[2]溜息と不安と苺ミルク
この如月高等学校の中心となっているのは、生徒会と部活連合、委員会だ。
この中でも圧倒的な支配力を持つのは生徒会だった。
毎年、夏休み前に生徒会長選挙が行われる。そして、生徒会長が生徒会役員を指名することができる。一、二年生という条件を守れば、男女比及び学年を気にすることなく選んだ人物を思うような役職に就かせることができる制度があるのだ。
その制度のため、ほとんどの生徒会長候補は春の段階である程度の人材を考えなければならない。
しかし、入学一週間後というのは些か早すぎるものだろうと誰もが思っていた。
* * *
「ですから、断りますって言っているはずです! 何度言ったら分かるんですか。私は生徒会に入りません!」
「入らないって言っても君に拒否権はないんだって何回言ったら理解してもらえるのかい?」
「一生理解する気になりません」
「まったく……ただ君が承知してくれれば簡単なのだがね」
このうるさい勧誘も相変わらず続いている。勧誘が始まってから二週間たったと思う。それにしても、執着というかしつこ過ぎると思う。私はすでに怒りを通り越して、呆れてきていた。もう教室内の同級生もこの先輩が来ることに慣れてしまったのだろう。勧誘が来ないとき(といっても一、二回)は、同級生達から『今日はどうした?』と心配(?)されるほどだ。
「どうした、君。溜息なんかついて」
「えっ。何でもないです」
拙い。心の声が出てしまったらしい。
「そうか、私はもう帰る。次こそは考えといてくれ」
そう言うと、先輩はとっとと教室から出て行ってしまった。
* * *
「あれ? もう、帰ったの? 今日は、随分と早く終わっちゃったね。何かあったの?」
先輩がいなくなった途端、愛実がにやにやしながらやって来た。絶対に私をからかっておもしろがっている。
「さあ、分かんない。でも今日はすぐ帰ってくれて、よかった」
「これでもう愛想つかされて優貴のこと諦めたりしたら、どうする?(笑)」
なんでそんなに楽しそうなのか分からない。しかも、(笑)ってなによっ‼
「別に、どうでもいい。っていうか、諦めてほしいっ! そのほうがいい!」
そうしたら、もう毎日しつこく勧誘されないし、やっと平凡な生活が送れるようになるはずだ。できることなら、目立たずに学校生活を充実させたいと思ってるんだけど。
「えーでも……あの先輩に目をつけられたら終わりだよ。私は、確実に優貴が生徒会に入ると思うね」
愛実は噂とか評判とかに詳しい。だから、先輩の噂やらも耳にしているんだろう。
「はぁー!? 私は入らないから。ありえないって」
「んじゃ、購買のパンおごりで賭けね」
むすっとした私に、愛実は生き生きとした表情で笑いながらそう言った。
私が頑固で絶対に入ろうとしないことを知っているのに。
* * *
翌日、先輩は私の前に姿を見せなかった。
* * *
「最近、来てないね。今日は来るのかな」
「さあ、どうだろう」
最後に先輩が教室に来たのは、丁度一週間前だった。
四月最後の週になっても先輩が現れるようすはなかった。いつもなら、本鈴がなった五分後には堂々とやって来るのに。
いつも来る人がいなくなると、なんとなく違和感があった。それが一週間も続いてて、気持ちが落ち着かない気がする。
――ちょっと!? これって、私がいかにも毎日期待してますって言ってるじゃない‼ 寂しいとか……じゃないと思うし、残念というか、ホッとしているというか……これは違和感なのかな。
私の中で表現できないモヤモヤとした気持ちが不完全燃焼してる。
「優貴はやっぱり、寂しいとか思ってる?」
「――ぶっ‼」
口の中の苺ミルクを吹き出しそうになった。危なかった。さすがに吹き出すのは汚いか。
「な、なんでそんなこと!」
――心の中読まれた? いや、その前に私は寂しいなんて思ってないはず!
「ありゃ、図星な――「ちがうってば」
紙パックを机の上に勢いよく置いて、購買人気のカレーパンをばくばくと頬張る。せっかくのパンが台無しだ。どうして、食べる時にそんなくだらないことで悩まないといけないんだろうか。
愛実は何か言いたい顔をしてたけど、それ以上この話題に突っ込まず、別の話題を話した。
私はもう考えたくなかったから、愛実が何も言わないで別の話をしてくれたのは有難かった。
* * *
大丈夫。私はいつもと違うことがあって心配しているだけ。
先輩は本来私と関わる人じゃないんだから、関わらないだけ。
私が望む生活が実現しただけ。
いきなり変わったから、気持ちが追いつけなくて混乱してるだけだ。
――――そうやって、私の中で浮かんでいるもやもやとした気持ちを納得させた。