根本明音の場合 (4)
このときだったかもしれない。
弟を喪った恐怖が襲ってきたのは。
車の窓から見える喪服姿の人らが見送る姿、そのなかに彼女の姿もあったから。
その人たちに車内から会釈をしながら車が走り出していく。
その姿を見ていると、ここから違う世界に連れて行かれる。
もしくは弟を連れて行く。
そんな恐怖だったのかもしれない。
それでも、私の気持ちを世間は無視していくみたいだった。
いつしか、初七日が静かに流れていた。
周りからの言葉に取り憑かれてはいたが、初七日が終わり、そろそろ自分の生活に戻らなければいけないと思っていたとき、私は力が抜けてしまった。
緊張の糸が切れたんだ。
時間が経つことで、両親の気持ちが鎮まってきたのもあるけど、それでも重圧はまだ少し残っていた。
だからこそ、仕事に逃げようとしていたのかもしれない。
本当ならば、私はもっと早くに気持ちが壊れていたのかもしれないけど、友人らの存在が大きかった。
親しい友人らが頻繁に私に連絡してくれていた。
他愛のない話、仕事や恋人の愚痴。
きっと私に気を遣ってくれていたんだろう。
友人は普段と変わらない日常を私の元に持って来てくれていた。
だから、私は日常に戻ろうとしていた。
でも……。
こんなことは言いたくないし、絶対に話してはいけない。
けど、
両親の顔を見てしまうと、どうしても目線から重圧があり、足かせになってしまっていた。
この辛さから逃げ出したい思いは、私のやる気も削っていた。
あれだけ仕事に復帰したいと思っていたのに、私は仕事を休み、自分の殻に閉じ籠もっていた。
家族を喪った現実はもう受け入れていた。
でも、あの言葉たち。
ーー しっかりしろ。
という世間から放たれる無責任な同情を受けたくなかった。
軽はずみな言葉が苦しかった。
絶対に綺麗事なんかキレイじゃない。
私が言い訳を言うことも許されないのか。
弟の生きていた証というものを、私は消していった。
スマホの解約などの生活周りを整理していく。
そうして、弟の存在を次第に消していく。
そのたびにあの言葉たちが蘇る。
私は悪いことをした?
だから誰かにすがることもダメなのか、と。
悪いのは犯人のはずなのに。