかった。……これは本格的に閉じ込められたな。しょうがない、少し時間が経って美花が落ち着いた頃にでも電話しよう。もしそれで電話に出なかったとしても、最悪見回りの先生がくるかもしれないし…。事情話すのは面倒だけど、家に帰れないよりはマシだと思おう。
俺はとりあえず様子を見るために持ってきていた本を読むことにした。
ちょうど区切りがいいところで本を閉じ、携帯に表示されている時刻を確認する。本を読む前にちらっと見た時刻からだいたい30分ぐらいが経過していた。
本を鞄の中に仕舞いふと部室を見渡してみる。
「あ、そうだ。ちょっと部室を俺風にアレンジしちゃおうかな!」
「どんな風にしようと思ってるの?」
「あー、えーっと。ここをこういう風に…って美花!?」
「やっほー」
そこには部室のドアにもたれかかってこっちを見ている美花がいた。
「やっほー。じゃねえよ!何で鍵閉めたんだよ!」
「いやー、ちょっとね」
「ちょっとね。じゃねぇよ!ガチでここで夜を過ごそうとしたぐらいなんだからな!」
もちろん嘘である。
「ご、ごめんね。そんなに怒らないでよ…」
「こればっかしは無理だな」
「すみませんでした!」
「無理」
「ごめんなさい!」
「無理」
「許してください!」
「無理」
「あぁぁぁぁ!!!もういい!」
「え?…」
美花はそういってドアの向こう側へと出てドアを閉めようとする。が、それを読んでいた俺は閉まりそうになるドアを手と足で抑える。
「ちょっ、何するのよ玲!」
「また鍵閉めて帰るつもりだろ?そうはさせねぇ」
「なっ…。ち、違うわよ」
「じゃあなんで、閉めようとしてるんだ?」
「こ、これは…その…」
「反論できないのか」
「うっ」
「全く…。こんなん気にしないで早く帰ろうぜ」
「え…?だ、だってさっき許さないって…」
「え?あんなんからかってたに決まってんじゃん。あ、もしかして本気にした?」
「なっ…もう!玲のばかぁぁぁ!!!」
「ちょ…待てよ美花!鍵、鍵閉めないと!!」
「もう知らないぃぃぃ!!!!!!」
美花は部室の鍵を持ったまま廊下を全速力で駆けていった。
「…待てよ美花!」
そういって俺はすぐに美花を追いかけることにした。
それからすぐに美花は捕まえられた。本気で走っていなかったのかすぐに見つかり、すぐに捕まえられた。
「ふぅ…やっと捕まえた」
「何よ!放してよ!」
「どうしてそんなにきれてるんだよ。からかった件でのなら謝るからさ」
「むぅ…。じゃあ今すぐ謝りなさい!」
「すいませんでした」
「心がこもってない!」
「すいませんでした!」
「敬意でしめしなさいよ!」
土下座…だよな。前も誰かにやったような気が…。
「すいませんでした!!」
「…よろしい」
「じゃあ、鍵閉めにいきますか」
「そうね」
案外距離は変わらないはずなのに、時間は短く感じられた。まぁ、実際さっきは走ってて、今は歩いているからさっきよりも時間はかかってるんだけどね。
「さて、鍵を閉めて…」
「お前ら!こんな時間まで何をしている!」
鍵を閉めた直後、背後から先生の怒鳴り声が轟いた。油断していた俺と美花はびっくりして恐る恐る後ろを振り返る。振り返った先に先生の怖い顔があると思ったのだが、意外にも外が暗かったからなのか人影しか見えなかった。
俺はこれは相手側にも見えてないはずと思い、とっさに美花の手をとって下駄箱の方へと走った。
「ちょっ何するのよ!」
「静かにしろ。声でばれちまうだろ…!」
「あっ…」
なんとか美花も理解したらしく黙りこんでくれた。後はこのまま全速力で逃げて先生を振り切るだけだ。
「ま、待てぇぇぇ!!!」
先生が必死に追いかけてくるが追いつかれる気配はなかった。
「美花、手、放すんじゃないぞ」
「う、うん…」
少し走った後、後ろを振り返ると先生はいなかった。
「よし、もう大丈夫だな」
「うん…。はぁ…はぁ…」
「疲れたのか?」
「うん。ちょっと…ね…」
「よし、まずは校門から出よう」
「そうだ…ね」
俺達はその後も先生に見つかることなく下駄箱に着き、靴を履いて校門の外へと向かった。
なんとか逃げ切れた…。ただ、なんか忘れてるような気がする…。
「ねぇ、玲」
「どうした?」
「部室の鍵…、どうしよう」
あ…、それだ。部室の鍵を閉めたのだが職員室に返してはない。しかも部室の前にいると考えられるのは部員としか考えにくいはず。だから、さっきいたのは俺達の部員ということとなるわけだ。
やばいなこのままじゃ、ばれやすいな…。部員は5人だが、冬香ちゃんが休みで、今日いたのは4人だ。その時点でかなり絞られている。しかも、琴美は一緒に仕事してた人が証人としているからいなかったと潔白を証明できる。これであとは俺と、美花と、香奈枝に絞られる。
…うわぁ、これは完全にばれやすいよなぁ…。香奈枝はおとなしい子だからこんな夜まで学校に残ってるってイメージつかないだろうし。完全に俺と、美花だってばれてるよな…。
「ねぇ、どうすればいいと思う?」
「うーん…。先生が勘違いとかしてくれてればなー…」
「それはないと思うよ?」
「だよなぁ…。あ!」
「どうしたの?」
「言い訳を考えよう!」
「え?」
「もし、先生に俺達だってばれた時に言い訳を考えて逃れよう!ってわけ」
「あ、なるほどね!それなら…!」
「ただ、どう言い訳するかだな」
「確かにそうね。どうやって言い訳をしましょうか…」
「これはどうだ?部長と一緒に帰ってたら、部長が鍵をかけたか忘れたといってきたので学校に戻って確認をしにきただけです。これでよくね?」
「無理ね」
「なんで!?」
「だって、怪しすぎるし、まず鍵は職員室においてから帰るわけだから私達があの時鍵を持っていること自体おかしい訳。もしさっき言ってたことが正しいことだとしたら、まず私達は職員室によっていることになる」
「けど、もしその見回っていた先生が鍵を取りに行った時に職員室にいなかったとしたら?」
「まぁ、確かにその場合は言い訳としても大丈夫かもしれないけど、逆に職員室にいた先生たちが、私達が職員室にきていなかったとその見回っていた先生に言ってしまった場合、私達が嘘を言っていたとばれてそれで怒られるのは確定だよ?」
「あ、確かに…。じゃあ、これは却下だな」
「えぇ、なんか推理してるみたいだね!」
「うん。なんか探偵みたい」
俺達はお互いに微笑みあった。ただ、これがだめだとなると…。あ、これならいけるな!
「部室に忘れ物をしてしまったので取りに来ました!とかは?」
「それもさっきの説明どおり、職員室に行ってない時点でアウト」
「そうだな…。ってことは言い訳無理じゃね?」
「いや、ひとつだけあるよ」
「え!?何々!?」
「途中までは今日あった通りに言うの」
「あの、掃除のところまで?」
「えぇ、あの時もうすでに6時半近かったはずだった。そして私達が先生に見つかったのが大体7時半ちょっとすぎだったはずだから、この空白の1時間に嘘を加えればいいって訳」
「なるほど!さすが美花だ!」
「ありがとう。ただ、まだ安心はできないわ」
「なんで?」
「1時間も学校で見つからずに過ごす方法ってある?」
「…結構きついな」
「でしょ?」
「うん…。あ、あるかも!」
「え?」
「俺達の部室から下駄箱までは結構時間がかかる。だから、俺達は下駄箱まで行ったとして、美花が鍵を持っていたことに気付いてあわてて職員室に行こうとする。ここで約20分。けど俺があれ?鍵閉めたっけ?的なことを言ったことで俺達は部室に戻ろうとした。ここで約30分。けど途中にトイレに行きたくなり、トイレへと向かった。ここで約50分。そして部室まで向かって、部室前について鍵がかかってなかったことに気が付き、鍵をかけようとしたその時先生が来てしまったってことでよくね?」
「おぉ。それはいい考えね!」
「じゃあこれでいいか?」
「えぇ。これでどうにかなればいいけどね」
「まぁ、ひとつ欠点?ていうか言われたら反論できないことがあるんだけど…」
「何?」
「なんであの時逃げたんだって言われたらやばくないか?」
「え?そんなこと?」
「え、そうだけど…」
「そんなん、先生がいきなり大声出して怒鳴ったからびっくりして逃げただけですよ~って言えば大丈夫じゃない?」
「あ、それいいね!」
「でしょ?」
「うん!じゃあもし先生に俺達だってばれたらそうやって言い訳しよう!」
「そうだね。んじゃまた明日ね!」
「おう!また明日なー!」
丁度いいところで別れ道となり美花と別れ、帰路についた。
その翌日から数日間ほど、夜の校舎に二人の幽霊が出ると噂になったのはきっと俺達のせいじゃない…っとそう思っている。
夢…ねぇ…。そんなん考えたことないなぁー…。なんでこんなことを思っているのかというと、いきなり美花が
「今日は夢について語り合おう!」
とかいうのでただいま俺は、夢について考えている最中である。
そんな中美花が席を立ちながら冬香ちゃんの方を指差す。
「それじゃ…、まずは冬香ちゃんから!」
「ふぇぇぇ!?わ、私はそんなすぐに考えきれませんよ~!」
「うるさい!そんなごちゃごちゃ言わずに早く言った言った!!」
「む、むりですよ~!少し時間をください~!」
「むぅ…。仕方ないわね。少しだけ時間をあげるわ。んじゃ玲!冬香ちゃんの為にも時間を稼いであげなさい!」
「え!?いきなりすぎるって!」
「ほーらー、早くしないと冬香ちゃんが泣いちゃうよ?」
「なぜそうなる!?」
「だって、そうでしょ冬香ちゃん?」
「はい、そのとおりです!私泣いちゃいます!」
「え!?何いきなり強気になっちゃってるの!?」
「え?そんなことないですよ~」
さっきは俺の目を真っすぐに見て言ってきた冬香ちゃんだったのに、視線を逸らした。
「いや!さっき明らかに強気になってたはずだ!おかしいぞ!」
「もう玲くんたら~。気にしないでよ~。ね?」
「はい、気にしなかったことにします」
冬香ちゃんは小首を傾げてそういってきた。いや、それは反則だから。世の男性諸君はそれでイチコロだから。
にしても、夢なんかないのに俺語らなくちゃいけないのかよ…。なんでよりによって俺なんだ?他の二人でも…。あ!そうだ!
「ごめん急にトイレ行きたくなったから、二人のどっちかに俺の代わりやってもらってほしいんだけど…」
「「「だめ!」」」
「え!?三人して否定っすか!?」
「そうやって逃げるんじゃないわよ玲」
「そうだそうだ!部長さんの言うとおりだ!」
「人に任すだなんて最低ね」
美花、琴美、香奈枝は三者三様言い方は違えど、俺を罵倒してきた。
「いや、ガチでトイレいきたいんすけど…」
「わかった。じゃあ行ってきなさい」
「おぉ!んじゃその間二人のどっちかに…」
「いや。玲がトイレから帰ってきたら再開するわ。それまで休憩してるから、早く戻ってきなさいよ。じゃないと、やることいっぱいあるのに予定が狂うじゃない」
「…わかったよ。早めに帰ってくるさ」
「よろしい。じゃあ早く行ってきなさい」
「へいへーい」
はぁー…。この数十分で考えないといけないのか…かなりきついな。だけど冬香ちゃんのためだし、頑張って考えないと…。まぁでたらめ言えば大丈夫だな!
俺はトイレからの帰り、とある重要なことを思いだしていた。ついさっきまですっかり忘れていたのだが、今から帰らないと今日中には間に合わないだろう。ただ、あの流れをどう断ち切って家に帰るかだな…。どうするか…。
そう考えてるうちに部室のドアの前についてしまった。
「まあ、どうにかなるか」
そう呟いてからドアを開く。
「お、玲おかえり~」
ドアを開くと琴美が声をかけてくれる。その琴美に軽く手をあげてから、俺は帰宅するということをみんなに伝えることにした。
「あー、そういえば俺今日用事あったから先に帰るわ」
「なっ…。に、逃げる気なの!?」
「違う、ちょっと家庭の事情でな」
「そ、そんなこと言っても無駄よ!ばればれだわ!」
「いや、本当に用事があるんだって」
「…じゃあ今日は帰っていいわ。また来週にしましょう」
美花は何かを察したかのように俺が帰宅することを認めてくれた。
「え!?部長!?」
「仕方ないわ、今日はこれで解散にしましょう」
「なんで?俺が帰るからって別に今日は解散にしなくても…」
「いや、今日は解散にしましょう」
「そうね。美花が解散と言っているのだからみんな帰りましょう」
「そうですね~帰りましょうか~」
「んじゃ、今日はこれにて解散!」
結局美花の独断で今日は解散することとなった。他の三人が荷物の整理を済ませ、俺達に挨拶をしてから帰っていった。そういえば、この用事の件は美花も関りがあるんだけど、美花忘れてるんかな?それとも美花の家は今日じゃないんかな?帰りに聞いてみるか。
「みんな帰ったわね」
「そうだな、行くか」
「ええ、それじゃあいつも通り校門で」
「わかった」
俺達は部室を出て、鍵を閉める。そして美花は職員室へ鍵を返しに、俺は美花を待つために靴置き場の方へと向かった。
俺は校門で美花のことを待ちながら、これからのことについて考えていた。
確か…、引っ越しって明日だったよな?だから来週の月曜には一緒に学校から登校することになるのか…。他の生徒に変な勘違いしてほしくないな。それに、一緒に暮らしていることもばれたら大変だな。その時どうやってかわすかはあとで考えればいいんかな。美花の意見もちゃんと聞いてな。
「玲、行くわよ」
「お、おう」
考え込んでいたため返事がぎこちなくなってしまった。
「どうかしたの?」
「いや、なんでもないさ、行こう」
そして俺達は帰り道を歩き始める。
歩き始めて少し学校生活などの雑談をしていたのだが、それが終わり区切りがいいところで引っ越しの件について尋ねることにした。
「美花、引越しの件知ってるよな?」
「えぇ、知ってるわよ」
「今日荷造りとかじゃないのか?」
「あ!そうだったわ!」
「…おい。だめだろそれ…」
「まあいいじゃん。それにしてもよく覚えてたね」
「まあ、俺もさっきトイレ行ったときにたまたま思い出しただけだし」
「なーんだ、そういえばもうすぐだね」
「何が?」
「話の流れ的にわかりなさいよ!」
ああ、顔真っ赤にして…。そんなに言うのが恥ずかしいんかな?
「ごめんって。もう明日か…」
「わかってるんなら聞くなし!」
「まあまあ。だけど引越しする必要あったんかな?」
「うーん。なんかぴったしな物件でもあったんじゃないかな?」
「あー。そうなんかもな。そういえば明日、もう一緒に暮らすんだぜ?」
「そうだね。なんか一緒に住むって感覚がないや」
「うん。俺も全くないや」
「これから兄妹なんだよね?」
「そうだな。まあ、義理…だけどな」
「それは、仕方ないことだよ」
「まあね」
引っ越しの件についての話に花を咲かせていると、もう分かれ道の場所へとついてしまった。
「んじゃまた明日の午前かな。新しい家で」
「うん、また明日」
お互い手を振りながら帰路へと着く。
いつも通りの、そしてこれが最後の帰り道での『またな』となった。
次の日の朝方、引っ越し先が近くではあるのだが、量があるため業者の力を借りるらしい。なので朝から我が家は大忙しである。
もうこの家も今日で最後か…なんか少し寂しい気持ちになる。まあ、ずっと生まれたときからここに住んでたからな。
てゆうか俺生まれてから初めての引越しになるんか…、新鮮だな。
「母さーん!」
「どうしたの?」
「荷物、もう玄関に置いといたほうがいい?」
「うん。だけどちゃんと別々にまとめておいといてねー」
「わかったー」
さて、いよいよか。そういえばこの部屋、この間琴美がきたんだよな。あの時はかなり緊張してたのを今でも覚えてるなー。まあ、結構最近だったからってこともあったけどね。
この部屋に入れたのは琴美と、美花だけだったな。美花はよく昔から家にいれてた記憶しかないな。まあ学校で会ってるからいいんかもしれないけど。
そういえば荷物整理してたらずーっと昔に好きだった、多分初恋だった女の子が引っ越してしまう時に、別れ際に渡されたものが大切なもの入れの中から出てきた。その時、その子は今どこで何をしているのだろうか…っとふと思ってしまったけれど、どうせもう会うことはないだろうと思いながら、その渡されたものを元の場所に戻した。
それが昨日の出来事である。ただ今になって思う。もし仮にその女の子が俺の前に現れたとしたら?俺は…
「玲ー!早く荷物持ってきなさーい!」
感傷に浸っていると、玄関の方から母さんの声が聞こえてきて思考を遮られる。
「今行くー!」
俺は返事をして最後の荷物を玄関へと運ぼうとする。さっきのことは忘れよう。可能性としてほとんどないことだし。それにしてももうこの部屋を見るのは最後か…。なんとなく別れは告げた方がいいのかなと思い、最後につぶやくように別れの言葉を告げて俺はこの部屋を立ち去った。