[1]入学と平凡と先輩
暖かい日差しが降り注ぐ春。この季節はいつも高揚と期待が混じった気持ちになる。
私は、憧れていた如月高等学校に入学した。
何事も起こらない平凡な生活を送れると思って、嬉しかった。
……そう思っていたのに。
私の期待は、入学してから一週間後にあっさりと裏切られた。
* * *
眠い4時間目を乗り切って、ようやく待ちに待った昼休み。
ああ、肩が凝ってるな。伸びてると、すごく関節部分が痛い。ばきばきと音が鳴るのは気のせいだろう。
「あーだるい」
「お疲れ。もう四十肩?」
むっとして視線を向けると、友達の愛実が笑いながら弁当を持ってきた。
「失礼な。まだ私は若いっちゅーの!」
膨れっ面をしながら、私も弁当を出した。
愛実は、なんでも言いたいことはばっさりと口に出す性格で一緒にいると自然と付き合える。まだ入学して十日すぎたところだけど、馴染めてきた。
「あ、そういえば。今日もあの人が来るかもね」
「…………」
硬直したように箸が止まった。
愛実は、にやにやしながら私の表情を愉しんでる。意地が悪くて腹黒いのは、どうにかしてほしい。
「三日前からずっと来てるよね。飽きもせずに。いい加減、承諾したら?」
「嫌。絶対に嫌だ」
「うわー、本当に頑固。何が嫌なの? 普通さあ、はい喜んでとか言って引き受けるでしょ」
「…………」何も言えない。
理由とかはないけど、なんとなくあの人が気に入らない。
「だって、面倒くさそうじゃん。私は、普通に生活したい」
「ふうーん。そうゆうもんかねえ」
「だって、愛実はあの人の性格を知らないから、そう思うんだよ! だって、あいつの本当は――――」
直後、思いっきり勢いよく教室の扉が開いた。そして、鼓膜を揺さぶるような激しい音が響き渡った。……誰だ、馬鹿みたいに勢いよく来たやつは。
「藤沢優貴は、いるか?」
聞き覚えのある深みある声。頭全体に浸透するような低い声。何度聞いても聞き惚れるような美声だと思う。そんな声で自分の名前を呼ばれれば、誰だってどきっとする。
私は聞こえたけど、あえて無視して知らない振りをする。
「……優貴。いいの? 呼んでるよ?」
こっそり愛実も耳打ちしてくるけど気にしないで、ぱくぱくと弁当を食べ始める。
クラス中の視線が私に集まって、恥ずかしいし痛い。
気まずい雰囲気の中黙々と食べるけど、途中で物凄い力で右手を掴まれた。その反動で立ち上がった。
「ちょっ‼」
私の制止の声を無視して、こいつは手を引いて連れて行こうとする。足を踏ん張って抵抗したけど、やっぱり力の差はあるから、無駄だった。
「ちょっと、ねえ‼ 待って‼」
とりあえず、急いで箸を置いた。そして、そのままずるずると引きずられて行く。
ああ、もう。本当に意味が分からない。なんで私がこんな目にあわないといけないのか。昼休みの時間は潰れるし、ろくなことがない。
……最悪。
* * *
旧校舎の屋上前の階段の踊り場で私は、ようやく解放された。
溜息をつきながら、自分をここまで連れてきた奴を睨む。
180ちょっとある身長。長くも短くもない黒髪。幼く見える童顔。見透かすような鋭い瞳。余裕そうな口元。
これだけ見れば、かっこいい部類だと思う。私のタイプじゃないけど。
私はわざと仏頂面で彼を睨む。
「……私に何のようですか。坂本先輩」
先輩はその態度が気に入らなかったらしく、ギロリと私を睨んだ。……怖いけど、気にしない。
「生徒会に入れと三日程前から言っているのだが、君は理解していないのかい?」
愉快そうに歪められた口元から嫌みったらしい言葉が、いらつく。こいつは嫌味か皮肉しかいえないのだろうか。人を馬鹿にするのもいい加減にしろと思う。
「ですから、私はお断りしますと言ったはずです。理解されてないのは、先輩のほうじゃないんですか?」
嫌味には嫌味を。私も口と性格の悪さと負けず嫌いには自信がある。
先輩は薄ら笑いを深め、喉をククッとならして笑う。
「次期生徒会長候補の私が君を指名すると言っている。つまり、君に拒否権はないんだよ。この学校の生徒会の制度については、もちろん知っているはずだろうが」
「何度も言いますが、お断りします。私は生徒会に入る気なんてないですし、入りたくもありません。他の人を指名してください」
それじゃあ、と階段を下りていこうとしたが、また強い力で右手が引っ張られた。制服の上でも細身に見える先輩は、一体どこからこんなに力が出るのだろう。
「何ですか!」
苛立ちを隠さずに私は勢いよく振り返る。
すると、先輩の顔が近くに迫ってきていた。
「――!」
――近い、近い、近すぎるでしょっ! こっち来るなっつーの‼
先輩は私の顔を見て、にやりと笑って口を私の耳に近づけた。そして、呟いた。
「‼」
その次の瞬間、私は右手を振り放して急いで階段を下りた。
* * *
一年の教室が立ち並ぶ廊下前の階段でようやく足を止めた。
まだ顔が火が燃え移ったかのように熱かった。おそらく、顔は林檎のように真っ赤に染まっているのだろう。
――ほ、本当に意味分からない。あの先輩は。なんで、私が目をつけられないといけないのよ!
そして、私が去る間際に言われた先輩の言葉を思い出した。
『私から逃げられると思わないことだな』
思い出す度に恥ずかしくなってくる。こういう事を平気で言えるあの男は、変態というより頭がおかしいんじゃないんだろうか。しかも、あの人を馬鹿にするような笑みでよくも……。
「あっ!」
――まさか私は、あの意地の悪い先輩にからかわれ、弄ばれたってこと?
そう考えると、嫌みったらしい薄ら笑いもそのせいだと気付いた。
恥ずかしさがなくなってくると同時に、私の中で沸騰したような怒りが浮かび上がってきた。
やっぱり、関わるとろくな目にあわない。
私は、絶対にあの先輩とは関わらないと心に決めた。
恋愛物に初挑戦です。
読みにくい点もありますが、それでも読んでいただけたら嬉しいです。