生きない君に愛を唄って
卒業式。
桜の舞うこの校舎に、大勢の保護者と卒業生、在校生が集まり、式が開かれる。
「春。何かが終わる卒業と、何かの始まる入学。君たちには、今後の世界で羽ばたいて、この世界を引っ張っていく義務があるのです。そんな君たちに言いたい。『未来はきっと、過去を習う』過去が、いずれ過去となる今が美しければ、きっと未来も明るくなる。それだけ、知っていて欲しい」
長い校長の話も、今日だけは、今だけは全員が聴いている。
やたらと長いけど、寝ることも、飽きることもせず、黙々と耳にする。
一日くらい。そういう日があってもいいだろう。
けど、そんな中、僕はあの子のことを考えていた。
『ねえ!次はあそこ行こ!」
『わ、分かった」
あの子に手を引っ張られ、水族館の中を巡った記憶、あの夏に、僕は世界を教わった。
誰とも話さず静かに暮らす僕をあの子は嫌いと言わず、嫌がることもせず話してくれた。それどころか、一緒に、二人っきりで水族館に行くほど仲が良かった。
夏。ゲリラ豪雨のように突然現れた彼女は、ゲリラ豪雨のように去っていった。
たった一人、今までずっと一人で生きてきた僕を変え、残してその場を去っていった彼女のその小さな背中は、今や記憶の隅で淡く輝いている。
先生の話を聞きながら、僕は感傷に浸った。彼女のことを、思い出した。
もう会えない。それはもうわかっている。
けれども、またもう一度、あの夏を求めている。
――僕は、彼女を愛していた。
しかし、彼女は僕を愛さなかった。愛せなかった。
彼女の最期、病院での出来事。
ベッドに寝たきりの彼女のそばで、僕は紙に並んだ文字を読んだ。
『未来は、あなたと居て楽しかった。もっともっと遊びたい。あなたのことをもっと知りたい。ずっと、そばにいたい。私はもう会えない。そんなのはもう分かってる。最初からずっとわかってた。だから君を愛さない、たとえ君がどれだけ愛してるって、好きだよって言っても、私は君を愛さない。愛せない。ごめんね、またいつか会えるなら、その時は今を....未来で、過去を笑い合おう?待ってるよ。できるだけ、遅くきてね』
絶え間なく、一定の間隔すら持たない心電図の音を背後に、ただ、静寂に包まれた部屋で、僕は泣きながら読んだ。
何も言わずに消えていく彼女の声で再生されたその文字たちは、僕の心にズキズキと刺さった。
苦しくて悲しくて。何もできない自分を殺したかった。
でも彼女は、この紙に、『できるだけ、遅くきてね』という言葉を並べた。だから。僕はそれに従う。
気づけば、名前を呼ばれ、卒業証書をもらう時が来た。これで全てが終わるんだ。
溢れかける涙を抑えながら、僕は準備をした。
「三年三組――」
もう直ぐ、僕の番だ。
数分後、体感では数十分、卒業証書をもらい、緊張は解けていった。
その後、あっという間に卒業式は終わった。
この三年に、長いようで短い三年に幕を下ろし、次の三年の準備を始める。
気づけば、僕は下を向き、涙は止まらなくなっていた。
彼女のことを。忘れられない。
この、僕の人生に色彩を与え、物語を変え、記憶も、性格も全てを変えていった彼女を、僕はずっと追いかけていた。
僕は走った。
財布を取って、花屋へ向かった。
花を買い、僕はまた、泣きながら走って、墓地へ向かった。
先生からもらった、彼女の分の卒業証書と花を片手に、大好きな彼女の元へ急いだ。
彼女は今、ここに眠っている。
安らかに、眠っている。僕を待っている。
「未来。聞こえる?」
泣きながら、その墓に言葉をぶつけた。
「僕、卒業したよ....もちろん未来も....」
花は揺れる。周りの草も木々も、踊っている。
直ぐそこに生える桜の木から、花びらが舞う。
それはどこか暖かくて、彼女がそこにいるようだった。
「おめでとう!」
嗚呼。確かに聞こえた。
絶対に嘘じゃ無い。
本当は、嘘にならない。
彼女の元気な声が、その場に響いた気がしたんだ。
だから....僕は....
「ありがとう。そして君も、おめでとう!」
笑顔で返した。
一瞬見えた彼女の影は、どこか嬉しそうで、笑っていた気がした。