表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

箱庭の守護者

作者: 月野槐樹

それは、平凡な高校の日常が一瞬で崩壊した日だった。


ある日の放課後、1年A組の教室で突然、巨大な魔法陣が輝き始めた。生徒たちは驚きの声を上げ、教師は慌てて避難を呼びかけたが、遅かった。光は教室を包み込み、瞬時に全員を異世界へと引きずり込んだ。


だが、これはただの「クラス召喚」ではなかった。召喚を仕掛けた異世界の魔導師は、召喚元を「1A」と指定していたのだ。古文書を見様見真似で書き写した結果であって、何か意図したものではなかった。


ただ偶然、その記述が地球側の神の介入により「1年A組」と解釈され、指定された地区の高校の該当クラス全員が対象となってしまった。教室にいなかった生徒たち――トイレに行っていた者、部活で遅れていた者、欠席者――も例外なく異世界へ飛ばされたのだ。


ただ一人を除いて。


木谷蓮きたに れんも、「1年A組」の一員だ。だが彼は交通事故で足を複雑骨折し、入院中だった。召喚の瞬間、彼のベッドの下にも魔法陣が浮かび上がった。光が蓮を飲み込もうとしたその時、何者かが介入した。


小さな神社のお守り。それは、クラスメイトの玲美れいみが「がんばってね」と渡してくれたものだった。蓮は走れなくなった足に絶望し、毎日お守りを握りしめて祈っていた。「神様、ありがとうございます。毎日見守ってください。頑張りますから……」どんな神様かも知らず、ただすがる思いで。


その祈りに応えたのは、小さな地方神社の神様だった。神様は蓮を見守り、召喚の干渉を強引に阻んだ。おかげで蓮は異世界へ行かずに済んだが、召喚の余波で不思議な力が残った。


「箱庭」――それがそのスキルの名だった。


小さな箱型のアイテム。


ある日、ふと気がつくと小さい箱が胸の上に乗っていた。


「誰かのお見舞いかな?」


眠っている間に、見舞いに来た人が置いて行ったものかもしれない。蓮は、あまり深く考えずに箱の蓋を開けた。


開くと、そこにはミニチュアの世界のようなものが広がっていた。小さく見える人が動いている。


『勇者と認定された方はこちらに!

有用なスキルを持たない方はあちらに!』


顔を近づけると声も聞こえてきた。よく見ると中央に固まっている人達は見覚えがある制服を着ている。


「え? クラスのみんな? あ、玲美ちゃん!」


ショートカットの髪の一部を三つ編みにしている女の子を見たとき、玲美だ、と蓮は直感した。


確認しようとじっと見つめると、箱の蓋の内側に、ズームアップした映像が映し出された。

大写しされた人物は確かに玲美で、手を前に組んで、他のクラスメイトと不安気に身を寄せ合っていた。


暫く様子を伺っていると、どうやら彼らは「勇者召喚」として、王城のような場所に呼び寄せられたようだ。「王国を救う為」と言われ、勇者のスキルを持つ数人が王城に残され、勇者のスキルを持たない、と判断された大半が、王城から追い出された。


『勝手に呼び出して置いて、用済みと追い出すんですか! 元の世界に帰してください!』


強引に城の外に連れ出そうとする騎士に文句を言ったのは担任の山崎先生だ。


『文句言わずにさっさと行け!』

『あっ』


騎士がドンっと山崎先生を押した。山崎先生が吹っ飛んで床に転がった。


「あっ、酷い!」


見ていた蓮は思わず声をあげた。

蓋の内側に何かメニューのようなものが表示された。


《回復魔法(微)》《助け起こす》(3/3)


「なんだこれ。先生に回復魔法をかけるの?」


ゲームの感覚で「回復魔法(微)」を選択すると、キラキラした光の粒が山崎先生の腰の辺りに吸い込まれていった。

そして、メニューの隣の数値が「2/3」と変化した事に気がついた。


「これ、もしかして、回数? 後2回しかつかえないの? MPみたいなやつかな。一晩で復活するのかな?」


数少ないのうちの一回を安易に使ってしまった事を少し後悔したが、その後しばらく様子を見ていても、メニューに出てくるのは「ちょっとした手助け」程度の内容だった。

もったいぶる程の事もないかと、適当に使ってみた。


「蓮! 蓮!」


突然、蓮の母が病室に飛び込んできた。

緊迫した様子だったが、蓮の顔を見ると安堵した様子で大きく息を吐いた。


「お母さん、どうしたの? 慌てて」

「……蓮、無事で良かったわ。……蓮のクラスの人達が皆行方不明なったって聞いたの」


蓮はドキっとした。謎の小さな箱の中の事を思い浮かべた。


(まさか……)


「……僕は、ずっとここに居たよ」

「そうよね。良かったわ」


病室で蓮の姿を確認するまで、気持ちが張り詰めていたのだろう、母は涙ぐんでいた。

その後のニャースで、「1年A組」の生徒と担任が「

全員」行方不明と、なっている事がわかった。


休みを取っていたものも例外ではなかったと聞いて蓮は驚いた。


「僕はA組の一員じゃ、なかったのかな……」


少し寂しい気持ちになって呟いた。キラリ、と箱が光って見えた。


「……あ、一員だから、この箱があるのか……。怪我してたから、かな」


足を複雑骨折して動けない状態だっから、召喚されずに箱が置かれたのかと、蓮は解釈した。

あれから、何度も何度も箱を開いて中の様子を見ている。減っていた数値は、日にちが変わると復活した。

どうやら1日3回だけ、彼らに「ちょっとした手助け」が出来るようだ。

蓮はそれを「召喚の遠隔参加」と考えていた。


蓮のスキル「箱庭」は開くと、異世界に召喚されたクラスメイトたちの様子が、まるでミニチュアの庭園のように見える。会話はできないが、1日3回、彼らに「ちょっとした手助け」を送れる。最初は小さな回復魔法や幸運の加護程度だが、手助けを繰り返すとレベルが上がり、より強力な支援が可能になる。


そして、知られざる機能――手助けした相手のスキルレベルアップの一部が、蓮に分配される。一定量溜まると、そのスキル自体を蓮が使えるようになる。異世界の神が召喚の監視用に作ったチートアイテムが、神様の干渉で蓮の手に渡ったのだ。


蓮はそんな複雑な仕組みなど知らず、ただ病室で箱庭を眺めていた。


「みんな、大丈夫かな……特に玲美ちゃん……。危ないところ、助けてあげないと」


一方、日本側では大騒動となっていた。「1年A組全員神隠し事件」。警察は超常現象を疑い、マスコミは連日報道していた。


事件を追う一人の男がいた。刑事の緒方おがた 拓也たくや。彼の妹――玲美が被害者だったからだ。必死に捜査を進め、ついにたった一人、行方不明になっていないクラスメイトの存在を突き止めた。


蓮の病室に、拓也は乱暴に飛び込んできた。


「お前、何か知ってるだろ! クラスメイトが全員消えたのに、なぜお前だけ……!」


蓮は怯えながらも、素直に首を振った。「僕……、事故で入院してて……。……歩けないから、多分……」


蓮は涙が出そうになるのを唇を引き結んでグッと、堪えた。蓮はみんなと一緒に異世界に行きたかった訳ではないが、最初から「戦力外」と見なされたようで惨めな気持ちが心の何処かにあったのだ。


拓也は八つ当たりだった。妹の安否が気遣って苛立っていただけだ。だが、涙ぐんでいる蓮の純粋な瞳を見て、玲美の幼い頃を思い出した。妹もこんな風に素直だった。


「……悪かった」


態度を軟化した拓也に、蓮は勇気を出して箱庭を見せた。


「あの……、これ、見てください。

これで、みんなの様子が見えるんです。玲美さんも……元気ですよ!」


拓也は目を疑った。箱庭の中に、異世界で冒険する妹の姿。モンスターと戦い、仲間と協力する玲美。


「本当だ……! 玲美……!」



箱庭の1日3回の手助け機能。蓮は積極的に使った。特に玲美には、ピンチの時に回復を、戦闘時に攻撃強化を。


「玲美ちゃん、がんばって!」


手助けのたび、玲美のスキルがレベルアップしていく。その一部が蓮に分配され、蓮の足の怪我が奇跡的に回復し始めた。医者たちは首を傾げた。「まるで神の奇跡だ」


さらに、分配の蓄積で箱庭自体が強化。最初は見るだけだったが、やがて異世界のクラスメイトに「メッセージ」を送れるようになった。


玲美の箱庭に、文字が浮かぶ。


【お兄さんがが心配してるよ。がんばって! 蓮より】


玲美は、最初にメッセージを受け取った時は戸惑ったが、終わりの見えない状況の中で、希望のようにも思えてきた。段々とメッセージが来るのを心待ちにするようになった。


「蓮くん……ありがとう!」


分配機能は、蓮を守る小さな神様にも力を与えていた。神様の力が増し、箱庭の境界が薄くなる。


月日が流れ、箱庭は究極の強化を迎えた。神様の加護と蓮の分配スキルで、「箱庭の中身の一部を現実世界へ引き出す」ことが可能になった。


「みんなを……戻せる!」


既に退院していた蓮は、放課後、「1年A組」の教室に向かった。教室は、当初立ち入り禁止となっていたが、調査後に立ち入り禁止が解除された。今はそのままの状態で放置されている。

その教室に蓮は一人で足を踏み入れた。手には小さい箱を持って。蓮に付き添ってきた拓也は廊下で待っている。余計な干渉をして儀式に影響を与えたくなかったからだ。


今日の教壇に立って「箱庭」の蓋を開け、神様にお祈りをした。事前にメッセージで知らせていたクラスメイト達も同時に神に祈る。教室の外でも拓也が祈っていた。「箱庭」が光り輝き、異世界のクラスメイト全員が、光となって地球へ帰還した。


教室に戻ってきた担任と生徒たち。召喚時に付与されたスキルは、異世界の神のルールで消去されていた。普通の高校生に戻った。


「夢みたい……」「本当に戻れた……」


玲美は蓮の姿に気づくと駆け寄り、抱きついた。


「蓮くん、ありがとう! あなたのおかげだよ」


拓也が教室に入ってきて、涙で顔をぐしゃぐしゃにらしながら蓮の肩を叩いた。


「お前は英雄だ。兄貴として、感謝する」


蓮の顔にも安堵と喜びの笑みが浮かんだ。


だが、蓮の手にだけ、「箱庭」は残った。神様の贈り物として。


時折、箱庭を開くと、神様の声が聞こえる。


『よくやったな、蓮。君の祈りがすべてを変えた』


蓮は微笑んだ。足は完全に治り、再び走れるようになった。


クラスメイトたちは、異世界の記憶を胸に、新たな日常を始めた。誰も知らない、蓮の秘密の箱庭とともに。


それから数年後。蓮は箱庭を大切に持ち続け、時折、昔の仲間たちを覗き見る。みんな幸せに暮らしている。


そして、小さな神社は、今や全国的に有名になった。「奇跡の神社」として。


蓮は時々、そこへお礼を言いに行く。


「神様、ありがとう。見守ってくれて」


風が優しく吹き、答えが返ってくるようだった。


――箱庭の守護者は、永遠に続く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ