[3]腐れ縁と部活と昼休み
世の中では誰だって苦手な人間はいると思う。私にとって、それは高野直樹だった。家が近くだから幼稚園、小中学校が一緒なのはいいとして、高校まで一緒となればうんざりする。幼馴染を通り越して、腐れ縁すぎる。もはや、ここまでくれば呆れて笑うしかない。まあ……すべて同じクラスじゃないことは不幸中の幸いだと思う。
だけど、今年は運悪く直樹と同じクラスだった。もうこんな仲だから入学当初から話してたら、クラス中の同級生から、幼馴染で付き合ってんの? とか誤解された。直樹は外見だけはいいから、狙っている女子達から非難の目が向けられて、弁解するのが大変だった。あの女子たちの威圧感は思い出したくもない。女って怖い。
そういうこともあって、直樹にあんまり関わらないようにしてたけど、最近はあの先輩のことでいっぱいだったから、そのことをすっかり忘れてしまってた。
* * *
四月最後の金曜日にそれはやってきた。
「優貴はなんか部活やんのー?」
声がかけられた気がして、私は宿題をしていた手を止めて顔を上げた。
ようやく春らしくなった暖かい光が、朝が弱い私の目に入って眩しい。
「え? なんか言った?」
直樹は私の前の席に座って、宿題を覗き込んでいた。十分に整っている顔にこげ茶色の髪、耳にしているピアス、着崩している制服。幼馴染の私が言うのもあれだけど、外見は若干悪そうなホストみたいだと思う。これだけ良ければ、もてるのも当然かな。
「だーかーらー、優貴は部活に入るのって聞いたんだけど」
それは唐突で今更な質問じゃないの? 直樹は私が部活をやってもやらなくても関係ないことだと思うけど、聞くのは普通なことか。だけど、今更だ。実は、月曜日の段階で入部届けは渡されていて、確か来週の月曜日が提出日だった気がする。曖昧なのは、私は特に興味もなかったから。
「特にやりたい部活はないし、やろうと思わない」
直樹が目を丸くした。まあ、それはそうだろう。部活にここまでやる気がない高校生は中々いないだろう。私は小さい頃から変わっているって言われ続けてたし、それは自分でも分かっている。
「うん……。なんか、優貴らしいね」
――私らしいって何よ。
たぶん、顔に出てたんだろう。直樹は笑いながら言った。
「我が道を行くって感じだ。だって、自分の意見を変えようとしないだろ?」
直樹の言っていることが当たってて、驚いた。確かに私はその通りだった。これは、私の中でも長所でもあり、短所でもあるところだった。よく言えば自分を持っているけど、悪く言えば協調性がないことだから。
「……そうだけど」
「あーあー。優貴の性格知ってるのに、部活のこと聞いた俺が馬鹿だったなー」
――いきなり、何よ。その言い方は!
「あ、直樹はまだ決まってないの?」
直樹は中学校の頃短距離を走っていたから、てっきり陸上部だと思っていた。
「うん。それがさ……陸上か水泳かサッカーか軽音楽部に迷ってんの。だから、参考程度に聞こうと思ったんだけどなー」
――まったく、役に立てなくてすいませんね!
「ふーん……って、え? 軽音楽部? 直樹って何か楽器できたっけ?」
直樹は運動系は何をやってもすごいのは分かってたけど、音楽とか得意じゃなかった気がする。
「ああ、言ってなかったっけか。俺、部活引退した後からギターやってるんだ。全然だめだけどな」
「じゃあ、軽音楽入ればいいんじゃないの?」
「…………そうすっかな」
「最初から入る気だったら、私に相談すんなー! こっちはまだ、英語の宿題終わってないんだから!」
悪かったなと言って、直樹は友達の輪に入っていった。
――本当に何しにきたんだろう?
私がやっていた宿題はまだ半分も終わっていなかった。
* * *
私はいつもお弁当というわけでもなく、週に二回くらいは食堂か購買を利用する。今日の金曜日は購買でパンを買う日だった。購買に遅い時間に行くと、おいしいのかよく分からないパンしか買えなくなるので、授業が終わった後すぐに教室を出た。だけど、あいにく授業が長引いてしまったせいでいつもより遅かった。
――あのド○えもんめっ‼ 絶対わざとだろう!(注:あの国民的人気の青い狸じゃなく、小太り独身の歴史教師)
心の中にある行き場のない怒りと悪戦苦闘中の私に「あなたが……藤沢優貴さん?」と声がかけられる。
気持ちをポーカーフェイスでなんとか抑えながら、振り返ると……数名の女子生徒がいた。よくいるあんまりお近づきになりたくないような人たちが。
「はあ、そうですけど」
他人向けようの微笑をしたつもりだけど、頬が引きつってる気がする。
何のようですか?――と言おうとしたけど、その前にリーダー格らしく黒髪をセミロングにした女子生徒が一歩前にでて、口を開いた。
「ちょっと、話があるのでついてきてくれないかしら」
「……」
――これって絶対にあれですよね。この人たちに言葉で責められ苛められるパターンか! ほら、絶対にまちがいない! この人、微笑んでるけど目は笑ってないし、敵意が滲み出てる‼
「……いいですよ」
本音は行きたくない。誰だってそうだろう。分かっているのに行く人なんて誰もいないに決まってる。でも、行かなかったらさらに酷くなりそうだなと直感的に思った。