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綺麗事なんかキレイじゃない  作者: ひろゆき
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 杉崎和樹の場合 (1)

        杉崎和樹の場合



 何かいい魔法の言葉はないだろうか。

 あいつの苦しみを少しでも和らげることのできる魔法の言葉。 

 がんばれ。

 大丈夫。

 安易な言葉がすぐに頭によぎる。

 自分の教養のなさが情けなかった。

 そんな言葉をかけられるはずがない。

 実際、あいつはがんばっている。こんな言葉をかける奴は、あいつを苦しめようとしているだけ。

 それはわかっているのに……。

 自分は何も言えない……。



 連絡があったのは土曜日の夜。

 そのとき、あいつは本当にすぐにでも壊れそうな、脆い声であった。

「弟が死んじゃった」

 たった一言。

 いや、実際にはまだ話していたけれど、それ以上は事務的なことばかりだった。

 本心はその一言だった気がする。

 お通夜に葬式。

 いろいろと用事が立て続けており、しばらくは会うことができないと。

 このとき、やけに明るくしていたけど、最初のことがあるので、無理をしているのは伝わってくる。

 それでも、気の利いた言葉が浮かんでくれなかった。

 たった一言でも、励ましの言葉をかければよかったのに。

 「じゃ」と短く切られたあと、情けない彼氏だと自分を罵るだけで。

 直接会うときに、今度こそは、と自分に言い聞かせるしかできなかった。



 まだどこかで信じ切れない思いがあったのかもしれない。

 それでも通話を切り、静まった部屋に佇んでいると、事の重大さに気づかされたのは覚えている。



 その日の夜。

 不安を抱えながらテレビをつけていたとき、あいつの話していた事故のことが流れてきた。

 犯人はすぐに捕まったと報道された。

 安心するどこかで、これまでに交通事故のニュースは何度も見ていたのに、このときばかりは、知り合いの人と関わりがあるだけで、味わったことのない恐怖に襲われた。

 呆然と画面を眺めていたとき、淡々と事件を伝えたあと、すぐに次の話題へと変わった。

 それは、ある政治家の選挙違反による追求の話題になっていた。

 事故の報道は現地の映像を流していただけであったのに、こちらはスタジオにコメンテーターを呼び、議論を繰り返そうとしていた。

 そこの差はなんなのだろうと、素直に思った。

 こちらは命を奪われているのに映像だけ。

 この番組にとっては、いや、世間にとっては、人の命よりも、政治家の不祥事が重要なんだと突きつけられたみたいな寂しさがあった。

 知人である自分ですら、こんな気持ちに陥ったのである。

 被害者遺族の人たちはどう受け止めているのだろう、いや、受け入れることすらできるのだろうか、と疑問になってしまった。

 さらには、できればこの報道を観ていないでくれ、とさえ願ってしまった。

 こんな仕打ちはない。

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