第四話「神、学ぶ!」
俺が生まれてから体感2時間ほど経った。
頭の整理はだいぶ付いてきたと思う。
生まれた時から、「カシアン」という単語を非常に頻繁に耳にする。
状況的に、おそらく俺の名前であることは安易に想像出来たが、初めて聞いた時は、
カシアン?誰だそれ?俺は沼田慎一、23歳、コンビニバイト……いや、クビになった元コンビニバイトだろ?
と、恥ずかしいほどに戸惑ってしまった。
(心の中:ハァーズカシィー!!)
23年間も付き合ってきた名前というのは、体に染み付いて離れないようだ。
そして同時に、俺は「カシアン」としての2周目の人生を真っ当に送る事を誓う。
もう一度辺りを見回してみる。
視界の端、薄暗い天井。部屋の隅に見える古い棚。
窓の外は、光に揺れる白く濁った水面?……湖か?
あれ、なんか真ん中に黒い塊が沈んでいるような……。
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1週間ほど経過した。
俺の両親は英才教育だった。
生後1週間の、まだ立つ事も出来ない俺に、言語を覚えさせ初めた。
だるいなー。勉強とかいつぶりだよ。
そもそも俺に見たことも聞いたこともない言語なんて話せるのか?
と、弱気になっていたが、始めてみると、これがまた面白い!この俺が、手に取るように分かるのだ!
発音は初めて聞くもので慣れないが、文法は英語に似ていた。
短大まで行った俺を舐めてもらっては困る。
英語の文法ぐらいは容易いものだ。
文字は、まさに異世界もののアニメで見るそれだった。
異世界もののアニメを何周も見て、文字を解読しようとした事もある俺にとって、この文字を覚えるのは、漢字を覚えるよりも数倍簡単なことだった。
(まぁ、一度も解読出来たことは無いのだが)
それに加えて、体が変わった事もあり、物覚えが良すぎる。
もしかしたらこの世界での俺は、もう無能なんてものから程遠い、『有能』に成り上がれたのではないか?
そして俺は、生後2ヶ月で、難しい単語以外は、だいたいマスターすることが出来た。
ついに、両親の言葉が分かるのだ。
まず最初に、俺の本名は、「カシアン・デルマール」というようだ。
そして、母の名前はアデル・デルマール、
父の名前はラオネル・デルマールだ。
また、俺が生まれた時に、奥に立っていたガタイの良い男性は、俺の伯父にあたる人、つまりラオネルの兄らしい。
名前をジークフリート・デルマールという。
彼は、訳あってうちに雇われているようで、雑用兼護衛の役目を担っている。
寡黙なイメージだが、穏やかな顔立ちをしている。
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4歳になった。
俺の体は、ある程度だいたいの自由がきくようになった。
ラオネルは自分の部屋に初めて俺を入れさせてくれた。
そこには分厚い本が沢山並んでいた。
「今日から、カシアンにこの家のことやこの世界のことを知ってもらおうと思うんだが……
まずはだな、カシアン自身のことについて軽く話しておきたい。」
ラオネルはそう言って、真剣な表情で話し始めた。
話の内容は、だいたいこんな感じだった。
まず、俺はヒト族であるが、カシアン含め、俺の親族は皆、アズリオン族という種族らしい。
このような、同種族(または異種族)の間に出来た子供が別種族ということは、この世界では極稀にあるらしく、そういう子供は別族子と呼ばれている。
確かに、よく考えたら不思議だった。
他の人は、青白い肌をしているのに、俺だけは前世と同じく、人間の見た目をしている。
詳しくは、神格傑将について書かれた本に載っていると言っていた。
後で読んでみよう。
次に、デルマール家について話してくれた。
デルマール家は、王国北西部のラマール湖沿岸の領地を治める、潮汽沿岸貴族らしい。
潮汽というのはこの世界について話す時に説明する手筈のようだ。
元来、デルマール家は、この湖を利用した潮汽上貿易や、漁業、船の管理で栄えていたが、大陸街道が整備され、陸路貿易が主流になると、収入源がほとんど無くなってしまったようだ。
今ではデルマール家は、派閥争いで負け続け、領地の6割ほどが没収され、「沈みかけの小舟」と揶揄されるまでの、最底辺貴族にまで成り下がってしまった。
しかし、潮汽商人や、船大工からの信用は、衰えていないらしい。
ラマール湖については、昔のことも含め、他の家より詳しいからだろうか。
最後に、この世界のことについて話してくれた。
だいたいは、想像してた異世界とそんなに変わらず、地球と類似している点も多い。
獣族などの、馴染みのある種族もいるようだ。
だが、1つ驚いたのは、この世界には水が無いことだ。
この世界は、地球が水と大陸で構成されていたのと同様に、潮汽と大陸で構成されているらしい。
しかし、ここで地球人が注意したい所は、潮汽というのは、水とは異なる物質であることだ。
火を消すことも出来なければ、ばちゃばちゃと音を立てて遊ぶことも出来ない。
ただ、共通点は多々ある。
・船や人が浮かぶ。
・ヒト族が中に入ると、息が出来ず、窒息死する。
・中には、魚族という種族が住んでいる。
→つまり魚がいるということだ。
・家の蛇口を捻れば出てくる。
・空から雨として降ってくる。等々……
ともかく、水では無い水のようなものだ。
また、この世界の人は、それを飲んで生きている。
元理系男子の俺が思ったのは、どうも、固体と液体と気体の間のような、超臨界流体に近いものらしいということだ。 (知らんけど。)
また、この世界の空気は、水素と酸素だけで構成されているらしい。
割合は、場所によって異なることもあるが、
だいたい水素:酸素=2:1。
どこかで聞いたことのある割合だが、この世界に水が無いということに矛盾する。
いや、気体だから液体には戻せないのか?
そこら辺はよく分からない。
また、密度的に、酸素が下に溜まっていきそうだが、それについては、神格傑将の1人、風ノ神が、神格帝級魔術というものを使って調整したようだ。
なんとも厨二病的なネーミングだが、自然界の数値を変えれるのだから、何でも出来るようなもの凄い魔術だろう。
アクションゲームの必殺技だとか自分にバフがかかる領域を広げるだとか、そんなイメージだろう。
中学の時にやってたインフレゲームで最強キャラをゲットしては、友達を煽っていた。
もっとも、その縁は卒業と共に自然に切れたが。
どちらにせよ、チート魔術で美女を助けてそのまま……
なんて展開があったらいいなあ
また、何故かラオネルは話したく無さそうだったが、この世界にもしっかり、俺にもほぼ確実に使える魔術があるらしい。
キター!やっぱ異世界といえば魔術だよな〜
無詠唱とか! MP無限とか!
お願いだー俺にも特殊能力があってくれ!
と、内心ワクワクが止まらなかったが、何故か暗い顔をしている彼の前でニヤつくなんてことは、とてもじゃないが出来なかった。
ラオネルは、後はそこら辺の本で読んでくれと言って、あっさり話を切り上げてしまった。
彼が魔術を嫌う理由は分からない。
魔術に親でも殺されたのだろうか。
また、残念なことに、この世界にも小学校に似たものがある、という話もしてくれた。
6歳以上の人は、何歳からでも入学後、4年間学べば、一人前と認められるらしい。
しかし、方式は大学に近い。
在学中も卒業後も、研究でも何でもしていいようだ。
また、学校では、理系と文系があったように、魔術系と学術系に分かれている。
だがこれらは、両方学ぶ必要はない。
というより、学問系は、魔術が出来ない人が学ぶものであり、両方学ぶことは出来ないらしい。
もちろん俺はめちゃくちゃ魔術系に行きたい!
が、ラオネルは俺を学問系に入れる予定だと言っていた。
マジかよ。せっかく異世界転生したのに……
俺の人生でここまで『意気消沈』という言葉が似合う場面があっただろうか。
また、今俺がいる大陸は、ウォーラス大陸という所で、この世界の中央にある世界最大の大陸だそうだ。
他にも、北にソール大陸と、ビージェスター大陸、南にテンペストリア大陸という3つの大陸があるようだ。
そこまで説明した後、ラオネルは疲れたようにため息を吐いて黒い槍を持って外に出て行ってしまった。
どうやら彼も勉強は嫌いなようだ。
あとは女好きであれば、おそらく相当気が合う。
よっしゃ!
かといって、基礎的な知識をつけておくことは大切だ。
今となっては関係の無いことだが、細かい計算を後回しにしていた俺は、知らず知らずのうちに数学に手がつけられなくなった。
それに、学校に入る前に知識をつけておけば、学術系は必要ないと思われ、念願の魔術系に行かせてくれるかもしれない。
とにかく、学魔選択の前に、ここにある本の内容を頭に入れておこう。