スクールカーストの頂点に君臨する男子が、暇つぶしで最下層の女子と付き合うことになったのであるがしかし
「よお、鈴木。待った?」
寒波吹きすさぶ駅前の公園。鳩がうろつく噴水の前。待ち合わせの時間を大幅に遅刻して、伊集院はやって来た。伊集院は、高級ブランド服に身を包んだ中学生男子。いわゆる、いいとこのお坊ちゃんだ。
「うえ~ん、遅いよ~、伊集院君。私、二時間も待ったよ~」
中学生らしいおめかしをした鈴木が、泣きべそをかく仕草をして言った。鈴木は、どこにでもいるタイプの女の子。
「わりい、わりい。行きつけの美容室の綺麗な店員さんと話し込んでたら、遅れちまった」
伊集院は、これっぽっちも悪びれない。むしろ「二時間遅刻したとはいえ、俺様がこうしてデートの場に来てやったのだ。この俺様が、お前程度の女子とこれからデートをしてやるのだ、もっと感謝しやがれ」とでも言いたげな堂々たる態度で、短くなった頭髪をジョリジョリと撫でている。
「てゆーか、びっくり。伊集院君、私の希望どおり、髪を短く切ってくれたんだ」
「ちげーよ。自惚れるな、バーカ。確かに鈴木のアドバイスが散髪のきっかけにはなったけど、もともと短く切ろうとは思っていたの。まあ、どうせ切るならと決心をして、肩まであった長髪を、さっぱりと丸坊主にしてやったぜ。どうだ、俺、男らしいだろう?」
「オシャレ坊主ってやつだね。私、伊集院君は絶対に短髪のほうが似合うと思っていたの。きゃー、すごくよく似合っている! かっこいいー!」
伊集院と鈴木は、中学三年生。二人は、まだ付き合い始めて三日目のカップルだ。三日前、風景女子と称される鈴木のほうから、クラスメイトで学校一のイケメンと称される伊集院を、放課後の教室に呼び出して、告白をしたのだ。伊集院の返事は、まさかのOK。
「そうそう、髪を切ったといえばさ。この間俺と別れた三組の水野のやつ。俺にふられた翌日、長かった髪をバッサリと切ってやがった」
「へー、そっかそっか」
「失恋のショックってやつ? けけけ。マジでちょーうけるんですけど。少女漫画じゃねーっつーの。俺、思わず水野の前で、爆笑しちゃってさ。そしたら水野のやつ、顔を茹蛸みたいに真っ赤にして恥ずかしがってんの。まじでウケるぜ」
「へー、そーなんだ」
「なあ、鈴木。顔はイケメン、親は金持ち、成績は優秀、おまけにスポーツ万能、この中学校のスクールカーストの頂点に君臨する俺様が、なんでまた三組の水野なんていう、頭も見た目も残念なスクールカースト最下層の女子と、ほんの短期間であったとはいえ、お付き合いをしたか分かるかい?」
「えー、なんでだろう、私、分かんなーい」
「なんつーかさ、スクールカースト上層部の女子とばかり付き合い過ぎて、正直飽きちゃったの。例えるなら、三星スターパティシエのつくった洋菓子ばかり食べてると、たまに田舎のババアがつくった大福が恋しくなるっつー感じ?」
「へー、そっかそっか」
「ちなみに、鈴木。あらかじめ言っておくけど、お前も、田舎のババアがつくった大福枠だからな」
「へー、そーなんだ」
「けけけ。そーなんだって何だよ。そうだよ。そうに決まってんだろ。ちょうど水野と別れたタイミングだったから、暇潰しで鈴木と付き合ってやってんだよ。感謝しろよ、下層民」
「へー、そっかそっか」
「なあ、鈴木。お前『そっか、そっか、そーなんだ』しか言えねーのかよ。マジ、お前、おつむが残念だな。いいかい、お嬢ちゃん、お嬢ちゃんみたいなお馬鹿さんは、俺の言うことを、ただ黙って聞いていればいいからね。俺がキスすると言えばキスをする。俺が服を脱げと言ったら服を脱ぐ。いいね。分かるね。心配することは何もないよ。俺が飽きたら、お前もちゃんと捨ててやるからね」
「はーい、了解でちゅー」
「さあ、約束どおり、今日はこの俺様が、貴重な休日の時間を割いて、わざわざお前みたいな能無し女子と一緒にデートをしてやるからな。ほれ、映画のチケットだ。今日は俺様が映画をおごってやるぞ。嬉しいか? 嬉しいだろう? 貧乏人」
だーしゃしゃしゃしゃ。高笑いをしながら、伊集院が、歓楽街に向かい身勝手に歩き始めたその時。
「……てゆーか、私、あんたと別れる」
突然、背後から、鈴木が言った。先程までのブリブリぶりっ子とは一変した、氷のような形相だ。
「……え、今なんて?……」
「聞こえなかった? 私、今ここで、あんたと別れる。あんたをふる」
二人の周りをうろついていた数十羽の鳩が、鈴木の殺気を感じて一斉に飛び立つ。
「冗談じゃねえぞ。三日前に告白をして来たのは、そっちじゃねえか」
「だから何? 私、たった今、あんたに飽きたの。飽きたんだからしょうがないでしょう」
「こんな短期間で俺の何が分かる! 答えろ、俺のどこに飽きた?」
「顔に決まってんじゃん。てか、あんた、顔以外に何か取り柄ある? 性格とか、言っちゃ悪いけどカスでしょう」
「なんだと、てめえ」
かっとなった伊集院が、鈴木に手を上げようとする。
「ほら、女子に暴力を振るうとか、マジでチンカスじゃん。唯一の長所の顔だって、よく見たら、この国の風土と今の時代の流行にたまたま順応しているだけの、なんの面白味もない顔。マネキンのようなしょぼくれた顔。そう思ったら、あんたと付き合うのが馬鹿らしくなってきたわ」
「てめえ、俺が誰だか分かってんのか。俺は、伊集院財閥の御曹司だぞ」
「勘違いするな。あんたの家が金持ちなのは、あんたの親が頑張ったからだ。あんたの家の財産は、あんたの親の財産だ。あんたは何者? 所詮は親の保護下にいる、ただの中学生でしょうが」
「た、確かに、イケメンで金持ちなんて腐るほどいるが、でも俺はそれに加えて、成績優秀、スポーツ万能だぞ」
「漠然と成績優秀とかスポーツ万能とか言ってくれるな。具体的な数値で述べよ。偏差値は? IQは? スポーツの記録は? 功績は?」
「お、俺の通知表は、英語と数学と体育が、いつも5だ!」
「へ~、その程度ね。それはそれは、おめでとー。いろんな意味でおめでたいお人だわ」
「おい、鈴木。お前みたいなスクールカースト最下層の女子が、この上流階級の俺様に逆らったらどうなるか、明日からとことん思い知らせてやるからな!」
「上等だ、来るなら来い、このチンカス野郎。てか、そもそもスクールカーストって何よ? 誰がいつどこで制定した階級制度? ねえ、やめて。どうして本人に無断で、私を階級に組み込むの? マジでキショいんですけど。あんたが、ありもしない階級に翻弄されて生きるのは勝手だけど、お願いですから、あんたの妄想に私を巻き込まないでくれる?」
「きぃーーーー!」
「とにかく私は、あんたと今ここでお別れをします。虫唾が走るから、二度と私に付きまとわないでね。ちなみに、私があんたをふった事実は、即刻ラインで学校中に拡散しますので、あしからずご了承下さい。伊集院君、どう? これで酷いふられ方をされた相手の気持ちが少しは分かった?」
「ふざけるな!」
伊集院は、手にしていた映画のチケットを二枚、力任せに地面に叩きつけた。
「わ~、ちょーラッキー。何故だか知らないけれど、こんなところに、映画のチケットが、偶然にも二枚落ちてるう~。そうだわ、折角だから親友を誘って、映画を観に行こうかしら」
鈴木はそう言って、チケットを拾い、ポケットからスマホを出して、親友に連絡を取る。
「あ、もしもし、水野っち? 私だよ~。ねえ、今から映画観に行かない?」
茫然と立ち尽くす伊集院を残して、鈴木は公園を後にした。
こうして、親友の水野をふった伊集院への、鈴木の復讐劇は終わった。
――――
――復讐劇は終わった。
かのように見えた。
が、実はまだ終わってはいなかった。
翌月曜日に、伊集院が中学校へ登校をしていると、行き交う生徒たちの態度がいつもと違う。昨日まで伊集院にひれ伏すような態度を取っていた生徒たちが、伊集院を見るなり陰に隠れて、ひそひそと話しをするのが聞こえてくる。
「あいつ、クラスメイトの鈴木にふられたらしいわよ」
「まじ? てか、丸坊主ですけど」
「まさか、失恋の悲しみを断ち切るために、髪をバッサリ切ったとか?」
「ひゃー、キショい。少女漫画じゃねーっつーの」
違うんだ。誤解だ。散髪をしたその日に、たまたまふられただけなんだ。
「見てほら。傷心して、心機一転、丸坊主」
「ぎゃはははは。情けなー。ちょー乙女」
違うってばああ、誤解なんだってばあああ。
心中でそう叫びながら、伊集院は顔を真っ赤にして登校をする。
寒波吹きすさぶ早朝。
羞恥心で熱を帯びた頭皮からは湯気が上がり、伊集院の顔は、さながら茹蛸のようだったとさ。
おしまい。