根本明音の場合 (1)
根本明音の場合
この気持ちを誰かにぶつけるなんてできない。
けれど、自分の殻に留めておくのはどこか嫌だった。
どこかイラつきにも似ていた熱をどうすればいいのか、と悩んでいたとき、あることを聞いた。
誰かに言えない思いを日記として書いてみた、と。
誰かに見せるつもりはないけれど、それでも書かずにはいられなかったと。
私もそうなのかもしれない。
だから、同じように書き記してみようと思う。
自分だけ苦しいんじゃない。
弱音を吐いちゃいけない。
私を縛りつけるのは、そんな無言の圧力だった。
今だから言える。
周りの人の目が、声が、上辺だけでは家族を励まし、悔やんでいるなか、私にだけはそんな圧力をかけ続けられた。
本音としては、綺麗事なんか聞きたくない。
でも、当時の私はそれは仕方がないんだ、と少なくても自覚していた。
私だけは弱音を吐いちゃいけないんだ、と。
そうなんだ、と理解していた。
でも、限界でもあった。
それでもあの子とはちゃんと向かい合わなければいけないんだろうと、後悔してしまう。
弟の恋人である、内山絢音さんと。
弟に恋人がいることは以前から知っていた。
一度、どこか浮ついている様子の弟を茶化したことがあった。
そのときに恋人の存在を白状した。
初めて彼女が家に来たのはあの日から半年ほど前。
これまでに弟が恋人を連れて来ることはなかった。
変に真面目な部分のある弟だったから、恋人を連れて来たことで、そういうことも真剣に考えているんだ、と思った。
弟に先を越された。
という悔しさもないことはなかったけれど、それはそれで私も嬉しかった。
私は挨拶程度で終わろうとしていたのだけれど、思いのほか気さくな子だったので、つい話し込んでしまった。
今思えば、気を遣って話を合わせてくれたんだと思う。
ちょっとほんわかとした雰囲気の子であったけれど、受け答えを聞いていると、芯を持った真面目な子なのは伝わった。
どこかお調子者の部分もある弟には、いいんだろうなと思った。
それから何度か弟と話をする際、彼女の話題は出ていた。
「いつ結婚するのよ?」
と茶化すこともあった。
そのたびに恥ずかしそうにはぐらかしていたけど、、嫌な顔はしていなかった。
あの日、仕事が休みなので、部屋の掃除をして録画していたドラマを消化しようと考えていた。
朝、慌ただしく支度をしている弟に、「絢音さんとデート?」と茶化してみた。
私はソファーに座り、新聞を見ながらだったので、弟の顔は見ていなかった。
弟は「うるさい」と怒っていたけど、口調からしてそうなんだ、とわかった。
ふざけて私が「よろしくっ」と言うと、弟は無視して家を出た。
その様子に私はクスッと笑った。
でも、それが弟との最後の言葉になってしまった。
何やってるんだろ。
バカみたい。