即死チートを得たので大統領になろう
青年は、若手科学アカデミーの研究員であった。
統一地球暦において、彼のような若者にとって最大の栄誉は、地球大統領との謁見に選ばれることである。
偉大なりし統一地球大統領!彼の者の尽力により太陽系第三惑星地球から戦争は去り、貧富は生まれず、人々は富み、国境は消えた!
そして、年に数人しか許されないその機会が、今、彼に巡ってきたのである。
選考理由は単純だった。
彼が開発した記憶定着に関する論文と、その応用の装置が、教育省庁の目に留まったのだ。
装置そのものは小さな電気を生み出す、これまた小さな箱にすぎない。眠っている間に脳へ信号を送り、記憶定着を助け、学習内容を効率よく刻みつける。それだけの発明だった。
だが応用範囲は広い。うまくいけば、赤子の段階から知的水準を底上げできるかもしれない。
謁見の日、青年は緊張していた。大統領府の職員に案内され、長い廊下を歩く。地球大統領はそれほどまでの大人物であったからだ。現在の繁栄、栄華、それらを導いたのが他ならぬ彼であることを、幼子ですら理解していた。
道中をすれ違う役人たちは誰もが物静かで、歩きながらも目を伏せがちだった。皆、思考しているのだ。あるいは、その逆に移動中の思考を消して脳を休めている。
特に大統領府に連なるような高官たちは皆そのようなライフサイクルに生きている。
そういう慣習らしい、と青年は聞かされていた。
理由までは、誰も教えてくれなかった。
控室で待つあいだ、青年は装置の説明を頭の中で繰り返した。電位差がどのように記憶へ作用するか、健康への影響はどれくらいか、統一地球の教育政策にどう貢献できるか。もし採り入れられたとして予算はどれくらい必要か。どれくらいの効果が見込めるのか。想定問答は完璧だった。
やがて扉が開いた。
執務室は簡素だった。装飾らしい装飾もなく、大きな窓から地球の統一された空が見える。机の向こうに座る老人が、大統領その人だった。
白髪で、思ったよりは小柄だった。だが、青年には予想していたよりもよほど巨大に思えた。
「座りたまえ」
声は穏やかだった。青年は椅子に腰かけ、用意してきた説明を始めようとした。
「装置の件は聞いている。良い発明だ。予算を出そう」
青年は驚かなかった。
まさに、自分が考えていた問答であったからだ。
聡明なる地球大統領ならば、この発明が如何に有意義なものであるか、きっと理解してくれているだろう。ならば、このような機会は、つまり承認によるものであるはずだ。
偉大なる大統領ならば、この理論の意義を分かってくれているはずだ。そうに違いない。自分程度が解説するなどと烏滸がましいのではないか?そうとすら考えた。
「一つだけ質問がある」
大統領はそう言って、青年の喜びをぬかにつけた。
「この理論は、外部からの電位差による記憶定着を助けると……そう理解してはいるのだがね。それはつまり、任意の情報を他者の脳に植え付けられると、そのような悪用もできるのではないかね?」
青年は口を閉じた。予定にない展開だった。
いま、自分は何を聞かれている?他者への、情報の挿入……、脳への……、言わばそれは旧暦で行われていたおぞましい洗脳行為のような……。
わなわなと身体が震えるのを感じた。そのような使用法は考えつきもしなかった、だが、指摘も尤もだ。ならば、どのように答えるべきか?良心に従って応えるべきだ。だが、それは、つまり、自らの理論に悪用の恐れがあるということ……それを認め……いや、まさか、自分は疑われているのか?内心の自由を剥奪する最も重い罪………
「ふむ、言い方を変えよう。君は、人を憎んだことがあるかね」
唐突な質問だった。青年は、正直に答えた。
それが一番だと思ったからだ。
「……えと、そのあります。誰にでもあることだと思います」
「そうだろうな」
大統領はうなずいた。
「では聞くが、憎んだ相手が、そのあとどうなったか、覚えているかね」
「えぇと…、あぁ……特には……。あっ……忘れてしまいました」
「忘れられる、というのは良いことだ」
大統領は窓の外に目をやった。青年には、その視線の先に何があるのか分からなかった。地球の空以外、何もないはずだった。
忘れられる。この理論は、忘れさせないためのものとも言い換えられた。継続的な利用、記憶の定着……、操作……、挿入……、憎しみの……。
「五つのときのことだ。近所の子供と喧嘩をしてな。悔しくて、シェルターの中で強く念じた。あんな子など死んでしまえばいい、と」
青年は返答に困った。
「翌朝、その子は死んでいた」
「え」
部屋の空気がやけに冷たく感じられた。
何か、これまでとは別種の存在を感じていた。偉大な大人物、尊敬すべき大統領、それとちがう、何かを。
「分からないか?私には、霊長に対する絶対的な抹殺権限がある。」
随分と悪趣味な表現であった。確かに、今、彼は人類の歴史の中で最も権力を持ち、最も道徳心を持ち、最も頭の良い存在である。やろうと思えば、この地球……いや、宇宙でさえも、探し人の所在を突き止め、息の根をとめることは容易いだろう。
しかし、それはおいそれと露悪ぶって言うようなことか?そもそも、先ほどの話は何だ?自分はなぜそのような話を聞いている?なぜ聞かされている?考えろ。自分がすべきは何だ?弁明か?反省か?
「念じれば、人が死ぬのだ」
「……偶然、ということは」
「ない」
大統領は即座に言った。迷いのかけらもない声だった。
「あれから一度も、疑ったことはない」
青年は暗く深い眼に真っ直ぐに見据えられていた。吸い込まれるような黒、宇宙の黒であった。
「だから私は、この力にふさわしい人間になろうとした。人を殺せるのであれば、何故殺すのか、何時殺すのか。確固たる意志の下にそれを判断しなくてはならない。私は法であり処刑人を兼ねていたからだ。」
青年は黙って聞いていた。観念的な話のようにも感じられた。反論できる話ではない。何の寓意が含まれている?
「分かるかね」
大統領はいった。
「私は力だった。だから、それを振るえるようにならなければいけなかったのだ」
だが、面白いのはな、そういって大統領は続けた。
「それから、一度もこの力を使っていないということだ。使うべき時も、使うべき必要もなかった。」
老人は微笑んだ。皺の奥の目が、少しだけ細くなった。
「安心したまえ。私達は今のところ、君を憎んではいない」
無限のような時間に感じられた。
謁見はそれで終わりだった。
青年は礼を述べ、執務室を辞した。
廊下を歩きながら、青年は考えた。
偉大なりし統一地球大統領。彼の者の尽力により人々は無限の空へ飛び出し、あるものは芸術を、あるものは探索を、あるものは研究を、あるものは競争を極め、人類は黄金時代を迎えた。
ならば、真偽など、どうでもよいことのように思えた。
控室に戻ると、職員が待っていた。
「お疲れさまでした。皆様、最初はそうおっしゃいます」
「最初は、とは」
「二度目の謁見をされる方は少ないので」
職員はそれ以上を語らず、静かに一礼した。
青年には、自分が二度目の謁見に呼ばれることがないと言う確信があった。
だが、何故そう思うのか、自分にもうまく説明できなかった。




