貴方の心が欲しかった。
『貴女如きがヴァイオルド様に釣り合うと思いましてッ!?ヴァイオルド様に相応しいのはこの私しかいませんわッ!!』
『嫌がらせをやめてください…ですって…?私は嫌がらせなどしておりませんわッ!……私ではない人がやっていることがあるかどうかは知りませんが…!』
『――あの子にコレを飲ませなさい。身の程を弁えないならどうなるか思い知らせないと…。』
――過去を……思い出していた。
あれはまだ、学生だったとき。
学園では、才色兼備であり、非の打ち所がない宰相子息、ヴァイオルド様の婚約者の座を狙って水面下で激しい争いが繰り広げられていた。
とはいえ、家格、容姿、成績等から私に決まりかけていた。
ヴァイオルド様も恐らくそうなると感じていたに違いない。
――だが、ある日転入してきた男爵令嬢によって全てがひっくり返されたのだ。
初めはなんとも思っていなかった筈なのに、いつからかヴァイオルド様は、彼女を目で追うようになっていた。
話すようになっていた。
出掛けるようなっていた。
一緒に帰っていた。
――そんな馬鹿な話があっていいものか。
私はライバル達の犠牲の上にここまできたのだ。
ここで私がヴァイオルド様を手に入れることが出来なかったらライバル達に顔向けが出来ない。
そもそも、家格も釣り合わない、マナーも分からない、頭も悪い、出来ないこと、足りないものの方が多い。
そんな女のどこがいいというのか。
貴族として彼女を選ぶことが正しいとでもいうのか。
だから私はヴァイオルド様の側から彼女を排除することに決めたのだ。
――結論からいうと、彼女を排除する事には成功した。
したが、今は後悔しかない。
彼女はどこまでも真っ直ぐだった。
ただ、その真っ直ぐさ故に、彼女はなかなか折れなかった。
そして折れなかった故に、彼女を排除しようとする動きはどんどん苛烈になっていったのだ。
最初はすこし肩をぶつけるだとか、ちょっと無視をするだとか、その程度だったのだ。
それがいつしか、わざと転ばせる、完全にいないものとして扱う。
そういったものに変化していってしまったのだ。
それがどれ程つらいことなのか、今ならわかる。
しかし、それでも折れなかった彼女に、私はある薬を飲ませた。
それはいわゆる毒薬と言われるものだ。
死ぬことは無いが、昏倒し、嘔吐、下痢、その他様々な不調を身体にきたす。
そんな薬を盛られて、殺されかけて。
それでも犯人がいるであろう学園に来る生徒はいるだろうか。
心配しない親はいるだろうか。
毒薬を盛られしばらく休んだあと、彼女は退学した。
その時の私は達成感でいっぱいだった。
これでヴァイオルド様は私を見てくれる。
私だけのヴァイオルド様になる。
そのまま順当にヴァイオルド様と婚約し学園を卒業。
夢にまで見たヴァイオルド様との結婚生活。
なにも分かっていなかった私は、結婚生活とは無条件に幸せなものだと思っていたのだ。
私の隣には必ず素敵な旦那様がいると思っていたのだ。
――だが、そんな夢は初日に壊れた。
別にヴァイオルド様が口をきかなかったとか、私に対してきつい態度をとったとか、そんな事は全くなかった。
初夜も済んだし、私に対しては貴族として、人として非の打ち所は無かった。
ただ、
その瞳に、
――私は常に、いなかった。
分かってしまう。
好きだからこそ。
ずっと見てきたからこそ。
誰よりも側にいたいと願ってきたからこそ。
その瞳が誰を映しているのか。
――分かってしまうのだ。
そこから気づけば20年だ。
自分でもよくここまでこれたと思う。
懺悔と後悔に塗れた日々だった。
彼女を排除したこと。
ヴァイオルド様を諦められなかったこと。
――ヴァイオルド様を縛り付けてしまったこと。
だがそれも今日、息子の結婚によって終わる。
「荷物はこれくらいでいいかしらね…。」
私は家を出る。
これは前から、ずうっと前から準備していたことだ。
遅すぎるかもしれないが、私はヴァイオルド様を解放しなくてはならないのだ。
息子には伝えてある。
『母上こそ解放されるべきだ。』
息子はそう言ってくれた。
でも、違う。違うのだ。
全ての原因は私。
私が罪に溺れ、身動きが取れなくなっただけなのだ。
ヴァイオルド様には手紙を書き残した。
今までの事への謝罪。
傷つけたであろうこと。
縛り付けてしまったこと。
――好きであったこと。
走馬灯のように蘇る。
学生の頃のあどけなかったヴァイオルド様。
私の言葉に困惑するヴァイオルド様。
諦めたような顔で微笑むヴァイオルド様。
ヴァイオルド様と息子と三人で歩いた並木道。
優しくて、
格好良くて、
少し不器用で、
ひどい人。
――さようなら。
『貴女の心は在ったのに』
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ヴァイオルド視点。
『愛した貴方にさよならを。』
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ルミナスのその後。
『愛した貴女にさよならを。』
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ヴァイオルドのその後。