第十話 鬼の形相で仁王立ち
試合が始まると、富士丘は拳法のような構えを見せ、
「セイヤ、セイヤ!」
と、平手打ちを出して来る。
[さあ、まずは富士丘、掌底打ちで様子を伺う]
[いや、あれは意外にね、当たれば効きますよ]
解説者の左山智が言う。武術の求道者である富士丘も、以前より、格闘技雑誌の取材などで、
「パンチより『掌打』の方が有効だよ」
などと主張していたが、そんなペチペチした平手打ちは、バズーカ南斗には効かない。
[二発、三発と掌底打ちが当たる。さあ、バズーカ南斗は、 この攻撃に、どう対応するのか]
僕はオープンフィンガーグローブの拳を、グッと、握りしめ、
バシーンッ!
右ストレート一閃。拳を富士丘の顔面に叩き込んだ!
真後ろに吹っ飛ぶ、富士丘。
バターン。
[富士丘ヒロシ、ダウンだ!]
パンチ一発で、富士丘は失神したようだ。
「うおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉーっ!」
観客席から地響きのような歓声が響く。
[ここで、レフリーが試合を止めた!]
カン、カン、カン、カン、カン、カン、カンッ!
[ゴングが打ち鳴らされる。右ストレート一発。一撃で試合を決めましたバズーカ南斗。さまに一撃神話の始まりです!]
試合終了の直後、歓喜した舞花がリングに駆け上がって来る。
「勝ったのね、南斗さん」
僕たち二人は、リング上で抱き合った。
その後、僕と舞花は予約していたホテルにチェックインする。
今度はベッドの上で、裸と裸の男女の熱戦を繰り広げた。互いに鍛え上げた肉体が、
パァンッ、パァーンッ!
と、ぶつかり合う、パワー系の『夜の営』みだ。
激しく燃えた情事のあと、グッタリとした舞花に、僕は囁くように言葉をかけた。
「もうすぐ、日が昇る時間だ」
「ええ、思い出の初日の出ね」
僕と舞花は全裸のまま窓際に立ち、カーテンを開けて、初日の出を見る。
だが、お決まりのように今回も、写真週刊誌『FIRE』に僕と舞花の密会がスッパ抜かれた。
その週刊誌が発売された翌日のことだが、僕は、人気女子アナの佐藤あや子に呼び出される。
「南斗さん、お話があります」
「わかった。すぐに行くから」
指定場所のテレビ局の地下駐車場で、待ち構えていたあや子は、例のFIREを片手に『鬼の形相で仁王立ち』していた。
「まずい、かなり怒っている」
と、僕がカウンタックから降りると、直ぐに、あや子が詰め寄ってきて、密会写真のページを開き、
「南斗さん、コレは、どういう事なの?」
と、トゲのある口調で詰問してきた。
「いや、それは、あの、実は」
上手く言い訳も出来ない僕に向かって、
「AVの絡みは仕事だから仕方ないけど、女性トレーナーに手を出すなんて酷すぎない。私の事は、いったい何だったの。本当に、もう信じられない」
と、凄い剣幕でまくし立てる、あや子。
長いセリフを、怒りながらも噛まずに喋るのは、さすがはアナウンサーだ。などと僕が思っていると、
バシィィーッーン!
強烈な平手打ちが飛んでくる。
「ぐあっ!」
思わず吹き飛ぶほどの一撃。これは富士丘ヒロシの掌打よりも、はるかに威力がある一発だった。