内山絢音の場合 (1)
内山絢音の場合
何、やってるのよ。
スマホを眺め、彼と以前一緒に撮った写真を眺め眺めていました。
心のどこかで約束をドタキャンされ、憤慨していたんです。
子供みたいに無邪気に笑う彼を睨み、何度も心で罵っていました。
それでも、彼からの連絡はなく、間の抜けた笑顔が憎らしいだけ。
もしかすると、浮気でも……。
と、正直不安が疑念を沸きたてていたときです。
スマホが鳴ったのは。
浮ついた声で、どんな言い訳をしてくるのか。
浮気だったら許しませんどした。
けれど、ただの寝坊であるならば、どんな言葉で反論し、その代償として何か美味しいものでも奢ってもらおうか、とスマホを眺めました。
しかし、スマホに映し出される名前と番号を見た瞬間、私の頭に大きな“?”マークが何個も並んで踊ってしまいました。
「……絢音さん?」
戸惑いながらスマホを耳に当てると、ある女性の声がゆっくりとしたトーンで、私の告げました。
抑揚のない、落ち着いた口調。
それが逆に私の不安と緊張を煽るのです。
待ち合わせの場所は、バスのロータリーでした。
手前の停留所の行き先は、地元では有名な神社へ向かうバスの停留所。
ネットでは恋愛成就のパワースポットにもなっていると、噂が流れていたので、バスを待つカップルの姿も多かったです。
恥ずかしいですが、私たちも以前にその神社に訪れたことがありました。
そのときの光景がふと脳裏に浮かんでしまうのです。
彼が照れながらも、お揃いの犬の形をした小さな置物を買ったのを。
照れくさそうに笑う彼をなかば強引に誘ったのは私でした。
頬を赤らめる彼の顔が浮かび、嬉しいはずなのに、笑うことはできませんでした。
「……はい。……はい。わかります……」
自分の声がこんな声だったっけ、と浮ついた声が耳にへばりついてました。
たまにカラオケに行き、自分の歌声に疑問を持ったときみたいに、返事はとてつもなくぎこちなく聞こえるのです。
まるで、別人の声に聞こえるのに、周りの雑音がまったく聞こえなくなるほど、自分の声が鮮明に聞こえてしまいました。
とてつもなく緊張した声が。
「……はい、お姉さん…… はい、大丈夫です」
結婚、という漠然としたイメージが芽生え始めたのは数ヶ月前でした。
まだはっきりとしたプロポーズを受けたわけではありません。
それでも、このまま彼とずっと一緒にいられるんだ、と奇妙な安心感がありました。
彼の実家にも何度かお邪魔したことがありました。
彼は実家暮らしで、ご両親と、二歳上のお姉さんがおられました。
初めて家にお邪魔したとき、とてつもなく私は緊張していたのですが、そんな私をご家族の皆さんは暖かく迎え入れてくださいました。
そこで、お姉さんと連絡先を交換していました。
それでも、まだ直接連絡をしたことはありません。
やはり緊張してしまいますので。
だからこそ連絡があり、驚きは隠せませんでした。