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結界

 

 カップに手を伸ばした時、大きく扉が開かれた。


「ったく、話にならん」


 レイムを先頭にサラたちが入って来る。


「どうしたのだ」

「門前払いだ。イグザムはおろか内務司長にも会えない」


 当然のようにサラがおれの隣に座る。


「それより、坂本はあんな場所で何をしているのだ」


 ラムザスが、窓際に腰を下ろす彼に目を移した。


「おれたちの世界の知識を書き記すようだ。おれたちがいなくなっても、その知識がこの世界に残るように」

「それはいい。隆也の世界の知識はシルフも知りたい」


 珍しくシルフまで身を乗り出した。坂本よ、本当にその価値はあるようだぞ。

 そのテーブルに、再び騎士がカップを運んでくる。


「カザム」


 同時に扉の横に立つカザムを呼んだ。


「傭兵団で、ここの世話をしてくれる従僕は用意できないか」

「隣のセウルの街でしたらすぐに見付かりますが、ここはそれらは使わぬほうがいいでしょう。ルーフスを介して、一族の者を回してもらいましょう」

「そうか。では、ルーフスを呼んできてくれ」

「分かりました」


 カザムが消えるのを見送り、その目をサラに向けた。


「聞きたいことがある」

「どうしたのだ」


 サラがカップを机に戻した。


「イグザムは、この世界で何の罪になる」

「罪か。本来ならば反逆罪だが、今は王がいない。王に対しての反逆罪は当たらないな」

「国家に対しての反逆罪はないのか」

「王が国家だからな。民を苦しめてもここには自治権がある」

「殺人の指示はどうだ」

「それは罪だが、公貴に当てはまらない。民が公貴を殺せば大罪だがな」

「特権ということか。そんな法律があるのだな。やはり、思考は中世か」

「公貴の特権を許す法律はない。慣例だよ」


 横からアレクが溜息交じりに言う。


「慣例ね。お前たちもそれを踏襲するのか」

「この状況で、公貴を敵に回すような――」

「踏襲はしない。罪を犯せば罰を受ける。信賞必罰は統治の根幹だ」


 アレクの言葉に重なるように、サラが答えた。

 自らの意思で進むことを示したような、強い口調だ。


「その罰に、死罪はあるのか」

「大罪に死を渡す刑罰はないが、そういうことなのだな」


 さすがにサラは察しがいい。死罪でも殺されればその魂はルクスに運ばれ、新たに生まれ変わる。これでは罰にならない。


「それで」

 

 そこまで言った時、

「主上」

駆け込んで来たのはそのルーフスだ。


 ルーフスは目の前まで進んでくると片膝を付く。


「今、カザムが呼びに行ったはずだが」

「主上の命とあらば到着した主、アベル様が聞きましょう。それよりも主上、この領主館に結界が張られたようです」


 結界、レイムが何かをしたのか。


「結界だと。どういうことだ」


 いや、驚いているのはレイムだ。


「この領主館には入ることは出来ても、出ることは出来やせん。これはあっしらだけでなく、他の傭兵も同じです」


 出ることが出来ない。席を立つと、坂本とは反対側の窓へ足を進めた。

 その窓からは、夕暮れに染まった空が見え、風が吹き込んでいるが――。伸ばした手は見えない壁に遮られる。


「なるほど、結界だな」


 傍らでサラが呟く。

 レイムでないとするなら、この結界は誰がしたのか。

 テーブルに戻ると、何かを探るようにレイムが目を閉じていた。

 その目が開かれるのに、時間は掛からなかった。


「このあたしの転移すらも阻むか。これだけの精緻で巨大な結界など、あたしらの手には負えん。創聖皇の御意思だな」

「創聖皇の意思。ここに入った者を逃がさないようにした罠だというのか」

「言葉は悪いが、そうだな。全てのケリをここで付けさせるのだろうよ」


 笑みを浮かべて言うと、そのまま机に胡坐をかく。

 じたばたしても始まらないということだろう。まあ、閉じ込められたところで困ることもない。

 ならば。気にしないことだ。


「そうか。ところでルーフス、ちょうど呼んできて貰うところだったんだ」


 その目をルーフスに戻した。


「はい。しかし、それでよろしいのですか」

「なるようになる。それに、ラミエルが来ても逃げられないのは同じだろう。それよりも傭兵団で、ここの世話をしてくれる従僕は用意できないか」

「分かりやした。大丈夫です」

「ここにいる騎士たちの従僕も必要だ」

「ただちに」


 見上げるその目に、脆さはなくなって見える。その目にあるのは強い意志だ。


「騎士にも従僕か」


 横から口を出すレイムに、

「騎士には騎士の仕事がある。坂本を護ってくれていた騎士たちだ」

穏やかに言うと、その後ろで騎士が頭を下げるのが見えた。


 気にするな、こっちが気を使うから代えて貰うだけだ。


「分かりやした。ただちに、一族の者を送りやす」

「それには及びません」


 呼応するように、アベルの声が響いた。

 開かれた扉からアベルとカザムを先頭に、四人の若者が入って来た。


「カザム殿からお聞きしましたので、一族の者を連れてまいりました。この四人を給仕にお使い下さい」


 アベルが膝を付き、四人の若者は荷物を横に置くと、その場で両膝を付く。


「それは助かる」

「はい、食事もまだでしょうから、用意もしてきました」

「ほう、食事の用意か」


 レイムが飛んで来た。


「結界とかで人は出られませんが、物資の往来には支障がないようです」

「そうか、ならば林檎酒はあるか」

「主上に、持ってきております」

「よし、でかした」


 主上にと強調をするアベルもだが、それを聞いていないレイムもどうかと思うぞ。それに、この期に及んで、酒の心配かよ。


「それよりもルーフス、イグザムの居場所はそのままか」


 おれの言葉に、ルーフスが頭を下げる。


「居館の最上階、一番奥の部屋に移りやした。印綬の方々が来たと知るや、すぐにそこを執務室に替えたようです。よほど、会いたくはないみたいで」

「やはり居留守か」


 アレクが舌打ちする。


「では、ここにいるというイザベルという者は」


 サラが重ねて尋ねる。

 ルーフスはサラを一瞥すると、こちらに顔を戻した。

 話してもいいかと尋ねているようだ。カザムといいルーフスといい、忠実過ぎる。これでは印綬の継承者としての彼らの立場がない。

 おれが頷くと、ルーフスはやっと口を開いた。


「同じ居館にいやす。しかし、ルクスは隠されているのか、人並みにしか感じやせん。居館は衛士が詰めておりやすので、それ以上は探れやせんでした。それと――」


 ルーフスが迷うように口ごもった。


「それと、何だ」

「仁の聖碑に展開していたエルスの傭兵は、夕刻には動き出したようです」

「ライラがしっかりと働いたようだ」


 納得したようにレイムが笑う。

 しかし、ルーフスはそれを伝えるのに、迷ったようだ。サラたちを味方とは確信していないのだろう。はっきりとさせた方がいいようだ。


「主上、この館は結界のせいで混乱しています」


 カザムが顔を向ける。


「兵が戻れば、混乱はさらに広がりましょう。如何いたしますか」

「そうだな、それはレイムたちに任せよう。おれたちは、その前にルーフスたちの部屋に行こうか」

「どうして、門塔に行くのだ」


 レイムが楽しそうな目を向けて来た。

 気が付いているくせに、黙ってはいられないようだ。


「ここも、騒がしくなりそうだ。それに、明日からの対応も任せた方がいいだろう」

「本当に、面白い奴だな」


 レイムが笑みを見せた。


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