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第二話「神、死す!」

ついにバイトをクビになってしまった沼田。

彼の限界生活にも拍車がかかる。


 じんわりと目が覚める。

 昨日は気を休めるために少し早めに寝たから、

 いつものように眠くは無い。

 不思議と清々しい朝だ。


 スマホの画面を見る。

 フーちゃんはいつも通り、恥ずかしそうに笑っている。

 今日もめちゃくちゃ可愛い。

 画面には8:30と表示されていた。

 なんだ俺、起きれるじゃん。

 どうでもいい時に限って早めに起きてしまうのは、遅刻魔の中ではあるあるだ。(自論)


 いつものように歯磨きをして顔をゴシゴシと洗う。

 無論、昨日のような浮ついた気持ちには到底なれるはずも無かった。


 調べてみると、遅刻などの能力不足を理由とした急な解雇は、適切な指導が事前に無かった場合、不当解雇にあたる場合があるらしい。

 俺の遅刻癖について、店長は呆れていただけだったが、バイトリーダーを勤めていた短大の2年上の先輩の村崎先輩からは、割とビシバシと事細かく指導してもらっていた。

 早朝にモーニングコールが来たこともしばしばあった。

 そんなこんなで、俺は適切な指導を受けてしまっている。

 ゆえに、訴えても負けることは目に見えているのだ。

 そもそも、裁判を申請する金も無い。


 パシッ! 

 両手で頬を強めに叩いた。

 切り替えよう。

 

 とは言っても、今の俺を雇ってくれる所なんてあるはずもない。

 何より、割れた強化ガラスのように粉砕された俺のメンタルを、ただでさえ面接嫌いな俺が隠し通せる自信が無い。


 そんな俺が、

 家賃の滞納もままならない俺がまずするべきこと。

 そう、精神と気力が安定するまでの『財源』を確保することだ。

 自◯党政権のようなことを言ってしまったが、今の俺にとってこれは、最重要政策(生きる策ならば、生策とも言ってもいいか)である。


 だが、今の俺に頼れる人がいるのだろうか。

 学生の頃の友達とは疎遠になってしまったし、

 村崎先輩含め、バイト仲間にはとっくに見放されている。

 親とは今も連絡を取れていない。

 

 


 …………実家に………帰って…みる………か。




 父がいるのは気に食わないが、母にはずっと謝りたいと思っていた。

 あんなにも無能な俺をサポートしてくれていたのだ。

 朝早く起きて弁当を作り、笑顔で無愛想な俺を送り出す。

 夕飯は俺やお姉ちゃんの好みに合わせて作ってくれる。

 俺が父にバシバシ叩かれながら、怒られている時も、母は俺を庇ってくれた。120%俺が悪かったのに。

 それなのに当時の俺は反抗期真っ盛りだったのもあり、母を全く気遣えていなかった。


 もう一度会って話してみたい。

 今の俺なら父とも本心で語り合えるかもしれない。

 俺は、昼食を食べてすぐに実家に帰ることにした。


―――――――――――――――――――――――


 実家までの道を辿る。

 3年ぶりに通るこの道は、ほとんど変わっていなかった。

 家を出た時のまだ自分の可能性を信じていた頃の俺に戻ったような気分だった。

 ただただ懐かしい。


 子供の頃、俺が漫画を買っていた小さい書店の店主は、天使のようなおばちゃんから、優しそうな30歳代ぐらいのお兄ちゃんに変わっていた。

 世代交代だろうか。


 中学の時、塾の帰りによく寄っていたラーメン屋は、もうつぶれてしまっていた。

 今日の帰りに食べて帰ろうと思っていたが、どうやらその願いは叶うことはないらしい。

 悲しい。

 もっと早く帰省する決断をしていたら、店主と思い出話をしながら、あの懐かしの味を堪能出来ていたのかもしれない。



 変わっていないように見えた街並みも、細かい所は全くと言っていいほど変わっている。

 それでも心が落ち着いた。


 故郷に帰って来たという安心感。

 のどかな雰囲気。

 見えるもの全てが美しく見えた。


―――――――――――――――――――――――

 

 実家の目の前に着いた。

 あの頃と何も変わらない。

 父の怒鳴り声が聞こえなかったのは少し安心したが……


 俺の胸の高まりを感じていた。


 早く会いたい。

 両親の顔が見たい。

 小学生の頃のように、純粋な自分を曝け出したい。


 普段は浮ついている、超絶変態な俺の心も、透き通るように感じられた。



 ピンポンを押す。

 部屋の中でピーンポーンと音が鳴り響く。

 ドタバタと慌てる足跡が聞こえる。







 ―――音がぽつりとも聞こえなくなった。

 やはり俺は嫌われているのだろうか。

 それとも、驚いて腰を抜かしてしまったのだろうか。



 「あのー誰かいますか?慎一です。久しぶりに帰って来ました。」



 ―――呼び掛けてもやはり反応は無い。

 仕方無く高校生の頃から使っている茶色く汚れたかばんから実家の鍵を開ける。


 俺を驚かせようとでもしているのだろうか。

 しているとしたらお姉ちゃんだろう。

 彼女は、俺とは違い、学歴優秀、シゴデキかつ、外見・内見共に、まさに一軍女子といえる風貌をしている。

 彼女との時間が、俺の人生で唯一の可愛い女の子と過ごせる時間だった。

 もっとも、彼女は俺の()()()()()なのだが。



 そんなことを思い出すと、より一層胸が躍る!

 自分の心臓の鼓動が頭の中でうるさく響く。

 緊張と期待で胸が張り裂けそうだ。

 顔は自分でも気持ち悪いぐらいにニヤついている。



 しかし、玄関を開けてもそこには誰もいなかった。




 リビングまでの廊下を歩く。




 何やら暗赤色のカーペットが床に敷いてある。

 お祝いパーティーでもしていたのだろうか。



 そのまま進む。





 いや違う。   は?

 



 そこにあったのは、カーペットなどという、身近なものでは無かった。

 いや、別の意味では、3年前までは極身近にあったものであった。






――――――血だ………




 恐る恐る、痙攣しているようにビクビクと震える右足をリビングに踏み出す。



 そこには死体も何も無かった…………










 「ゔっ…グハッ………」


 唐突に体の中心に激痛が走った。



 下を見ると、鉄のように硬くなった土のようなものがギュルギュルとおぞましい速さで回転しながら、俺の胸を貫いていた。

 走馬灯を見る暇も無く、俺の意識はプツリと切れた。









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