内山絢音の場合 (3)
強く印象に残っているのは、彼の姿でした。
ベッドに横たわる彼は全身に渡り、包帯が巻かれていました。
極端に言ってしまえば、映画などで見るミイラが眠っているみたいに。
実際には顔の半分ほどは肌が見えていたのですが、眠っているのが彼なのか、疑いたくなるほどでした。
以前に遊びに行こうとしたとき、寝癖で少し跳ねた髪を引っ張り、「ダサッ」と怒ったことがありました。
このときも、どこか「ダサッ」と罵りたい気持ちがあったのですけど、吐息すらない彼に、言葉は奪われてしまいました。
それなのに、“死”という実感は正直ありませんでした。
大怪我をしていても、そこでただ眠っているだけ。
ただそれだけだと。
私は彼の顔を眺めても、何も言葉をかけることはありませんでした。
「絢音さん」
ベッドのそばで立ち竦む私に、お姉さんは声をかけてくれ、背中に手を回してくれました。
もしかすれば、私はその場に倒れ込んでしまいそうなほど、頼りない立ち方をしていたのかもしれません。
しかし、私は「すいません」と頭を下げると部屋の隅に下がり、ご家族に場所を譲りました。
何がなんなのかわからなかったのです。
ただ呆然と壁に凭れ、眺めているだけで。
霊安室に訪れたとき、扉を隔てただけの部屋であっても、異質な空気が漂っているのは瞬時に肌が感じ取りました。
しかし、映画やドラマなどに見られる、騒然とした場面はありませんでした。
お母さんが彼に寄り添い、獣の咆哮みたくわめき声が部屋に充満していると思っていました。
私情ではあるのですが、私が学生のころ、父方の祖母が亡くなったときのことです。
父が眠りに就いた祖母に、「お母さんっ」とまるで幼稚園児が泣き叫んだことがあったのです。
そこでは周りの親族を気にせず寄り添っていたことがありました。
父はどちらかと言えば、厳格で、人前ではあまり涙を見せる人物ではなかったのですけど、その光景は子供だった私には強く目蓋の奥に焼きつけられました。
だからか、勝手にそんな光景が広がっているんだ、と想像していたのです。
しかし、実際には静かにお母さんが彼の頭を優しく撫でているだけでした。
赤ん坊を宥めるように。
もちろん、皆さん平然とされていたわけではありません。
私にはまだ戸惑っている様子に見えました。
まだ現実にまよっているような、そんな印象でした。
私はお姉さんから連絡を受け、ここに来るまで時間がかかったので、もうそうした場面は終わっていたのかもしれません。
あるいは皆さん、やはり私に気を遣ってくださっていたのかもしれません。
だとすれば、私が一番薄情だったのかもしれません。
恋人が亡くなったのに、目の前で眠っているのに、私は涙の一つも流れることがなかったのですから。
霊安室は思いのほか静かでした。
お母さんは膝を着いて立ち、包帯の巻かれた彼の頭を優しく撫で、隣でお父さんがじっと彼のことを眺めていました。
ただじっと。
ベッドを挟んだ向かいにお姉さんがおられました。
私の印象からして、お姉さんが三人のなかで一番冷静にされている様子に見えました。
私の勝手な考えですが、ご両親の前だからこそ、そう振る舞っていたのかな、と思いました。
動揺しながらも、気丈に私に声をかけていただき、私を彼の元へと場所を譲ってくださいました。
それなのに、私はベッドのそばに歩み寄ることはできませんでした。
不思議でした。
悲しかったです。
苦しかったです。
すぐにでも、彼のそばに近づきたかったです。
それでも、心のどこかで“遠慮”がありました。
近づいてはいけないんだ、とそんな雰囲気がそこにはありました。
私は“家族”じゃない、と。
そんな後ろめたさをどうしても払拭することができません。
だからこそ、お姉さんの厚意に首を小さく振っていました。
壁に凭れ、じっと彼の家族を眺めるしかありませんでした。
私自身、不思議なことなのですが、自分が置かれている立場を、どこか俯瞰的に取られていた思いが少なからずありました。
本当に私は薄情なのかもしれません。
彼はすでに命を落としているのに、まだどこかで夢である、と信じたい気持ちがあったのでしょうか。
私にもわかりません。
やはり、私だけがどこか空間を切り取られたみたいに、また違った孤独感に襲われていました。
私はまだ他人であると。
それが何よりも辛かったのかもしれません。