第15話 マイケル・タイタン戦 その2
「私が元プロボクサーだということは、君も知っているだろう」
突然、漫画スタジオに姿を現せた火事原一揆は、タバコをふかしながら、そう言葉を発した。
「ええ、それは、知っていますけど」
「私が君のトレーナーをしてやろう」
僕は、その火事原の発言に驚き、
「でも、どうして火事原先生が俺のトレーナーに。その左足の怪我は、俺との決闘の時に傷つけたものでしょう」
と、思わず言ったのだが、火事原は悠然した態度で応じる。
「そうだ。君は私に勝た。だから私は君を『漢』として認めているのだよ」
こうして僕は、火事原一揆をトレーナーとして向かえ、マイケル・タイタンとの試合へ向けての準備を始めた。
連載中の漫画『タイガーホール』は、僕の意向で最終回を向かえる。その後は練習に専念することになった。
「僕たちアシスタントは、この先、どうすればいいんですか?」
と、チーフ・アシスタントが言うので、僕は、
「これは、次回作のネームだ。ある程度まで原稿を仕上げておいてくれ」
下書きを書き込んだ、一冊のノートを手渡す。
その後、タイタン戦の交渉は順調に進み、日時は三カ月後の七月七日、会場は帝都ドームということになったのだが、
テレビ局プロデューサーの上嶋が、練習場所の『拳闘ボクシング・ジム』に顔を出して、
「マイケル・タイタンとは、二試合の契約になったんですよ」
と、僕とトレーナーの火事原先生に報告した。
「それで、第一戦が富士丘ヒロシ戦でして、その一週間後に南斗先生との試合です」
だが、たとえエキシビジョン・マッチだとしても、
「一週間で二試合、俺も富士丘さんも、タイタンには随分とナメられたものだな」
僕が、やや腹立たしい態度を見せると、上嶋も同調するように、こう発言する。
「タイタンは、この試合を『日本観光』くらいに考えているんですよ」
こうなれば僕も、俄然、練習に力が入った。
だが、そんな時期に、ある夜、井伊島愛衣からの電話が掛かってきた。そして、しばらく世間話をした後に、
「ねえ、バズちゃん。遊びでもいいから、時々会って抱いてよ」
と、愛衣は、なんとも言えない寂しげな口調で言葉を吐き出す。
「今は、会えないよ」
「私のこと嫌なの?」
悲しそうな愛衣の声を聞き、僕は切ない気持ちになった。この感情は何なのだろう?
「違う、今は試合前でストイックに猛練習しているんだ。だけど、俺は愛衣ちゃんの事を遊びだとは思っていないよ」
そう言って僕は、電話を切る。
その翌日からも、厳しい練習は続き、火事原先生は竹刀を片手に檄を飛ばす。
「もっと、腰を入れろ。そんなパンチではタイタンは倒せないぞ!」