ルクスの呪縛
「しかし、この国も荒れておるの」
「三十年は長すぎました」
空いたカナンのカップに、ラムザスが樽を傾ける。
「そうじゃな。三十年もの間、王が立たなかった国はなかった。二国を統合したのは、王が退位を願い禅譲を創聖皇がお許しになった二件だけ」
「サリウス帝とラキアス帝」
シルフがカップに目を落とした。
どうやらそれが、三帝のうちの二人らしい。
「この国を王が立たなかった最初の国にはしない。必ず、王は立つ」
サラが呟く。
「どうやって、国を立て直すのじゃ」
「王宮が解放されれば、すぐに宝物庫を開けて食料を各商業ギルドから買い求める。それらを民に配分し、その間に国内生産力を戻すしかない」
サラが顔を上げた。
「確かに、それしかないな」
「民に食料の配分、誰がそれをする」
「各――公領主だ」
「間違いなく、民に等分に渡されると」
カナンが畳みかけるように問う。
その口調から、よほど公領主と言うのは信用が置けない存在らしい。
「信じるしかない。公領主も領地の立て直しが必須だ」
「信じるか、大切なことじゃな。先ほど、隆也の頭の中を探ったが、この者の話は聞いたのじゃろ。その意見についてはどうだ」
「隆也の意見、どういうことだ」
アレクが顔を向ける。
「そいえば翡翠亭で、隆也と話をしていた」
シルフの言葉に、
「隆也、おまえならどうする」
カナンが楽しそうに声を掛けて来た。
本当に、楽しんでいるのか。それとも――試しているのか。
「おれなら、国軍の編成と公領主制の廃止、王への領地の返還、そして軍と官僚の各地への派遣。それを同時に行う」
ラムザスたちのカップを手にした手が止まる。
「各領地の食料庫の解放と住民登録を行い、食料の配分と住民管理を合わせて行う。そして、国軍の編成をしながら、公貴制の廃止を宣言。国土の一元統括を行う」
「待て、それは無理」
シルフが立ち上がった。
「どうして無理だと」
「公領主が納得しない。公領主が軍を挙げて、反乱を起こす」
「ほう、領主が天逆になるか。天逆の軍として、民はどれほど集まるかのう」
すかさずカナンが言う。
「しかし、それでは民は飢えたままではないのか」
アレクが返してきた。
「派遣する軍と官吏に王都の食料を持って行かせる。全ての食料庫を開け、住民の登録で人口が分かれば、不足している量が把握できる」
シルフ達の言葉が止まり、
「隆也、おまえも官吏は信じるだけなのか」
カナンが顔を向けて来た。
さすがに、カナンはよく考えている。この国の王は、官吏との衝突で短命に終わると聞いた。
そして公領主でこれなのだ。官吏が清廉なわけはないと言いたいのだろう。
「法を変える。法は統一し、公貴も官吏も民と同じに罪にする」
「隆也、おまえ」
アレクが口を開くが、言葉失くしたように後が続かない。
「そして、官吏は一新しなければならない。しかし、それはすぐには出来ない。各地に学院を整え、身分とルクスに関係なく人材を集めていく」
「待てよ、ルクスに関係なくって、暴論だぞ」
やっとアレクが、言葉を続けた。
やはり、ルクスが大きな障壁になっている。
身分制度の上に、ルクスによるカーストがあるのだ。
これでは、人並みのルクスを持つ平民が、ルクスの弱い平民が、生きていくのは苦しさしかなくなる。
どうして、彼らはそこに気が付かないのだろうか。
あれだけ、民の為に、国の為にと言いながら、どうしてそこからは目を逸らすのだろうか。
「アレク、ルクスの強弱とはなんだ。器か、才能か」
「魂の成長に合わせて、ルクスの総量は決まる。人としてのステージが上がっているということだ。ステージの低い者に、上位の者が従えるわけがない」
何だよ、そのステージって。意識高い系なのか。シルフまでもがそうだと言わんばかりに、こちらを見ている。
「ではアレク、教えてくれ。その上位の者であるイグザムに、人々はなぜ従わないのか。なぜこの地はここまで荒れているのか」
その目をシルフに向ける。
「シルフよ。なぜ上位であるラミエルと争う。黙って殺されればいいのじゃないのか」
その言葉に、シルフが何を言い返そうと口が動く。
「それは極論だな」
聞こえたのはレイムの声だ。
「ルクスは創聖皇が与えたもの。その序列を無視すると言うことが天逆だ」
飛んできたレイムが腕を組んで見下ろしてきた。
「隆也の言葉に乗せられるな、サラ」
「それはおかしいぞ、レイム。創聖皇はルクスに序列は付けておらん。王を選択するに当たって、そのルクスの強弱を計らせるだけだ」
口を開いたのは、カナンだ。
「それが序列だ。このトッチャン坊や」
「トッチャン坊や、それは酷い言いようじゃな。しかし、序列をつけるならば、世界はもっと歪なはずじゃ。子供のルクスが強ければ、親は子供に逆らえないのか」
「だから、それが極論だ。ルクスは魂の成長度合い、人と創聖皇との距離だ」
なるほど、これが一般的なルクスの考え方のようだ。まるでルクスという呪縛に縛られているように思える。
いや、エルフや印綬のアレクたち継承者でこれなのだ。他の者たちの固定された思考は、頑ななものなのだろう。
どうすれば、その呪縛から解かれるのだろうか。
どうすれば、呪縛を解けるのだろうか。
近代化において、身分制度の撤廃は必須条件だ。それをしない限り、制度を変えることは出来ない。
そういえば、サラは黙ったままだ。
顔を向けると、考え込むように天を仰いでいる。
「最後に聞きたい。おまえ達はあれだけ、民のことを考えていたじゃないか。それでも、今のままの社会で、法でいいと思っているのか」
「隆也」
レイムが睨んできた。
「心配するな、これ以上議論はしない。ここでの答えを求めてはいない。ただ、自分たちの心に、創聖皇から選ばれた印綬の継承者の心に問うてくれ」
「とにかくだ。隆也の妄言に惑わされることは駄目だ」
レイムは言いながらその手を伸ばした。
カップを寄越せと言っているのだろう。
「ったく、あたしを置いて酒盛りも許さんからな」
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