決戦2
「主上」
掛けられたカザムの声は震えていた。
その声だけで状況は理解できる。
おれは立ち上がると、狭間から広場を見下ろした。
血を流して倒れたラムザスと片膝を付くアレク。
ラミエルは。
そのラミエルと撃ち合っているのはサラだ。
背後から打ち込むシルフの一撃が、受け流されてサラに向かっている。
ラミエルの視線がこちらを向いたのを感じた。そうだ、おれはここにいる。
「主上」
再びカザムの声が聞こえ、いつの間に用意されたのか二本のワイヤーが見えた。ワイヤーの先は居館の屋根へと延びている。
ラミエルの誘導用に準備をしてくれていたのはこれだ。
そのワイヤーには滑車の付いたバーが付けられ、それをカザムが握る。
ラミエルがサラたちを置いて、流れるようにおれのいる城門に近づいて来た。
同時にカザムがおれのベルトを掴むと、
「バーを握ってください」
強い声で言う。
掴むと同時に、身体が引っ張られた。
カザムが傍らで支えてくれているために、不安はない。
見下ろす先に、運ばれるラムザスと体勢を立て直すシルフ達が見えた。
ラミエルは――しっかりと追いかけてきている。
広場の上を風を切り裂き、たちまち居館の屋根に運ばれる。
流れる身体はアベルが受け止めてくれた。その周囲には六人の人影。
僅かに遅れて重い音が響き、居館の扉がラミエルに粉砕された。
「ここで少し時間を稼ぐ、中に入れるか」
「この下は、イグザムの部屋になります。ラミエルが来るまで、さほど時間は掛かりますまい」
その言葉の意味はすぐに理解できた。一階から悲鳴と怒声が沸き上がり、肉を断つ音が響いて来る。
「なるほど、準備をしてもこれか」
「バリケードを築き、重装衛士が幾重にも控えていますが」
「しかし、それでもラミエルのルクスが削れないか」
「印綬の方々を見る限り、厳しいでしょう」
確かにそうなる。しかし、もう少しサラ達にも時間を必要だろう。
「この下に、イグザムがいるのだな」
「はい。小屋裏の隠し部屋に立て籠っています」
「だったら、捕まえておこう。そのままここにいれば、ラミエルに殺されるだけだ。おれは少しでも時間を稼ぐ」
「しかし、イグザムが印綬の継承者かどうか、分かりませんが」
「この状況だ。継承者ならば、すでに印綬が現れているはずだ。それに、それでも万が一継承者ならば、尚更ここで殺させるわけにはいかない」
「承知しました」
アベルの言葉と同時に、屋根の一部が吹き飛んだ。飛び散った瓦と木片がルクスに弾かれて落ちていく。
破れた野地板の間から、こちらを見上げる初老の男が見えた。
彼がイグザムか。
そこには、公領主としての威厳か見えない。怯えた老人のようだ。
アベルたちが飛び込むのに続いて、隆也も下に降りた。
十畳ほどの広さだろうか、隠し部屋というには広い部屋の中央で、初老の男は青ざめた顔を向けている。
身に纏うルクスは確かに強く見えるが、黒い靄と紅の靄が纏わりついていた。
「誰だ、おまえたちは」
「シムグレイ一族という」
アベルの言葉に、イグザムの腰が落ちた。
「余を、どうする気だ。殺すのか」
「殺しはしない。身柄を拘束するだけだ」
「余は、外西守護公領主。余を拘束するなど、天逆ぞ」
「何が天逆だ。そのような理などどこにもあるまい」
同時に、他のアセットがイグザムを抑える。
このまま引き上げれば、そう考えた時。三階に駆け上がって来る巨大なルクスに周囲が震えた。
「時間がない。急げ」
言いながら腰を落とし、刀の柄に手を掛けた。
遅れて苦鳴と鋼が床に落ちる音が近づいてくる。
何かが砕け散る炸裂音と同時に、床にある執務室に続く扉を強く踏むとそのまま身体を落とし込んだ。
視界に入るのは扉を粉砕したラミエルと、ここまで逃げて来た数人の騎士。
白い光が走り、落ちながらも抜いた刀がその線を追った。
しかし、振った刀は迎え撃つ剣に押し込まれ、身体ごと弾かれる。
身体を捻って足から床に降りようとする。
その横に黒い影。速すぎる。
刀が光の線を追い、次の瞬間、鋼の音を引きずって身体は壁に叩きつけられた。
それでもすぐに身体を回転させながら刀を薙ぐ。
火花が散り、再び弾かれる。これも受けられた。
起き上がろうとする身体に鋭い衝撃。
背中に重い衝撃を残して、身体が床に叩き付けられる。
周囲を舞う木辺を見るまでもなく、部屋の扉を砕いて廊下へと跳ばされた事は分かった。
しかし、あの衝撃は――胸当てが粉砕されている。ラミエルの剣がルクスを破り、胸当てを砕いたのか、
見えなかった。
辛うじてルクスで身体を護られた。
思う間もなく、光の線が浮かぶ。追いかける刀は、それでも剣を受けるが、止めることが出来ない。
腕に鈍い痛みを受けながら吹き飛ばされた。
以前撃ち合った時よりも強い。
打ち込む刀が、受ける刀が、折れるかと思う衝撃だ。
少しの時間稼ぎで、再び屋根に戻るはずだったが、とてもそんな余裕はない。
ラムザスが倒れたのだ、おれが敵う相手ではない
床に叩きつけられたその眼前に剣先。
咄嗟に刀を振り上げたが、逸らされた剣が頬を掠めて行く。
速さと剣戟の強さについていけない。身体が固く、動きが遅れるのは恐怖からか。
浮き上がる線を刀が追った。
火花が散り、身体が弾かれる。
辛うじて足は床についているが、連撃を受ける度に腕が痺れ、受けられなかった剣がルクスを削って防具を砕いた。
少しでも気を緩めれば、剣は防具ではなく身体を砕く。
すぐにここを脱したい。しかし、ここから部屋に戻るには遠すぎた。
ただ、浮かび上がる線を追いかけるしかない。
刀が剣を受けた。その瞬間、鋭い炸裂音と共に炎と木片が落ちてくる。僅かに遅れて白煙が周囲を包む。
この煙幕はあの廃集落の時と同じだ。
カザムか。
白煙に黒い人影。同時にその白煙が斬られた
差し込む光に血を噴き上げるカザムとその後ろにラミエル。
カザムが斬られた。
ラミエル。
自らの不甲斐なさと怒り、頭が焼かれる。
大きく踏み込んだ。
意識が加速し、身体が重くなる。
光の線は複雑な模様を描きながら、ラミエルの首へと延びた。
斬る。意思を込めて刀を振った。
剣を受け、押し返すと同時に振り下ろされるもう一本を摺り上げながら軌道を逸らせる。
首が見えた。
闘う意志を固めて、討つと言う意思を固めて、初めて意識が加速した。
初めてラミエルの一撃を受けられた。
そういうことか。
しかし、おれは刀を引くとカザムを抱え後ろに飛んだ。
カザムの腰に巻かれたロープが引かれたことが合図だったのか、身体が一気に引き上げられる。
遅れて白煙が周囲を呑み込んだ。
引き上げられ、撃ち出されるように身体が押される。
その加速に、カザムを掴む手が痺れるようだ。
周囲を包む白煙が薄れた。
その視界に最初に飛び込んできたのは、サラ
城門の下に移されたワイヤーの先で、サラが両手を広げる。同時にワイヤーを離し、カザムの身体を抱え直した。
その身体をサラが受け止め、遅滞なく崩れ落ちた石壁を越えて回廊の陰に跳ぶ。
わずかに遅れて、ルクスの強烈な威圧感が居館から叩きつけてきた。
だが、ラミエルのこの素早さならば、アベルたちは無事だ。
身体を起こしながら、カナンを探す。
いや、カナンは目の前だ。
「すぐに傷を塞ぐぞ」
先に口を開いたのはカナン。
そのままカナンの前にカザムを下ろした。
カザムは肩から袈裟斬りに斬られている。すぐに何人もの男たちが駆け寄り、傷口にアルコールを掛ける。
ここから先は、おれの出来ることはない。カナンたちに任せよう。
おれは、おれの出来ることをするだけだ。
「大丈夫か、隆也」
肩を掴まれると、サラの青冷めた顔が目に飛び込んできた。
「すまん、時間をもう少し稼ぎたかったが」
「何を言っている。無理をするな」
声と同時に抱きしめられる。
あぁ、人に抱きしめられるとこんなにも暖かいのだ。こんなにも安らぐのだ。
「おかげで、態勢は建て直せた。礼を言う」
その身体が離れる。
大きく翻ったマントにサラの覚悟が見えた。
読んで頂きありがとうございます。
面白ければ、☆☆☆☆☆。つまらなければ☆。付けて下さるようお願い致します。
これからの励みにもしますので、ブックマーク、感想なども下さればと願います。




