この世界には、いつも明るい君がいた。
恋愛小説に近いものになっています。
もしよかったらご覧ください。
「あぁー、疲れたぁ。」
3年最後の試合が控えているから、死ぬ気で部活を頑張った。だが今日、右手首を痛めてしまった。試合が近いのに、負傷するなんて自己管理が全くなってない。と自分を責めていた。
喉は乾き、腹はすっからかん。とりあえず着替えて、体育館から出て、自販機で飲み物を買おうと歩いた。その道中だった、家庭室の電気が付いている。時刻は、きっかり午後8時52分。電気の消し忘れかとも思ったが、そうでないことはすぐにわかった。
「いい匂いだ。」
中で誰かが料理している。この唆られる匂いに、ついつい家庭室に足が向かった。
教室の少し奥で、彼女が、この高校で最初に友達になった、遠藤彩が料理していた。
「えっ。」
俺が声を上げると、彼女はこっちを向いた。
「よっ、部活終わり?あっ、偶々君が好きなオムライス作ってたんだけど?食べてく?」
「わ、あっ、え、あぁ。食べる。」
動揺していた。
少し、手が震えていた。
「んん〜、我ながら上出来じゃん。どう?君さ、卵大好きでしょ?」
満面の笑みで、俺の方を見てきた。
「卵好きなのはたんぱく質が豊富だから」
「あれ?そうなのか、君の為に卵沢山使った料理作ったのにー。」
彼女のその返答に、そういえば前に「好きな食べ物は?」と聞かれて、「んー、あぁ、卵が好き。」とだけ返したことがあった。
大体半分と少しくらい食べ終えた時に、言ったと思う。
「なんで、こんな所にいるんだ?」
勇気を出して、聞いてみた。
「えっ、私?」
「えっ、お前以外今誰がいんの?」
「え?君がいるじゃん?」
「何?今の独り言だと思った?」
「そんなわけないじゃん?バカだな君」
この微妙に腹の立つ会話を、久しぶりに彩とした。
「真面目に、何でいるの?」
再び勇気を出して聞いた。
「言ったことない?私、将来自分の飲食店開くの夢なの。家庭の先生にお願いして、自費で材料買って、片付けもちゃんとしていくなら夜だけならここ使って料理の練習していいよって許可もらってんだ。」
「あー、お前そういえば将来店開くんだって言ってたなぁ」
昔好きな食べ物を聞かれた時、彩の将来の夢の話も聞いていた。
懐かしいな。と俺は微笑んだ。
「なぁにー、薄ら笑い浮かべて〜、きっしょ〜」
彼女はそう言って笑うので、はっ倒してやろうかと頭よぎった。
最も、懐かしさを感じただけで、俺の聞きたかった答えとは少し違ったのだが。
「あ、味噌汁も作ってたんだった。」
本来教師が使う調理台のコンロの上に置いてあった鍋から、二杯の味噌汁を持ってきた。
「はい、君の」
「シジミ?」
「うん、呑む時には丁度いいじゃん。」
彼女は机の下からほんのり黄色みのある液体の入った瓶を取り出した。
「これは?」
まさかと思い俺は問う。
「見てわかんない?スパークリングワインですけど?」
彼女はキョトンとした顔で答える。
「俺たち未成年ですけど?」
「そんな事知ってるけどいいじゃん。今日だけ。今日だけだから。」
彼女の顔が辛辣だったので、俺は呑む事を承諾した。
「よく考えたらスパークリングワイン呑みながらオムライス食って、シジミの味噌汁って。どんな組み合わせだよ。」
「君が卵好きだから良かれと思ってオムライスにしたんでしょ〜!それにシジミはお酒で疲労した肝臓にいいんだよ?」
「つまり飲んだ後、疲労した肝臓に味噌汁だろ?一緒にどっちとも飲んだら訳わかんないんじゃね?」
「あれ?そうかも?」
ワインが半分を切った時、ほろっと酔った俺たちは饒舌になっていた。
「まだ、バトミントンしてるよね?」
彼女はワインをグイッと飲み干した。
「あぁ、やってるよ。」
その言葉に、つい俺のトーンも変わる。
「試合、近いんでしょ?」
「あぁ。けど、それで張り切りすぎて、今日手首痛めた。自分の自己管理力の無さを恨むわ。」
「君さ」
酔ってトロンとしていた目を見開き、彩は俺としっかり目を合わせてこう言った。
「君は昔から努力家で、妥協のない所が多かったじゃん?怪我するのは、それだけ努力できた証だよ?だから、そこを必要に責めるのは違う。」
「彩。」
思わず、久しぶりに君の名を声に出した。
「その怪我で今の自分の限界を知れたのはハッピーだよ。それを次に活かせるんだから。自分を責めたり、恨んだり、そんな事して何か良くなる?もっとポジティブに生きていこうよ!」
屈託のない笑顔で、彼女は俺にサムズアップをした。
「ありがとう。彩の無駄に明るい所は、本当に助かってる。」
「無駄ってなんだよ!こんな事言ってあげるのも、最後だからね!」
「あぁ。」
泣きそうになったのを彩に見られたくなかったので、オムライスを口に掻き込んでその場を凌いだ。
それから暫く、お互い軽口を叩き合いながら口論をした。勿論その口論は、とても楽しい時間だった。
「そろそろ戻らないと。」
彼女がお皿を持って立ち上がる。
「そっか。じゃあ、俺も帰ろうかな。」
俺もお皿を持って立ち上がる。もう少し居たかったので、「皿洗うの手伝うよ。」と伝えると、「大丈夫。」とだけ返ってきた。彩はその間、ずっと俯いていた。
「まじ、ありがとな。色々と。」
バッグを持って立ち上がり、出口の方に歩いた。
「あのさ!」
彼女に声をかけられたが、もう俺は振り向くことはできない。
「物事はあんま深刻に考えず!明るく楽しく生きていきな!今すぐは無理でも、ほんの少しずつでいいからポジティブにね!大切なのは最初の半歩!たったそれだけ!」
とても明るく、楽しそうな声で言われた。
(その『たった』が難しい)と言うのは、心にしまっておいた。
「ありがと、頑張るわ」
ドアの前に立ち止まり、その一言を振り絞った。
もう涙が止まらない。その涙のせいで視界が悪すぎて、ドアノブを探すのに手間がかかった。
「それじゃあね!バイバイ!」
彼女のその言葉には、振り向かずに手を振った。
ドアを閉める。
「やっぱな。」
家庭室の電気は消えていた。今俺は腹も減っている、全く酔ってない、喉もカラカラだ。
「良い一時でした。ありがとうございました。」
まるで、夢のような時間だった。けど、きっと、夢なんかじゃない。あの時間の記憶はちゃんとある。だから、誰もいない真っ暗な家庭室に向かって、頭を下げた。何となくだけど、「ドアに向かってお礼?やっぱ君ってバカだなぁ」って聞こえる気がした。
彩のおかげで、少しだけ俺の気持ちと物事の考え方が、前に進んでいた。
今の時刻は、午後8時52分から30秒だけ進んでいた。